キスから始まる異世界物語
念の為、今回からR-15タグ付けました。
自分の感覚では立った状態から右に落下するという、色々と物理法則とかがトチ狂った体験から、どれだけ時間がたったのか。たった数秒かもしれないし、数分、いや、下手をすれば数時間かもしれない。いずれにしても、目が覚めてもまだ落下中だったのは確かだ。
…なーんか、すごい頭がグワングワンって…オエッ。死体見た時ですら、吐き気抑えられそうだったのに。今回のはオエ…じゃなくて抑え…オォエエェ…。
ウップ。チクショー。遊園地行っても、二度とジェットコースターに乗ってやんねぇぞ…あんなのはもう懲り懲りだぜ…って、これいつまで落ち続けてフガッ!!
「なっ、なんだ…!?」
んむぅ~…まっ!
――って、オエッ!なんで俺、地面にキスしてんの!?しかも…俺の吐いたやつが…オゥフ、余計気分が悪くなってきた…ん?地面?てことは、だ。俺はあのみょうちくりんな空間から脱出で来たってわけだ。
あぁ~…でもなんだか視界がぼやけてるし、クラクラするし、オマケに気分も悪い。そりゃ、あんなに体振り回されたんだから当たり前なんだけど。
「はい、大きく息を吸ってェ~…吐いてェ~…うん、空気がまずい!」
いや、冗談抜きで。なんか血生臭い感じがする。
そうして霞む目を擦りながら、周りを見渡すと――
「…なぁにこの状況」
OK、脳内で状況整理&判断だ。まず前にいるのは、豚みたいな形相で二足歩行の化け物、つかまんまファンタジー物の作品に出てくるオークみたいな奴ら。偽物かと疑うのもいいかもしれないが、生憎、こちとらこういう手合いは何度も見てきてるんだ。悲しいかな、現実逃避をする暇もなく、コイツらが現実の存在だって事が分かっちまうんだ。
数えてみると、ひぃ、ふぅ、みぃ…全部で5体いる。だが、妙に違和感がある。何故だか、俺の知るオークと若干違うように感じる。とりあえず、オーク(仮)としよう。
一つ目は、連中が着てる物だ。あれは…人が着るような服?滅茶苦茶ビリビリになってんじゃん…人間を襲って奪ったのか?
二つ目は、その体格。俺の知るオークは、どれも筋肉質と肥満を合わせたような奴らだけど、コイツらは違う。小さいのもいれば、妙に痩せてる感じのするのもいる。まぁ事実は小説よりもなんちゃらって言葉もあるし、実際人間と同じで、個体差とかトレーニングの差とかがあるのかもしれない。
三つ目、顔。…うん、これに関しては色々と…えげつない。確かに豚っぽい。豚っぽいだけで、豚そのものの顔つきはしてない。というか、俺の知るオークより醜い、てかグロい。よくよく見てみると、ニキビとか吹き出物みたいなブツブツが顔びっしりに浮き出てる奴もいれば、まるで人間の顔と豚の顔をこね合わせて無理矢理混ぜたようなのもいる。うわ、痩せてる奴、豚要素と人間の要素が半分に分かれてやがる。
こんなの長時間見てたら、文字通り目に毒だ。長時間って言っても、たったの二秒かそこらだが。あと一応言っておくが、俺は別に見た目だけで判断する差別主義者とかそういうんじゃない。断じて。ただその、目つきというのか、持ってる武器の構え方からにして、明らかにこっちを警戒してるような気が…。
武器?そうだ、四つ目もある。なんでアイツら、銃なんて持ってんだ?パッと見の形は、俺の知ってるライフルとかと色々違うけど。もしかして、未開の地だと思ってたら、実は滅茶苦茶文明が発展してましたー、とか?まぁ、それは今はどうでもいいな。うん。
後ろには、所謂見目麗しい金髪美女が一人立ってる。しかもボディラインが分かりやすい、金属の甲冑を纏った軽装の女騎士みたいな格好と来た。ほら、ファンタジー物のライトノベルとかの表紙に載ってるヒロインみたいな。こっちは現実的に言えばコスプレに見えない事もないけど、オーク(仮)がマジ物なんだ。こっちも多分本物だろう。こっちは…普通に女騎士さんでいいかな、うん。何故かさん付けしないといけない気がする。
ただ、俺の知ってる女騎士のイメージと違って、妙にミリタリーチックと言うのか、皮のベルトにポーチ、それから…ベルトと一緒に付いてるの、ガンベルトってやつか?アクション映画とかで見かける。あと、腰に何やら図太い筒を指してる。円錐状の筒と、筒から出てる柄みたいなのから察するに、剣ではなく槍だろうか。これだけでも、俺の知る女騎士とはかけ離れてる気がする。
それに加えて、俺の知ってる女騎士は、あんな見た事もないような長物の銃なんて持ってない。見た目からにしてただのライフルじゃない。そう、本で見た火縄銃やマスケット銃みたいに、昔の銃のような雰囲気がある。オマケに、上下にそれぞれ、片刃の剣が付いてる。銃剣ってやつか?
