2全裸 : キモオタからのメッセージ、マリリンを全裸にせよ! の巻
小手先 巧
昭和55年 4月 11日生(満 35歳) 男
学歴
平成10年 3月 都立四十八手高校卒業
平成10年 4月 ダビデ造形専門学校入学
平成11年 3月 ダビデ造形専門学校中退
職歴
平成11年 4月 ㈱巣鴨サンプル 入社……
「えー……と」
食品サンプル制作会社の巣鴨サンプルを工場閉鎖に伴い退職……っと。 次は資格欄か。 普通自動車の免許しかないな。 第23回食品サンプル競技大会で銀賞とったのって書けるのか?
「うー……ん 思いつかん。 休憩しよ」
パソコンを立ち上げ、ヤプオクの進展状況に目を通す。 が、今日は全く入札者がいない。 さすがに落札最低価格を仕入れたフィギュアの原価10倍で出品したのは無謀だったか。
原価の2倍くらいにしてたら売れるんだが、魔改造は結構労力がかかる。 それに材料費もそこそこ必要だ。 2倍で売っていては儲けがない。 今は収入がこのオークションしかないが、このままではジリ貧になる。
やっぱり早いとこ再就職を決めないとダメか…… 再び履歴書作成に向かおうと思い、ログアウトをしようと画面上部までスクロールした。 しかし薄暗いログアウトのボタンよりも、目に飛び込んできたのは鮮やかな赤文字だった。 俺は「美少女戦士ブルセラムーンに1件の質問が来ています」と書かれたそれをクリックした。
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素晴らしい造形美に感動しました。
ムーンを全裸にするだけじゃなく、Yシャツを一枚羽織らせてパンティーを差し出すポージングに恐れ入りました。
しかもYシャツは脱着可能、オプションでブルマもつけるなんて完璧すぎます!
このフィギュアは8千円で売られていますが、このような付属品はなかったはず……
他の魔改造は削る、溶かすしかしていないお租末なものばかり。
でもこのフィギュアは再構築されている!
付属品については一から手作りされている!
8万円払うだけの価値が貴方のフィギュアにはあります!
そんなtakumi0411さんの腕を見込んで、ぜひお願いしたいことがあります。
私のマリリンたんを魔改造して頂きたいのです。
彼女は邪悪な意志を持った人形です。
どうか彼女の心と体を丸裸にして下さい!
彼女は本当は優しい子なんです。
私の愛用なんです!
貴方の力で本来の姿に戻して下さい!
報酬は技術料として8万円お支払いいたします。
どうかよろしくお願いいたします。
kimootahentai@hshsmail.jp
まで連絡お待ちしております。
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「マジか!?」
8万円という報酬額に思わず一人でガッツポーズをした。 食品サンプル会社で磨いた俺の技術を理解するものがついに現れたか! 分かってくれるか! そうだ、シンナーで塗料をはがし、やすりで削ったあとに素人はホームセンターで売っているパテを使ってしまう。 そして上から塗料を塗ってしまう。
だが俺は素材を手で触り、同じものを用意する。 今回のは合成樹皮だ。 合成樹皮に肌色の塗料を混ぜ、違和感ないように仕上げていく。 それは素人には出来ない技法だ。
まさか分かってくれるヤツがいるとはな! まぁ付属のシャツとパンティは他のフィギュアについてたやつだけど。
「フィギュア代もかからんし、やらない手はないな ふふっ」
ヤバい、笑いが止まらない。 俺、もしかしたらこれだけで食っていけるんじゃないだろうか? よーし、さっそくメールを送ろう!
いやぁそれにしても冷静に読み返してみるとこのメールところどころキモいな! 何で原価わかるんだよ? マリリンたんってナニそのキモい呼び方!
愛用ってどういうことだよ!? 何用途だよ!? まぁ金になればいいか、よーしメール、メール!
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To:kimootahentai@hshsmail.jp
件名:魔改造の件
了解いたしました。
郵便で東京巣鴨南支店、局留めでお送りください。
当て先はtakumi0411で大丈夫です。
完成後、写真をメールしたします。
そのあと入金して下さい。
入金確認後、こちらから発送させていただきます。
それでよろしいでしょうか?
