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 菜霧の死体の前で。

 陽一と雪也は時間の許す間、床に座っていて、特に言葉を交わすでもない。いまさら交わす言葉ももう無かった。

 運命の主が語る、

『最後の手段』

 が成功しなければ、もう解決の策はないと主自身が二人に告げた。その宣言が真実かどうかはともかくとして、雪也と陽一も、おそらくこれが失敗したらもう駄目なのだろうなと、感じるのが、正直なところだった。

 それに、最後の手段というのも、主からソレに関しての説明は受けたわけだが、気分が晴れ上がるような内容でもなかった。

 成功できるかどうかは、微妙なところだ、と二人とも感じたからだった。

 半ば気休めとも感じられる手法だったから。

 けれども、運命の主が自分の思い通りに事を運びたいこの状況下では、他の手段が二人に思いつきはしないし、思いついたとしても、それが運命の主に受け入れられる可能性は低いだろうとは想像できるから、気休めであろうとも、『最後の手段』を受け入れるしかない。

 雪也と陽一は、それぞれ、銀の刃物、黄金の槍を、手に取った。

 もう片方の手には、運命の主から渡されたナイフ。

 結構な時間を使って、作業を終えた二人は、ナイフを運命の主へと返すと、次の作業へと移る。この作業自体は今まで何回も繰り返してきたから、やり方も覚えていて、慣れたもの。

「はじめるよ」

「ああ、はじめよう」

 雪也と陽一は頷き合ってから、黄金の槍と銀色の刃物を器用巧みに回転させたりなどして、傍から見れば儀式のような動きをはじめた。

 約、十分後。

『生』と『死』の力を持った刃物と槍を、儀式の最後に、十字の形に合わせる。

 その合わさったところから生じることは、空間が歪むような現象。

 逆行を起こすための、歪み。

 その歪みがみるみる多目的ホール中に広がろうとするのを、運命の主が見えざる手の力によってコントロールする。

 逆行がはじまり、時が巻き戻っていく。多目的ホールが、捻じ曲がり、学校中、世界中が、巻き戻るために捻じ曲がった。



 雷が、鳴っている。夜なのだろう真っ暗な森林の中で、雷鳴による光が、暗闇を、白くて明るい光に染める。光る森。まぶしい光。運命の手中にあり、時を巻き戻る過程として足場の悪い、蔦や枝が邪魔な森林を突き進んでいく人間たちがいる。

 遠夜 雪也だけではなく、上ノ原 陽一、深湖 菜霧も歩いていたが、三人は顔を合わせることもなく少し離れた距離を歩いていた。この歩行は逆へと進んでいて、歩けば歩くほど三人の距離は広がっていくから、三人は二人になり、何時の間にか一人になっている。

 ぴしゃん。

 雷鳴が轟くと共に、雪也はハッとする。

 何かを忘れてしまった。雷が森に響けば響くほど記憶は消去されて、蔦を踏み潰して、枝を振り払って前へ進めば、すなわち過去へと後ろ向きに戻っていて、その逆向きの進行を続ければ続けるほど雷鳴が地を揺らし、照らし、彼の記憶を失わせる。

 それは防ぎようの無いこと。

 どうしたって雷は落ちて、その轟きの音は聞こえてしまうから。

 脳味噌にある水が両手で掬い拾われて、熱を持ったコンクリートの地面に手の平の隙間から零れて行けば、やがて蒸発して見えなくなってしまう。脳味噌からは消失する。

 やがて、雪也は呆然と立ち尽くし、迷子にでもなったかのように、三百六十度の景色を見渡すばかりの人となって、歩くことができなくなってしまう。

 焦燥ばかりがある。

 だが、焦燥が募るばかりで解決策も浮かばない。

 何かが背中から自分を殺すのではないか。喰いちぎるのではないか。

 そういう想像を止められず、ゾッと背筋が強張る。

 どうすればいいのか。

 どうしたらいいだろうか。

 だが、前後の区別すら付かない鬱蒼とした森の中で、雷だけが恐ろしいほどに地上を騒がしくする。恐怖の任せるままに足元にあった蔦を両手でちぎっても、ちぎれた蔦と、疲れてしまう身体が残るだけで、それがさらに、彼の焦燥を募らせる。

