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「白藤、大丈夫なの?」
次に銀次が意識を取り戻したとき、聞こえたのはアリスの声だった。どこか遠くで、ぼんやりと聞こえる。
「お医者様呼んだの?」
「ええ、診て頂いたから大丈夫ですよ」
「……そっか。お見舞いしちゃ駄目?」
「いけません。もしも、お嬢様にうつってしまったら、悲しい思いをするのは白藤ですよ」
「……わかった」
相手をしているのはシュナイダーのようだ。珍しくアリスが心配そうな声色をしていて、それをシュナイダーがいつものように優しく宥めているようだった。
ええっと、一体何があったんだっけ。
ゆっくりと目をあけて、自室の天井を見つめる。
なんだか嫌な夢を見ていた気がする。
夢?
しまった! 寝坊した! アリスお嬢様が起きていらっしゃるっていうことは、とんでもない寝坊だっ!
意識がぱっとそこに傾くと、慌てて銀次は飛び起き、
「っ」
息が詰まるような体の痛みに、起こした上体をそのまま丸めた。
呼吸するのも困難なぐらい、体が痛い。
「銀次くんっ! まだ、起きてはいけませんっ!」
シュナイダーの声がすぐ近くでして、そっと背中に手が当てられる。そのまま再びベッドに寝かされた。
「シュナイダーさん……」
名前を呼ぶ声が、自分でも驚くぐらい掠れていた。
一体、何があったのか。
いつも冷静沈着で自分達使用人をまとめあげている執事長が、いつになく焦ったような顔をしている。
「あれ……、お嬢様、は?」
さっきまで彼と会話していたはずだ。
「優里さんにお任せしました。自室に戻られました。……銀次くん」
シュナイダーの顔が、痛ましげに歪められる。
「何が起きたか、覚えていますか」
何が、起きたか?
「……あれは」
覚えている。
覚えているけれども、あれは夢だと思っていた。思っていたのに。
「夢じゃ……」
「残念ながら現実です」
「旦那様が………」
旦那様に渡された薬を飲んだから、突然体中が痛んで。意識が飛んだ。
「あれは、一体……」
言いながら自分の額をおさえるように右手をあげて、
「これ、はっ」
目覚めてからはじめてみる自分の右手に、悲鳴のような声をあげた。
それは到底、自分の腕だとは思えなかった。銀色の、薄い鉄っぽい何かに覆われたようになっている。でもこれは、何かを外部的に身につけられたものじゃない。重いとか、そういった感覚はない。感覚でわかる。これは、
「……俺の手が、変わっている」
左手を持ち上げる。左手は自分の手のままだった。その手でそっと、右手に触れる。右手に、触られた感触があった。いつものような。
気持ち悪い。なんだこれっ。
反射的に自分の右手をベッドに叩き付けそうになるのを、
「銀次くん」
そっとシュナイダーにおさえられた。シュナイダーの手の熱を感じる。
泣きそうになりながらシュナイダーを見る。いつも冷静で頼りになる、彼を。
「それが旦那様の研究成果です」
シュナイダーが苦虫をかみつぶしたような顔で告げる。
「旦那様の?」
「説明はあとでします。あとでしますから、今はもう少し眠ってください」
「あとでってっ」
そんなこと言われたって!
そう怒鳴ろうとした瞬間、腹部に強烈な痛みを感じた。
「ぐっ」
「銀次くんっ」
体の中を何かが暴れているような気がする、痛み。
体を丸める。少しでも痛みを逃がそうと、左手で腹部をおさえる。
痛い痛い痛い痛い。
「銀次くん」
シュナイダーに左手を掴まれた。
「しゅな……」
彼の手には、注射器が握られている。
ああ、鎮痛剤とかそういったものだろう。
痛みが自分の大部分を占める中、どこか冷静に思った。
ちくり、と針が刺さる。
右腕がなんだかとても熱い。
気分が悪い。
痛い。
「銀次くん」
優しく名前を呼ばれる。
きつく目を閉じる。
はやくはやく。痛み止めが効くのでもいい。痛みのあまり失神してしまうのでもいい。はやくはやく。
この痛みから逃げたい。
きつくきつく、目を閉じた。