前に一度、博物館が化け物だらけになった時に、昔のアメリカの兵士の格好した幽霊を見た事があるけど、アイツらが持ってた銃剣より断然こっちの方がカッコいいな。
そこまで観察して、ここで一つ気付いた事がある。あれ、あの女騎士さんが持ってる銃、オーク(仮)が持ってるのに似てね?どういう事だ…?
ここまでの思考にかかった時間は、現実時間で約六秒。よし!記録更新!やっぱ俺様こういう時の思考スピード神がかってるゥ!ってどうでもいいわ、んなもん。
「そこの少年!伏せろ!」
不意に声を掛けられた。それも日本語で。え?此処日本だったの?…なわけねぇや。オーク(仮)みたいな化け物は幾度となく見てきたけど、あんなカッコした、それも外人の女の人なんて見た事がねぇよ。かと言ってコスプレでも…
ん?今伏せろって言ったか?
「…ん…」
瞬間、女騎士さんが何か細々とした声で呟いたと思ったら、けたたましい爆音が大気をつんざく。爆音が辺りに響いたと同時に、俺の体は危機を感じたのか、反射的にしゃがみ込んだ。ってあっぶねぇ!マジでギリギリじゃねぇの!?流石俺!伊達に修羅場はくぐっちゃいないぜ!
「っつぉぉい!あっぶねぇ…頭ブワッてなった…」
まぁそれでも、それなりにビックリぐらいするんですがね!いやいや、拳銃ぶっ放されたり、ライフル向けられたりされた事はあるけどさ、その比じゃないぐらいにうるせぇんだって。しかもこう、衝撃?がまた半端ない。髪が、って言ったけど、実を言うと顔面抉られたかと思っちまった。
で、だ。女騎士さんの方を向けば、彼女が銃を向けていて、火を噴いたであろう銃口の向けられてる先を見れば、やや太めのオーク(仮)の胸に、ぽっかりとでかい穴が空いてんだ。
うわ、血も何も出てこない。まるで粘土をぶち抜いたような感じだ。グロくないのに、逆にえげつなさを感じる。
「チッ、駄目か…」
舌打ち?今舌打ちした!?俺に当たらなくて残念って意味!?…なわけねぇよな、うん。わざわざ伏せろって言ったんだし。妙にドギツい印象あるけど、見た目で判断しちゃあいけない。第一印象なんてのはアテににするな。今までの恐怖体験で学んだろうが、俺。それで何度騙された事か…。
そうやって自分を納得させ、ふと撃たれたオーク(仮)の方を見てみれば、なんか再生してた。オマケに下品そうな笑顔を浮かべながら。そういう笑顔しかできないの?色々と損するよ?ええっと、具体的に例を挙げろって言われても困るけど。クラスメイトと初めて顔合わせた時とか?…オークに学校ってあんの?無いか。お化けにゃ学校も試験も無いって言うし。
「このままではまずいな…少年!一旦下がるぞ!こい!」
へ?俺?逃げるの?って当たり前か。どうもオーク(仮)さん達も、怒り心頭気味だし。撃たれたオーク(仮)の胸も、いつの間にか元通りに再生してやがる。
って、銃を逆さに持つのかよ…棍棒じゃないんだから…どうやら、人間程の知能は持ち合わせてないらしい。
そこまで確認して、俺は関西人よろしくのツッコミを直接してやりたい気持ちを抑えつつ、起き上がって女騎士さんの元へと急いで駆け寄る。
「あのぉ~、助けていただいてありが…」
「目を伏せて、耳を塞いでいるんだ!いくぞ!」
そう言うと、女騎士さんはポーチから二枚、長方形の紙を取り出した。まさかの陰陽師!?
あ、良く見たら、紙に魔法陣みたいなのが描かれてる、って、そんなもん見てる場合じゃねぇ!目を伏せて耳を塞ぐって、それってもしかしなくても―
そして、女騎士さんがその二枚の紙を宙に投げた。とりあえず俺は、言われた通りに目を伏せ、耳を塞ぐ。
大体二秒ぐらいだろうか。目を伏せている筈なのに強い光を感じ、塞いでいる筈の耳には、キィィィンって金属音みたいなのが聞こえてくる。
直後、オーク(仮)のいた方から、喚くような声が聞こえてくる。豚の声なんて比じゃない、もっとおぞましい声。丁度、以前から散々遭遇してきた化け物共の鳴き声みたいな、自分と同じ世界に生きる生物とは思えないような声だ。もう声と表現していいのかすら分からない。
すると、突然誰かに、俺の服の背中を引っ掴まれた。「早く来るんだ!」って言ってるから、女騎士さんで間違いないだろう。
「…はぁ。厄介事はさっき終わったばっかりだと思ってたのに」
そう小声でごちりつつ、俺は大人しく、女騎士さんに連れられるのであった。
巻き込まれ最速記録更新なんて、これっぽっちも嬉しくないぜ、全く。
初めてのキスは、土の味がしました…(殴られながら)