20
地対空誘導弾装備の車両が何台も到着し、これから戦車もやってくるという話なのだから国民の騒ぎがより大きくなって、世の中は映し出されているまち、その暗雲に包まれている学校に何が起こるのやらと、想像を張り巡らせたり、不安を感じて、非常食などを購入しはじめた人々もいたのだ。
まちの高校周辺から大勢の市民たちが避難したために、静まり返っていて、兵器などを配備するための準備、それにともなって発生する車両の駆動音や、自衛隊員たちの声、足音、そういう音や、カラスの鳴き声などが、やけにまち中に広く響き渡っている、夕暮れ時。
そういまは夕暮れ時。茜色の空。
相変わらず暗雲に包まれ続けていて、そこからは何の変化も見せていなかった校舎の不気味な風景に、もうすぐ変化が訪れるのだが、その時は世界の誰もその変化が発生することをまだ知らない。夕陽が落ちる直前に、ソレは姿を現すだろう。
観測ヘリコプターが、様子を窺っているが、まだ暗雲しかみえない。
その暗雲の向こう側、校舎の内部では。
雪也が。銀色の刃物を、銃にして”自動迎撃”で火の玉怪物を近寄らせないようにしつつ、廊下で険しそうな表情で座り込んでいる。
悪魔を倒してからすぐ、気だるさに襲われて眩暈がし、立っていられなくなったためだ。二体目の悪魔をしっかり殺したというのに、気持ちは重たく、暗い。
気だるさ。
怠惰。
雪也は座り込みながら、自分の言った言葉を思い出す。
『俺は菜霧を死なせたくない……。昔から、決めていることだから』
思い出した彼は、くすくす、堪えられぬように、苦笑した。
言ってることと、やってることが違う。
死なせたくない守りたいと言っていた人間が、その守りたい相手をさっきは首を絞めて窒息死させようとしたのだから。明らかな矛盾であり、みっともないことであり、恥ずかしいことじゃないか。恥だ。人間失格だ。もう誰にも顔向けできない。いっそのこと、死んでしまおうか。
と、先ほどまでは自分は悪くないんだ、と強気に考えていた雪也が、悪魔を倒して座り込んでからは非常なほどに弱気になってしまって、身体が鉛がついたかのように重たくって、立ち上がる気にも、動く気分にならない。
ああ、三体目の悪魔を殺さなくてはいけないのに。
だけど、こんな俺なんかじゃ三体目の悪魔を倒すことはできないかもしれない。
さっきだって、精一杯やって、なんとか倒せたけど、今度は上手くいくとは限らない。
もういやだなあ。でも、サタンに世界が滅ぼされてしまうし、菜霧も守れないし、陽一だって死んでしまうし……でも、よくかんがえたらもうそれでもいいんじゃないかな、俺はもう何もしていないほうがいいんじゃないかなー。
雪也は、うだうだ考え込んでいる内に、ますます悪魔退治が嫌になって、全部どうでもいい、という投げやりな気分に浸って、時間を無駄に消費していくのだった。
その間にも、当然、サタンはもがきながら全身をこの世に出現させようとしている。
もう五体の悪魔を退治して残るは一体となれば、サタンの出現する速度は著しく減速していておかしくはないはずであったが、おかしなことに、サタンはいまやもうこの世に上半身を露出させていた。
サタンは憤怒によって力を発露させる大悪魔である。
ゆえに自らの出現が邪魔されていると感じて怒りを増幅させれば、サタンの力もまた増幅する。
つまり、陽一と雪也の働きのおかげでサタンがこの世になかなか出現できないのは事実であるが、その二人の妨害作戦が、サタンの憤怒たる感情を盛り上げて、サタンに本気を出させているのもまた事実であった。
全身より禍々しい滾りを放出しながら、六芒星から解き放たれて六枚の翼をはためかせようとする凶暴な大悪魔が、唸り上げる咆哮を四つの頭部より放ち、空間を歪ませるほどの振動を発生させる。ピリピリと空気が震えて、校内で生きている人間たちすべてが、そのおぞましい咆哮を耳にした。
夕焼けの茜色が夜の藍色に染まろうとする校舎周辺を飛んでいた、観測ヘリコプターが、はじめにそのサタンの姿を捉えた。観測した。信じられぬものを見た、と慌てて隊員が地上にいる指令部に情報を伝達しようとしたその時、サタンの腕が、長く伸びて、一瞬にして観測ヘリコプターを鷲掴みにして、ぐにゃり、捻り潰して爆発させた。
観測ヘリコプターは爆散して、破片を地上へと落として民家の屋根などに破片が刺さるなどする光景は、地上部隊からでも観測できた。
