知らなければよかった(?)世界の真実
私はつい最近、異世界にトリップした一般人だ。
いや、一般人の一言で片づけるのはやや語弊がある。
私は天才科学者の一般人だ。
10年の歳月を費やした研究論文が完成しノーベル賞間違いなしってところで、何の前触れもなく異世界にトリップしてしまった。
ワケ分からん。
それはそうと私がトリップした世界は所謂ファンタジーというもので、
元の世界ではお目にかかれないエルフやドワーフや獣人といった種族や、
オークやトロール、果てはドラゴンといったモンスターまでが存在する。
科学は発達しておらず、人々の生活を支えているのは専ら魔法と呼ばれるモノである。
詠唱を唱えると、掌から火の玉を撃ち出せたり、瞬時に傷が治ったり、石っころがダイヤモンドに変化するといったモノだ。
ゲームや小説でおなじみのアレである。
流石の私も魔法を初めて見た時はぶったまげたものだ。
だがしかし、初見でこそ驚きはしたが私は基本的に魔法というモノは信じていない。
何故なら私は科学者だから。
物事には道理があり、原因があるからこそ結果がある。
マッチを擦るからこそ火がおこせるのであり、火がおこせるのは人がマッチを擦るから。
この世に存在する現象は、すべからくこうした因果関係が成り立っていなければならない。
つまり私は、呪文を唱えただけで火の玉が出たせるのは非科学的だと言いたいのだ。
科学とは森羅万象より法則を見出し、その法則を定式化する事で万物の仕組みを解明する学問。
そしてそれらの法則を技術という形で応用する事で、人間はその恩恵にあやかれる。
これは絶対だ。別の世界であろうと絶対に変わらない真理であると私は考えている。
科学こそ正義、非科学こそ悪!……とまで言い切るつもりはないが、
私的には唱えただけで火の玉が出せるような魔法を「 技術 」と呼ぶのは、些か抵抗がある。
その原理を「 神の奇跡 」で片付けるなどもっての他。
呪文を唱え火の玉が出てくるまでの過程を論理的に説明できなければ、それは本当に「 魔 」の「 法 」である。
人間の手にすべきモノではない。原理の知れぬモノは、いずれは人の手に余るようになるからだ。
人間が手にすべきは「 智 」によって裏付けされた「 法 」……私はこれこそ科学だと考える。
だから私は魔法など信じない。信用していない。
しかし実際に目の前で掌から火の玉なんか出された以上、魔法の存在だけは認めざるを得なくなってくる。
しかしそれは私がただの一般人だったらの話。
生憎、私はただの一般人ではない。天才科学者の一般人だ。
魔法の存在を認めたくなければ、思いっきり否定してやればいいのだ。
魔法は「 神の奇跡 」などではないと。
私が魔法の原理を論理的にそして科学的に解明すれば、魔法は「 魔 」の「 法 」ではなくなる。
そしてその時こそ、魔法は科学によって裏付けされた「 智 」の「 法 」へと昇華されるのだ。
天才である私は考えた。魔法の原理を。
そして天才である私はすぐに思いついた。
『 ナノマシン 』
ナノテクノロジーの産物。
超ミクロ……それこそ分子や原子ひとつひとつに干渉できるほどの極小の機械。
それがこの世界中いたるところに存在していたと仮定するならどうだろう?
土の中、水の中、空気中、そして人間の体の中に至るまで。
そう考えれば辻褄が合う。
呪文を唱える事で、火の玉が出る事も、傷が治せる事も、ダイヤモンドが作れる事もだ。
私が考える魔法の発動プロセスはこうだ。
①人間が呪文を唱える
②ナノマシンが呪文を命令として翻訳。
③ナノマシンに内蔵されたプログラムが起動。
④魔法発動。
以上、実に簡潔で分かりやすい。
どうして今まで誰もこの可能性に至らなかったのだ?
この仮定が事実だったとすれば、この世界には過去に非常に高い科学力をもった文明が存在した事になる。
しかし何らかの理由でその文明は滅び、現在の世界にはその栄華の名残であるナノマシンだけが残された。
そして当時の記憶を失った人類は、その遺産を魔法として利用してきたと……
だとすれば悲しい話である。つわものどもが夢の跡……みたいな感じで。
さて、感傷に浸っている場合ではなかった。
私のやるべきは、魔法の原理をナノマシンであると仮定し、その存在を証明する事である。
そのために私は自力で電子顕微鏡を制作したのだ。
この異世界の地で、たった一人で、たった三日で。やはり私は天才だった!
