2−6
日曜だというのに、唐突に入った仕事の打ち合わせ。それを終えて帰ろうと、アリスは打ち合わせ先のビルからでてきた。今日は銀次を置いて来たから、自力で帰らなければ。タクシーを呼ぶか、別に電車でもいいけれども。でも電車で帰ったことがバレたら、銀次に嫌みでも言われるかもしれない、過保護だから。そんなことを思っていると、
「お嬢様」
声をかけられて足を止めた。
「白藤」
道路の脇に停められた見慣れた車に、見慣れた運転手。見慣れた運転手の黒いスーツ。
「なにしているの?」
「お迎えにあがりました。どうぞ」
いつものように、銀次の白い手袋に包まれた手で後部座席があけられる。
素直にそれに滑り込む。ここで押し問答するような、みっともない真似はするつもりはない。
すっと車もゆっくり発進した。
「今朝は失礼致しました」
「もういいの?」
「はい。おかげさまで。ありがとうございました」
「……そう、ならいいけど」
そっと運転する白藤の横顔を見る。確かに顔色は戻っている。それに安心して、座席に身を沈める。
「お気遣い、本当に感謝しています」
いつも素直に受け取りなさいつーの。
「いいけど。……ねえ、白藤」
「はい?」
「本当にもう、平気なのね?」
「ええ」
ならば。少し唇を湿らせてから、
「だったら、少しドライブしてから帰りたい」
早口で言った。
銀次は少しだけ黙っていたが、
「かしこまりました」
いつものように慇懃に頷いた。
「ご希望の場所など、ございますか?」
「ううん。特にない。直ぐに帰らないで、車の中で考え事とかしたいから」
後半、言い訳のように付け足す。ドライブなんて言ったから、変な勘ぐりをされたら困るし。いや、勘ぐりではないのだが。
「なるほど。かしこまりました。でしたら、思考のお邪魔にならないように、わたくしは黙っておりますね」
……こいつ、わかっていてそういう意地悪言いやがって。
運転する銀次を睨みつける。
だからってそれを許すアリスではない。
「人に話すと思考は整理されるの。私の話にはちゃんと反応しなさい」
ぴしゃりと、高飛車に言い放つと、
「かしこまりました」
何事も無いように返事がかえってくる。まあ、どうせ、向こうもわかっていたのだろう。
車の中は、普段後ろに控えていることが多い銀次の顔を見ることが出来る、数少ないチャンスだ。運転する横顔をそっと見つめる。
二人っきりになれるのも、この時だけだ。
だからって、別に何を言うわけではないけれども。
何も言えないけれども。
だけど、
「白藤」
「はい」
「迎えに来てくれてありがとね」
まあ、これぐらいの可愛げのあることは言ってもいいかもしれない。
銀次が一瞬、戸惑ったように瞬きをしたのを、バックミラー越しに捉える。
「……それが、仕事ですから」
そして彼はそう言葉を返して来た。へたれめ。
「それに、優里さんに怒られまして」
「優里に?」
「お嬢様に心配かけたのだから、迎えにぐらいいけと」
へー、優里、さっすが。いい仕事するじゃない。帰ったら褒めとこう。そう心に決める。
「あ、っそ」
口に出来たのは可愛くない言葉だけど。
「お嬢様」
「なに」
「ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでした」
「別に。そんなに心配してないから」
ほら、素直じゃない。
自分に自分で呆れる。
「そうですか」
銀次が淡々と答える。
しまった、怒らせてしまっただろうか。さすがに言い過ぎただろうか。
そう思ってそっと横顔を伺うと、彼は僅かに口角をあげていた。笑っている。おもしろがっている。
それはそれで、ちょっと不満だ。
「……白藤、なんか面白い話して」
なんとなく釈然としなくて、そんな無茶ぶりをしてみる。
「お嬢様、わたくしは芸人ではありません。運転手です」
「知ってる。面白い話して」
銀次が小さく息を吐いた。溜息のように。
その後、彼がしてくれた、キャッチセールスにことごとく引っかかる中学時代の友人の話が普通に面白くて、結局無性に腹がたった。