当然だが、地上部隊は指令部へとその情報を伝達して後に、ただちにあの暗雲の中から突如として姿を現した、説明のできない黒く禍々しく巨大な怪物を、地対空ミサイルなどで迎撃したいという思いに駆られたのは大勢の隊員が一致する考えではあるが、そこは命令がなければ行動には出れない。
そういうわけで迎撃も出来ず、奇妙な間が、自衛隊と怪物との距離にあったのだが、その沈黙の間を先に破ったのは、怪物側が先であった。
四つの頭部がぐにゃりと混ざり合って、一つの大きな頭部へと変化する。
その大きな頭部には目も鼻もないが、口だけがある。そして、その大きく開いた口の中で瞬く閃光。充分過ぎるほどに禍々しい色で光り輝いてから、その閃光が自衛隊の車両や戦車に向かって、放出された。
ビャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウウウウウウウンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン
凄まじい音と共に自衛隊のその多くが薙ぎ払われ、消滅させられる。膨大な熱量を持ったその放出されたエネルギー体は容赦の無い破壊力をもってして人間たちを弾き飛ばし、溶かし、消滅させて塵も残そうとしない。
まちのオブジェや、民家も、巻き込まれて吹き飛んでいく。
これによって自衛隊の、校舎北側、に展開していた部隊は全滅した。
一瞬のことであった。そしてそのおぞましい光景も、悪魔も、報道陣の離れた距離からのカメラを通して、全国、全世界に報道され、大きな混乱を生んだのである。攻撃されてから数分後に反撃が始まり、次々に自衛隊の兵器が火を吹くが、怪物にはまるで通用しない。その間にも四つが一つへと合体した怪物の巨大な一つの頭部、その口内では、閃光たるエネルギー体が充足されていく。今度は、校舎東側、に展開している自衛隊へと顔を向けて……。
「ひ、光が、広がって……」
隊員たちの絶望と共に、口からの閃光が、彼らの視界いっぱいに広がっていく……。
そういった事態が校舎の外で起こり始めて、まさに世界滅亡へのカウントダウンがはじまったかのようである。
校舎の中にも暴虐のサタンによって行われる、エネルギー体の放出の振動は伝わっている。地響きのごとくに震える校舎。
その中で座り込んで怠惰な様に落ち込んでいた雪也は、ふらふらしながらだが、立ち上がった。
悪魔退治をするために、ではない。
悪魔退治をするためには元気が必要なので、元気を手に入れるためにプロダミンCを自販機で買って、飲もう、と思ったから立ち上がったのである。
ふらふらして、自販機を探す。
その間もずっと校舎は振動によって震えていて、何事か事態が変わったのかとふと思っていたが、どうでもよいような気がしたので、とにかくプロダミンCが先決だ!と雪也にはわかる。
ふらふら歩く。
ふらふらふらふら歩いてやっとのこと、自販機を見つけた!と調子の悪そうだった雪也の顔が明るくなりそうになったが、すぐ暗くなって呆然とする。
「誰だよ、こんなことをした奴……」
みつけた自販機は、ぶち壊されていて稼動していない。雪也は腹が立ったので、何度もプロダミンCの点灯していないボタンを押したが、勿論破損している自販機は何の反応も示さず、復刻版プロダミンCを出してくれることもない……とがっかりしながら、何となく取り出し口に手を突っ込んでみたら、奇跡的にプロダミンCが一パック、あった。
おお、と喜ぶが、ぬか喜びだった。ずっと前から取り出し口の中にあったのだろう、ぜんぜん冷えていなくて、ぬるい。
無いよりはマシかな、と妥協してストローを差して飲み始めた雪也は、少し落ち着いてきた心境のまま周囲を見渡して、紙パックが廊下中に捨てられていることと、黄金色の気配に染まっている、悪魔の死骸、があることに気が付く。
陽一が殺した悪魔か、と察した雪也は、と同時に、この自販機を壊したり紙パックをゴミ箱にも捨てずに散らかしたのも、陽一なのではないか、と察することになる。
と、すれば。
これは陽一とて、異常なのではないか、と雪也は感じた。
何せ紙パックが百以上、飲み干された上で、捨てられている。普通、こんなに飲むはずがない。あの黄金の槍を持っていると喉が渇くのか?
