騎士な婚約者が、君と婚約をしても結婚をしても王女殿下が一番大切なことに変わりはない、とおっしゃいますので。
子爵令嬢・カナリアには、王国騎士団に所属する、アルマンという騎士の婚約者がいる。
「街で開催される秋の収穫祭に、シャルロット殿下をお連れすることになった。俺はもちろん、彼女に同行する。
本当なら君と訪れる予定だったが……分かってくれ」
「はい、アルマン様」
アルマンはカナリアより一つ年上の、18歳の青年。騎士団の中では若手だが、将来を見込まれた彼は、数か月前にこの国の第三王女である、シャルロットの専属騎士に任命された。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
アルマンが踵を返した後、カナリアは静かにお辞儀をする。
"シャルロット殿下が急にお茶会を開かれることになり、護衛としておそばに付くことになった。すまないが、君とのお茶会はまたの機会に"
"シャルロット殿下が騎士団の訓練場を見学したいと言い出された。お怪我をされてはいけない上、あんなむさ苦しいところに彼女を一人行かせられない。よって、俺も同行する。
すまないが、君とのピクニックはまたの機会に"
「シャルロット殿下が」
「君との約束はまたの機会に」
何十回と繰り返し聞いてきたフレーズ。
そして、何十回もアルマンはカナリアを一人残し、シャルロットのもとへと去って行く。
『……♪』
そんな時は決まって、カナリアはいつも小さく歌を口ずさむ。心を落ち着かせるために。
親同士が決めたこととはいえ、アルマンと婚約をしてもう二年になる。
彼がシャルロットの専属騎士に任命される前までは、いつも寄り添い合えていた。
お互い口には出さなかったが、二人の間には確かに愛があった。
カナリアは思う。
本当は、いつも彼を見送るのが辛い。でも、これが彼の仕事なのだから理解しなくては。
そんな複雑な心情を、カナリアはメロディに変えている。少しでも、気分が晴れるように。
「ごきげんよう、 "小鳥のカナリア嬢" 」
……けれど。そんな時は大抵、
「君の悲しいさえずりが、今日も扉の向こうから聞こえてきたと思ったら……堂々と仕事をおサボりかい?」
「……リク様」
王城で文官の仕事をしている、元孤児のリクに声をかけられてしまう。彼もアルマンと同じ、18歳。
「さては、またアルマン殿に振られたんだね?」
「……」
「はは、図星かな?」
リクはこうやって、いつもカナリアを揶揄う。その度にカナリアは息をつく。
「リク様。わたくしは仕事をさぼってはおりません。書庫の書類整理ならすでに済ませました」
カナリアは愛用のペンとインク、そして、柄部分に小鳥モチーフが彫られているペーパーナイフを入れた、自身のウエストポーチをポンポンと叩く。
「ふむ、君は本当に働き者だね。普通の子爵家のご令嬢ならば、こんな昼下がりにわざわざ城にやってきて、古びた本棚の掃除なんてしやしないよ」
「本棚の掃除ではなく、書類整理です。
それにこれは "家業" の延長として、せっかくいただいたお仕事ですから」
普通の子爵家のご令嬢ならば、こんなことは絶対にありえない。王城書庫の書類整理を任されるなんてことは。
「父君はお元気?」
「おかげさまで。今日も国王陛下のお話し相手に彼のお部屋を訪れていることと思いますわ」
なおこんなことになっているのは、カナリアの父が国王にえらく気に入られているから。
子爵の仕事の延長線上に、娘の王城勤めがある。つまり、コネ。
「アルマン殿に振られた方は否定しないんだね」
「……事実ですから」
「なら、僕と行くかい? 収穫祭」
カナリアは目をパチクリとさせる。
「……いえ、一応わたくしは婚約者がいる身ですし。それにリク様は、」
「今日の分の仕事なら僕も終わっているよ。と、それは置いておいて。
硬いなぁ。アルマン殿だってシャルロット王女とデートしてるじゃない」
「……お仕事だと聞いております」
「なら、君と僕も文官の仕事として行こう」
「えっ?」
リクはそう言うと、「ちょっと待ってて」と書庫に戻り、そしてほんの数分で身支度を整え再び出て来た。
「よし、行こう。はい、君はこれを頭から被って」
カナリアはというと、彼にレースのショールを被され、そして顎の下で紐を結ばれる。
「僕たちは文官として、収穫祭の記録を付けなくては。街の賑わい具合、販売されている商品の品質や品揃え、それと行き交う人々の様子、といったものをね」
リクはいつもカナリアを揶揄ってくるが、文官としてはかなり優秀だ。
普段二人は同じ仕事をしているわけではないが、基本、書庫内の半径数メートル以内の距離で過ごしているため、その仕事ぶりは知っている。
「……では、お仕事としてなら」
「決まりだね」
リクがニコリと笑って手を差し出して来たが、カナリアは、「さすがに遠慮いたします」と丁重にお断りした。
カナリアとリクが街に出ると、辺りは一面 賑やかだった。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 珍しい異国の絨毯はいかが?」
「今日はオニオンシチューとパンプキンタルトが一押しだよ!」
美しい特産品の数々。良い香りの漂う屋台。どこを見渡しても、それらを売り買いする和気あいあいとした人々の姿が目に入ってくる。そんな中で、
「あれ? あそこにいるの、君の婚約者殿とシャルロット王女じゃないかい?」
リクの言葉に、カナリアの心臓がドクリと跳ね上がる。