さて、早速ミクロの世界を覗いてみよう。
特定のサンプルは要らない。何しろナノマシンは世界中どこにでも存在している。
故にサンプルはその辺の池から採取した水滴である。
私の考えが正しければ、この水滴の中には数えきれないほどのナノマシンが存在しているハズ……
ナノマシン……古代超テクノロジーの遺産、ふふふ……興味深いではないか。
私の研究対象としては申し分ない。天才科学者の血が騒ぐ。
さて、顕微鏡の倍率は最初からクライMAXだぜ!
ゾウリムシなんぞに用はない。
私が見たいのはもっと極小の世界。
そこにナノマシンは存在するハズ。
接続されたディスプレイに顕微鏡が捉えた画像が映し出される。
む? 早速なにかを発見した。
でもボヤけてて見えにくい。
ならば倍率、クライMAX中のクライMAX!
さて、これならどうだ?
……居た。
本当に何かが居た。
水滴の中、ゾウリムシやミカヅキモなどよりも小さな世界に、何か虫のようなモノがウジャウジャいるのが分かる。
間違いない、ナノマシンだ。
私は喜びにうち震えた。
この世界の誰にも為し得なかった事を、私はやってのけたのだ。
でもそれはむしろ当然の事、私はこの世界で最高の天才にして唯一の科学者なのだから。
さあ、トドメだ! 次でその正体を暴いてやる! 倍率、クライMAX中のクライMAX中のクライMAX!
さあ、ナノマシンの全貌は如何に?
「 ………は? 」
思わず声が漏れる。
見間違いかと思って目を擦り、もう一度ディスプレイを目視する。
ディスプレイの中には
オッサンが映っていた。
全裸でスキンヘッドでメタボ気味で等身の低い、そんな中年オヤジがディスプレイに映し出されているのだ。
それも一体ではない。無数にウジャウジャである。
同じ姿、同じ顔をしたオッサンが、所狭しと映し出されている。
非常に不気味な光景だ。
……えと、これはどういう事だろう?
その辺の池から採ってきた水滴を電子顕微鏡で覗いたら、ナノマシンの代わりに無数のオッサンを発見した。
ナノマシン = オッサン説……馬鹿げた話である。
電子顕微鏡の故障か?
でもこれは天才である私が作った物……動作テストはバッチリだった。
それにどう故障すれば、水滴の中にオッサンを検出するような顕微鏡になり得るのだろうか?
そんな不毛な思考を張り巡らす私を余所に、
水滴の中のオッサンたちは昼寝したり、喧嘩したり、プロレスごっこしたりと、個々がそれぞれ違う振舞いをしている。
彼らにも個性があるのだろうか?
ふと、そのうちの一体と視線が合った。
寝転がって尻など掻いてる個体である。
彼は寝っ転がったまま、ジッと私の方に視線を向けて固まっている。
まさか、彼は私を視認しているのだろうか? 顕微鏡越しに観察している私に……まさかな……
それより本当にこれはどういう事だ?
これは本当に現実なのか? 質の悪い夢ではないのか?
私が普段吸っている空気にも、私が今朝飲んだ水にも、こんなオッサンたちが無数に含まれていた?
ははは……まさかな……
そんな馬鹿な事あるわけ……そう自分で自分の考えを一笑に付した時だった。
彼……オッサンが口を開いた。
『 何見てんだバカヤロウ。文句あんのか 』
………………………………………
「 マクスウェルの悪魔は実在した! 嘘ではない、本当なのだ! 」
その後、何故か無事に元の世界に帰還できた私は物理学会へと訴えた。
しかしそんな私の必至の訴えも空しく、どの学者も耳を貸してくれない。
それどころかそんな私を馬鹿にし、ホラ吹き男爵呼ばわりする始末。
やはり私は妬まれていたのだろう……天才ゆえに。
確実視されていたノーベル賞も逃してしまった……ハァ……
しかし、これくらいで私はへこたれない。
私の興味は既にこの狭量な物理学会などにはない。
「 いつの日か再びあの異世界に舞い戻り、あの悪魔どもの謎を解き明かして見せる 」
そう、私に不可能などない。
何故なら、
「 私は天才だから! 」