それとも悪魔を殺して……。
と、そこでようやく雪也は閃いた。
(悪魔を殺すと、精神や身体に異常が発生してしまうようになっているのか……)
思えば、自分の感情がおかしくなっていたり、菜霧を好きなように扱う夢を見たり、彼女の首を絞めたりしたのは、山羊悪魔と接触してからじゃなかったか。身体が異様に気だるくなってきて、すべてがどうでもよく感じられ、急がなければならないのに焦る気持ちにならなくて怠惰な様に陥っていたのは、二体目の驢馬悪魔を退治してからのことではなかったか。
そうか、悪魔を殺すと、感情がおかしくなってくるんだ。
雪也は陽一にも異常な状態が発生しているという情報からそう理解することができた。
となると、陽一も自分と同様、感情のおかしさに揺さぶられているはず……。
そもそも陽一は、この感情がおかしくなることに気が付いていたのだろうか。気が付いていたとしたら、俺が首絞めをしてしまった時に、そのことを教えてくれても良かったんじゃないだろうか。こんなにたくさんの紙パックを飲み干したら、自分の様子がおかしくなっているのではないかと気が付いて当たり前だ。つまり、陽一は気が付いていたはずだ。
悪魔を殺すと、感情がおかしくなることに気が付いていたアイツが、俺がおかしな行動をしていた時にフォローさえしてくれず、そのうえ俺だけがおかしいとでもいうような視線を向けていた。自分もこうやって紙パックを飲み干すような暴飲をしている有様の癖に!
そこまで思考した雪也は、陽一と菜霧を二人だけにしておくのは、もしかすると危険なんじゃないかと感じられて、怠惰たる気分が吹っ飛んだ。
「……あの、やろう……!」
ぬるいプロダミンCを一気に飲み干してゴミ箱に放り入れた雪也は、よしっ、と気合を入れてから三体目の悪魔目掛けて走り出した。
残るは、グリフォン。
怠惰から完全に目覚めた雪也は、銀色の刃物による身体向上と相俟ってシンクロし、驚愕できるほどの俊敏さを発揮し、疾風のように校舎内を、かけぬけて一気に三体目との距離を近づけていき、グリフォンの悪魔を目視した次の瞬間には、もう斬り付けていた。
「グギィュエエアエエエエエエ」
瞑想をしていたグリフォンは疾風のように突如として現れた人間による一撃で、急所を貫かれて戦いの体勢に入ることもなく、絶命した。
「……よし」
雪也は殺したグリフォンが黒のかわりに銀色の気配を纏ったのを確認してから、中庭の様子がよく見える位置へと移動した。
そして、サタンが静まったかどうかを確認する。
おそらくこれでサタンは静まったはずだ、と期待しながら彼は窓の外へと視線を向けた。
「…………」
しかし、巨大たる悪魔は天を衝くかのごとくに世に伸び上がっていて、翼を自由にはためかせているし、四つだった頭部が一つになっていて、何かエネルギーを充足させているのが雪也の位置からでも見える。
たしかに、全身が六芒星から露出しているわけではない。それを防ぐことは、これまでの行いのおかげで出来ているらしい。
だが、完全に六芒星の中にひきずり戻すことは出来ていないのは、一目瞭然のこと。
何かが足りないのか。あの菜霧の中にいる存在が、嘘をついているのか、それとも……。
……陽一が、嘘をついているのか?
あいつは悪魔を殺していないんじゃないのか。だとしたら、あいつが原因でサタンは六芒星の中に引きずり込まれないのか!
この時雪也はもっと窓の外の様子を窺うべきだった。だが悪魔たるの副作用のせいで、傲慢たる感情を引き出されるようになってきた雪也は、自分が今さっき思いついたことを正しいに違いないと断定し、あいつに菜霧を好き勝手にはさせない、という気持ちで満ちた。窓の外の様子をうかがい六芒星の線が、しっかりと黄金色と銀色の三角形で構成されているのを確認すれば、陽一はしっかり悪魔退治をしたのだと理解できる。が、自らの思いつきが正しいに決まってる、と傲慢たる感情でぐつぐつと煮立った雪也は、
「陽一…………」
と憎々しげに呟いて、この窓の景色から奴の姿は見えないのか、と見渡す。
すると、見えた。
陽一と菜霧が、中庭を歩いている。
それを雪也の位置から見下ろせるのだが、二人は中庭にある多目的ホールへと繋がっている廊下へと歩いているのだった。その頭上には六芒星があり、サタンがいる。その真下にある多目的ホールに二人が向かっているのには、きっと陽一にとって重要な理由があるに違いない、と雪也は断定した。
「あいつの、好き勝手には」
そう言いながら雪也は、またも疾風のごとく廊下を駆け抜けて、一気に階段を降りて、多目的ホールへと一直線に向かっていく。
そして丁度多目的ホールに入ったばかりの二人の、すぐ背後から雪也は多目的ホールの玄関ドアを突き破って内部に入ると、疾風となって二人を瞬時に追い抜いて、驚いて歩を止めた、
陽一の眉間に、銀色の刃物の尖端を。