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よっし! 完璧だ。 ちょっと相手のヤツ頭オカシそうだし、局留めにしとけば住所教えなくて済むだろ。 俺の住んでる荒川から巣鴨はちょいと離れてはいるが、同級生の辰巳が働いてるからアイツに届けさせればいいだけだ。 よし、ちょっと電話しとくか。 スマホを手に取ると同級生の辰巳をコールした。
プルルッ プルルッ
「…………」
プルルッ プルルッ
「…………」
プルルッ プルルッ
「……出ねえな」
プルルッ プルルッ
「…………」
プルルッ プルルッ
「……早く出ろよ」
プルルッ プルルッ
「…………」
プルルッ プルルッ
「…………」
プルッ ガチャ
「あ、もしもし辰巳?」
「…………」
「辰巳? もしもーし! 辰巳君もーし!」
「……コール長げぇよ」
「お、なんだ聞こえてんじゃん! あのさぁ、」
「いや聞け! こっちの話ちょっとは聞けよ!」
「ん? なに?」
「お前さぁ、俺仕事してるの知ってるじゃん?
車でお荷物運んでる最中なのね?
16回もコールすんなよ!」
「なんだ!数える余裕あるじゃん!でさぁ」
「うるせぇよ! 聞けよ!
俺はお前みたいに暇じゃないんだよ!
早く仕事見つけろ!」
「酷いなぁ、友人に対してそれはないんじゃないかな?
巣鴨サンプルにいたとき沢山使って売り上げに貢献してあげたじゃないか」
「それ、俺の給料にまったく影響しないから。
配達まだ残ってるから早く要件を言えよ」
辰巳は良い奴だ。 なんだかんだ言いながらも電話には出るし、ちゃんと話を聞いてくれる。 我ながらいい友人をもったもんだ。
「辰巳の家近所だろ?
takumi0411って名義で俺当てに荷物が局留めでくるからさ、俺ん家まで届けて」
「局留めは原則的に本人が取りに来ないとダメだ」
「硬いこと言うなよ! じゃあ待ってるからな!」ブチッ
俺は強引に電話を切った。 でもあれで大丈夫! あいつ俺のこと好きだからな! 多分なんとかできるだろ。
さてこの後どうするか? 午後からハローワークにでも行くか? 嫌なんだよな、あそこに行くの。 みんな目が虚ろっていうかさ? ハロー! って元気に挨拶する感じじゃないんだよ。 どちらかと言えばホロウ? ホロウワークだよあんなもん。
だいたい広告費なしで求人情報乗せれるイコール、求人にすら経費を惜しんでいる企業が登録されてます! だからね?
人件費抑えたいところばっかりだから! 賞与は年2回とか書いてても、実際出さなくても法的に問題ないという抜け穴を使ってさ。 出す気もないのに「ボーナスあり」の言葉を羅列する会社多すぎ!
そんなもんまかり通させてるザル仕事しててさ? まともな求人あるわけないじゃん。 ないわー ほんと萎えるわー そういう詐欺はちゃんと取り締まれよな。
それに自己退職で失業保険3か月投げられるとか何なの? 払う気ないだけじゃん! 俺は工場閉鎖のリストラだからすぐ出たけどさ? 3か月も投げられたら失業保険もらう前に普通は就職しちゃうじゃん! 就職できたら見舞金が出ます、って失業保険の6割しか出ないじゃん! 目減りしてんじゃん! 卑劣!
何が「HELLO WORK」だよ? 「HELL O WORK」だろ? 「地獄、仕事はゼロです」の間違いだろ、まったくもう!
おお! 俺なんか今うまいこと言ったな! よし、自分にご褒美だ! 無職の特権、お昼寝をしよう!
俺は布団を引きずりだし、とりあえず今日は一日寝ることにした。 夜中、締りの悪い蛇口からシンクへと、ポタ……ポタ……っと水滴が落ちる音がする。 それでも俺は持前の図太い神経で気にせずに眠り続けた。
そして深夜2時。 俺が目を覚ましたのは深夜の2時だ。 もう一度寝てもいいが、トイレに行ったあとで考えよう。 もう一度寝るか、別なことをするかゆっくり考えよう。
いいなぁ! 余裕のある大人って! 無職サイコー! 足取り軽く、ステップしながらトイレへと向かった。 用を足し終え、コンビニにでも行くかと玄関の方を見た。
すると見覚えのない段ボール箱が置いてある。 こんなものあったっけ? そういえば何だか夜中に玄関の方から呼び鈴が鳴ったような気がしないでもない。 箱にはボールペンで何か書いてある。
「玄関あいてたから荷物おいていくぞ タツミ」
荷物? 実家からだろうか? 送り状を見ると、住所は東京都の八王子。 送り主は見知らぬ男の名前だ。 届け先は郵便局巣鴨南支店局留め、届け先はtakumi0411…… へ? 早くね? あのキモいメールの奴じゃん!とりあえず部屋に運ぼうと、段ボールを持ち上げると結構重い。
メンド臭くなったのでその場で開けると、中に長方形のケースが入っていた。
引っ張りだすと、アクリル板の向こう側に髪の毛がピンク色の美少女フィギュアが立っているのが見える。
「これがマリリンたんというやつか」
ケースから取り出し、フィギュアを手に取る。 感触は柔らかい。 素材はなんだ? 単純な合成樹皮じゃない。 弾力と伸縮性がある。 ゴムとナノファイバーを組み合わせているのか? 関節がかなり滑らかに稼働する。
「さわるな」
骨格となる骨組みがしっかり設計されているな…… かなり人間に近い動きができる。 今、一瞬女の声が聞こえたけどなんだろ? 幻聴かな? 女に飢えすぎて美少女フィギュア持った瞬間、幻聴聞くとか末期じゃないか。
「その汚い手で触るな」
「おお! 髪の毛はこれプラスチック繊維じゃないな!