 戸惑っている彼の、手、を誰かがにぎった。

 小さな手だった。

 雪也は何か懐かしい手だと思いながら、その手を差し出してくれた人物に顔を向ける。

 大人じゃない。子供。

 片手に黒いバスケットを持って、もう片方の手にはランプの灯りを煌々と照らしていた。そんな子供が雪也の手を握って、しかも一人だけかと思いきや、何人、いや何十人ものその子供たちがいて、森林の陰のいたるところから湧き上がるように現れて、彼を取り囲んだ。

 黒い頭巾を被った、何人もの少女たち。

 雪也の周りをかごめかごめとでもいうように、手を繋いで周りはじめたその少女たちは、頭巾を被っていて顔が見えないから、本来なら少女かどうかはわからない。少年ということもあるかもしれない。だが、少女だ。

 四人目……と呟いてみた雪也は、だが違う、と頭を抱えてその場にうずくまる。

 四人目のはずがない。少女なのだから。

 何人もの彼女たちがかごめかごめを、森林の蔦にひっかかることもなく、雪也のまわりを回転して唄を歌った。


 かごめかごめ

 かごのなかのとりは

 いついつでやる

 夜明けの晩に

 つるとかめがすべった

 後ろの正面だあれ


「わかってるよ……」

 雪也は小さな声で呻いて苦しそうにする。

 その彼の肩を、ぽん、と黒い頭巾のひとりが手で叩いた。おそるおそる雪也は黒ずきんへと顔を向けてみれば、高校生の菜霧の顔がランプに照らされて、そこにあった。

 繰返し、何度も殺されてきた菜霧たちは、黒ずきんだ…………。

 雪也はひどく恐ろしくなって震える。身が竦んで、後退りする。だけれど逃げ場など何処にもなくて、かごめかごめは終わらない。彼女たちは何度も尋ねる。後ろの正面がだれなのか、と何回も雪也に尋ねる。

 あまりに感情が揺さぶられた雪也は、叫び声をあげそうにもなるが、

 ぴしゃん。

 雷鳴がまたも轟けば、百人近くいた黒ずきんの少女たちは、一人残らず消えていなくなってしまった。

「?」

 雪也は、黒ずきんがさっきまで自分に恐怖を与えていたことも忘れて、何で自分は地べたにいるんだろうと思いながら、腰を上げた。

 誰かがさっきまで近くにいた気がするけど、いや、いなかったな。

 そう思いながら、ここはどこだろうと森林を見渡す。

 迷子だ。

 そう焦ってきた雪也だが、一つの方角に、光が見えた。霧が立ち込めている方角に、光が昇り上がりつつあった。霧に包まれている方角を標識のようにして、太陽のようなまぶしい光に向かって、歩いていく。

 やがて霧だけとなって、光の目前にまで辿り着いた雪也は、光に手を伸ばして触れる。

 パチン、と弾けて、

 雪也の目が、ベッドの上で、覚めた。

 学校に行かなくちゃ、と雪也は朝がやってきたので、出かけるための支度を急いではじめる。

 そして彼は、記憶を忘れたまま以前と同じような繰返しをする。

 運命の主に、高みの見物をされていることにも、気が付かぬまま、家を出て、学校に到着するために、乗り遅れるぎりぎり、急いで電車に乗り込んだ。それぞれの友達と一緒にいる菜霧と、陽一を見かけた。

 雪也は電車に揺られながら、可愛らしい歩行ロボット製作を誰かが手伝ってくれればなぁ、とまだ寝ぼけつつある頭で、ぼんやりと考えていた。


 

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