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錆色の鎌  作者: 左藤
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その六:らしくねえな

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。


 ランと知り合ってから幾度となく自問してきたこの問いだが、これほどまでに切実に問うたのは初めてかもしれない。


 ヴァルは今、ランと二人連れ立って、商店が並ぶ道の人ごみの中を歩いていた。生い立ちの関係で、ヴァルはこうした人目につく場所を真昼間に堂々と歩き回ることに慣れていない。しかも、隣に小柄な少女を連れている。顔の厳つさや体格ともあいまって、危ない人間がかどわかしているようにしか見えない。


 ランが率先して手を引いているので、変な勘違いをされないのはありがたいが、手を握られることにもなれていないので、どうにもいたたまれない。


 街は平日であっても人でごった返し、こんなところも皇都たるゆえかと思ったりもするが、ヴァルにとっては多数の視線に晒されている感じがして、落ち着かないのだ。


「そんなに怯えなくても、案外皆気にして無いものですよ」


 そう言うランに怯えるとは何だと声を荒げたが、お陰でほんの少し落ち着く。どうやら分かりにくすぎる気の遣い方をされたらしいが、それにしても言い方ってものがあるだろう。


「あ、そうでした、薬草も買いたいんです。ちょっと遠いんですけど、いいですか?」

「…好きにしろよ」


 ランは恐らく勉強に使うのであろう筆記具や医学、医術関連の物品などを買い込んでいる。もうすぐ知り合いの誕生会があるとかで、その前にということらしかったが、確かに結構な量で、ランのような少女が一人で持つには多かった。ただなぜ連れ出したのが自分だったのか、ヴァルには疑問に思えてしまう。


「他に頼めそうな人がいなくて」


 ランは笑顔だ。しかし、その笑顔はどこか寂しげで何かをこらえるような風でもあり、そんな表情でそう言われると、それ以上追及することも出来ず、無下に断ることも出来ず、ヴァルはこうしてランの付き添いをしている。


 まあ、たまにはこうして歩くのも悪か無いか。


 とうとう開き直ることにしたヴァル。そうすると、意外なほど心持が楽になった。


 いつも気を張って生活していたヴァルは、最近、ランと過ごす穏やかな時間が嫌いでは無いことに気付いた。それに良く考えれば、色々腹立たしいこともあるが、彼女には世話になりっぱなしなのである。


「あの、ご迷惑でしたか?」


 一通り必要なものをそろえたらしく、いつもの感覚で二人並んでベンチに腰掛けると、何やら殊勝な態度でランが言ってきた。


「どうしたんだよ急に。らしくねえな」

「そういえば、病み上がりだったのに随分連れまわしてしまったと思いまして」

「…おいおい今更何の冗談だ? 今まで散々振り回してんじゃねえか」

「…別に、私にだって少しくらい気遣いの心はあるんですよ」

「んなこたあわかってるよ」


 笑いながらそう言うと、ランは意外というような顔でヴァルを見上げる。そもそもヴァルのような面倒そうな人間の相手をしている時点で筋金入りのお人よしであると言うことに、どうやら彼女は思い至っていないらしい。


「と、とにかく、体のほうは大丈夫ですか」


 珍しく動揺したらしいランの様子が面白く――ああ、もしかしてこいつの言う“面白い”はこういうことなのか――もう少し言ってやろうと思った。


「このくらいなんともねえさ。一応お前には随分世話になってるからな、多少振り回されるくらい付き合ってやるよ」


 目を見張っている様子のランの頭に、笑顔でポンと軽く手を置く。


「だから、らしくねえ遠慮なんかすんな」


 からかい半分、本音半分といったところか。しかしすぐさま憎まれ口が返ってくると思ったら、ヴァルが言った途端、ボッと音を立ててランが顔を赤くした。


「あ…ありがとうございます」


 か細い声でそう言う。その恥じ入るような様子を見ると、今度はヴァルの顔に熱が集まり始め、急に気恥ずかしくなったヴァルは、用を足してくると言い置いてそそくさと席を立った。


 のしのしと足早に歩くヴァルの胸中は穏やかではない。


 おいおい、どうなってんだ。俺はどうしちまったんだ。熱くなった顔を手で押さえながら考える。


 今までランがあんな顔を見せることはなかった。あれは何だ。新手の嫌がらせか。いや、ランはあんな性格だが、案外根は真面目らしく、今まで軽いノリでヴァルをからかったり、何やら隠し事をすることはあっても、本気で騙したりしたことはないと思う。


 どうしてランの前から逃げてしまったのか。多分、ランのあの態度のせいだろう。これまでもランの言動に顔色を変えることはあったが、さっきのは今までで一番だったかもしれない。


 …あれは反則だろ。


 年頃の少女のように――実際少女なのだが――顔を赤らめ、恥じらいのようなものを見せた姿は、認めたくは無いが、不本意なことこの上ないが、正直、胸にくるものがあった。


 いつも飄々としているランなので、ああいう態度をとられると、どうしていいか分からない。今まで生きるのに必死で、色恋の類に縁がなかったヴァルは、ここにきてようやくこの不可解な気持ちが、そういうものなのではないかと危惧し始めた。


 馬鹿な。あんなやつに、俺が? 冗談じゃねえ。


 頭の中で否定してみても、すっきりしない胸の内を抱え、用を足してランの元に足を向ける。


 そもそもあいつだって、俺みてえなクズを相手にするわけねえだろう。


「さっきのだって、きっと何かの間違いだ」


 意識して声に出すと、怪我とは別の痛みが走った。その時点で、ヴァルの危惧が既に現実のものであることを示していたが、混乱したヴァルはそこまで頭が回っていなかった。


 どういう顔をすればいいか密かに思い悩んでいると、ランの座ったベンチが見えた。複雑な気持ちで目をやると、そこにはランのほかにもう一人の男がいた。その男はランの手をとっているが、ランはそれを振り払おうとし、男は手を離そうとせずに強引に引っ張っている。


 その光景を目撃したヴァルは、嘘の様にそれまでの悩みが頭の中から吹き飛び、何も考えられずに二人の間に割って入った。

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