動物のだ。 馬の毛かなぁ? もしかしてこれ結構高いフィギュアじゃね?」
「貴様! その汚い手をどけろぉぉッ」
「ああ! スッゲェ喋ってる! 幻聴じゃなくてよかったー
なになに、いわゆるツンデレとか言うやつ?
そういう設定で話し掛けてくるの?
凝ってるなぁ! 最近のフィギュアすげぇ!」
「クッ…… いきなり掴みかかりやがって… マソソソさえ手にしていればこんなヤツ」
「え? なになにマソソソ? マリリン、マソソソって何?
やべぇちょっと楽しい! こっちの会話に合わせて喋るのかな?
何パターンあんだろコレ! チョー楽しい!」
「……貴様が私を取り出した時に床に落ちた武器のことだ」
フィギュアの言う通り、床を見るとそこにはハートのステッキが落ちている。 俺は拾い上げてそれを目の前でチラつかせて遊ぶことにした。
「ホレホレ、コレか? お嬢さんコレが欲しいのかなぁ~?」
「よ、よこせ! 貴様コロスぞ!」
「ねぇねぇなんでコレがマソソソなの?
マソソソ要素が皆無なんだけど。
そもそもマソソソってなんだよそのセンス! センスやべぇ! ウケる!」
「マジック・ソニック・ソリッド・ソードの略だ! 返せ!」
「んー どうしよっかなぁー そうだ! 目玉焼き作ってよ!」
俺はフィギュアを手放すと、「冷蔵庫を開けたら卵あるから、そこのコンロに乗ってるフライパンにサラダ油しいて焼いてね」と指示した。
もちろん出来るわけがない。 我ながらなんて意地が悪いんだ! いやぁ久々に女の子と喋ったな! 楽しい!
「分かった。 作り方なら一度見たことがある」
美少女フィギュアはそう言うと、一直線に冷蔵庫へと駆け出した。 そしてその小さな躯体からは想像できないパワーで冷蔵庫をこじ開け、卵のある場所までよじ登った。
卵を肩に担ぐと、冷蔵庫のドアの上部に立った。 冷蔵庫のドアが開けた時の反動で自然に締まっていく、そのドアの角度がちょうどコンロのフライパンと重なるタイミングに合わせ、駆け出し、飛んだ!
空中で卵に肘鉄を入れヒビを入れ、フライパン上空に差し掛かると同時に両腕で卵を割いた! 殻から解き放たれた生卵はフライパンの上のライドオン!
直後、ガスの元栓に着地をし、両足で挟み込んだかと思うと上体を捻らせ、ガスの元栓を開く! ここまでの所要時間はおよそ1分!
次にバク宙をしてガスコンロのスイッチを…… って待て待てぇぇい!
あれホントに人形ですか!? 動きが尋常じゃないぞ!? これヤバイやつなんじゃない? 俺、ホントに殺される感じじゃない!?
俺はズボンのポケットの奥深くにマソソソを仕舞い込んだ。 この小さなおもちゃの魔法のステッキが、今では殺人兵器にしか見えない。 このままここから逃げ出したい。
でもあの速度だ。 すぐに追いつかれるに違いない。 逃げれば殺される。 助かるには、うまいこと丸め込むしかない。 俺にはやるべきことがある。
そうだ! 8万円が欲しい! 俺は喉から手が出るほど8万円が欲しい! やるべきことは決まった! うまいこと丸め込んだ上に全裸にしてキモオタに送り返すしかない!
目玉焼きが焼けるまであと2分はあるだろう。 今は出来る限りのことをするしかない。 俺はスマホを手に美少女フィギュア、マリリンたんの情報収集に乗り出した――