リクが指差す方角へと目を向けると、宝飾品を扱う店の前に、確かに彼らの姿が。
周りを警戒しながらシャルロットの一歩後ろに控えるアルマン。そして、シャルロットがそんなアルマンの服をキュッと掴み、自身の方へと引き寄せる。
どうやらどちらのイヤリングが自分に似合うか、彼に尋ねているようだ。
「あの二人、まるで恋人同士みたいな雰囲気だね。ほら、店主もイヤリングの他にお揃いの指輪を勧めてる」
「……そう、ですわね」
カナリアは二人から目を逸らした。
見ていてあまり気分の良いものではなかったから。
「うーん。カナリア、ちょっと待ってて」
リクはそう言うと、すぐ近くのスナックを売る店に行き、そして何かを購入して戻ってきた。
「ほら、口を開けてごらん」
「え? むぐっ?!」
「はは、熱いから気をつけるんだよ」
リクはカナリアの口に、香ばしく香る、パリパリに焼かれた鶏足スナックを突っ込んできた。
「どう? 美味しいかい?」
「……美味しいです」
「良かった良かった。じゃあ、これを食べたら仕事!」
「はい……」
カナリアを見てニコリと微笑むリク。
きっと、彼なりに元気付けてくれたのだろう。今日ここへと連れ出してくれたことも含めて。
カナリアは勇気を出して、もう一度宝飾品を扱う店の方へと目を向ける。
けれど、そこにはもう、アルマンとシャルロットの姿はなかった。
次の日。カナリアが王城書庫へと出勤すると、扉の前にはアルマンが立っていた。
「アルマン様……? 何かご用事でしたか?」
「……君は昨日、誰と、どこで何をしていたんだ?」
「え?」
カナリアはきょとんとした。
「何って……昨日はアルマン様と別れたあと、ずっとお仕事をしておりましたが……」
「へえ? どこの馬の骨とも知らない男と二人で街へ繰り出て、挙げ句の果てには食い物を分け合っていたことの、一体どこが仕事なんだ?」
けれど。昨日の収穫祭で、彼の方も私たちのことを見つけていたのだ、ということを理解する。
「昨日は収穫祭の記録を残すために、同僚の方と街に出ました。路上で食事をしてしまったのは、確かにはしたなかったとは思いますが……」
「嘘をつくな!」
アルマンが声を荒げた。
「俺を馬鹿にしているのか?!
何が同僚だ! あれはどう見ても、恋人同士の雰囲気だった! カナリア、君は一体何を考えて……!」
「敵襲! 敵襲ーー!!」
だが、そんな時。突然城内にサイレンが鳴り響いた。
「収穫祭の喧騒に紛れ、賊の一味がこの城内に入り込んだようだ。狙いは金品か、それとも王族の方々のお命か……!」
「?! シャルロット殿下!」
アルマンは血相を変えた。そして同時に、真剣な眼差しをカナリアへと向けた。
「カナリア、よく見ておけ。本当に誇りある仕事とは、一体どのようなものかを。
俺は騎士だ。忠誠を誓ったシャルロット王女殿下を、この命をかけて守り抜く。
例え君と婚約をしても、結婚をしたとしても、この思いは一生変わらない!」
そう言って、アルマンはシャルロットの寝室がある方へと勢いよく駆け出して行った。
また、カナリアを一人残して。
「 "本当に誇りある仕事" ……」
この瞬間。
カナリアの中の、"何か" がプツンと音を立てて切れてしまった。
昨日までのカナリアは、確かにアルマンを愛していた。
半年後には彼と結婚し、そして温かい家庭を築き、さらには共に老いるまで、ずっと一緒に寄り添い合うものだと信じて疑わなかった。
けれど。
「…… アルマン様。"お仕事" への誇りなら、わたくしにだってありますわ」
カナリアはそう呟き、自身のウエストポーチをぎゅっと握りしめた。
-----
アルマンは他の騎士たちと共にシャルロットを連れ出し、城外へ出ることに成功していた。
城内からは、未だ多くの城勤めの人たちが次々と逃げ出してくる。
「……? カナリアは何故、まだ城外に来ていないんだ」
けれど辺り一帯を見渡しても、カナリアの姿はどこにもなかった。
近くで城の文官を見つけたので問いただしてみると、彼女は「まだ仕事があるから」と城内に残っているとのこと。
アルマンは思わず、舌打ちをした。
この状況で、文官の仕事だと?
その仕事はカナリアの命よりも大切なものだと、君はそう言いたいのか?
アルマンは迷ったが、他の騎士仲間にシャルロットを託し、再び城内にある書庫へと急いだ。
「カナリア! 昨日今日の君は、どうして俺に楯突いてばかり来る?! そんなに俺を怒らせて、君は一体何がしたいんだ……!」
けれど、アルマンが書庫のある回廊へと差し掛かった途端、彼は目を見開いた。
「う、うぐぅ……」
床には、賊と思われる男たち数十人が、もがき苦しみながら横たわっていた。
『 ♪ 』
するとどこからともなく、小鳥のさえずりのような歌声が聞こえてきた。
アルマンが視線をたどると、そこには、まるで鳥のように宙を舞う、子爵令嬢・カナリアの姿が在った。
「ぐっ、ぐえっ……」
賊の最後の一人が地へと倒れた時、カナリアもゆっくりと、そして静かに地へと舞い降りる。飛び続けていた小鳥がようやく、木々の枝に止まるように。
「カナリア……? これは一体……」
彼女の手には、文官の仕事道具であるペーパーナイフが握られていた。
-----
「ご苦労だったね、カナリア」
カナリアは、全ての賊たちにもう立ち上がる力が残っていないことを確認した後、この声主の前で静かに跪いた。
「お怪我はありませんでしたか、リク様」
「大丈夫だよ。君の方こそ、どこかに傷を作ってはいないかい?」
「問題ありませんわ」
カナリアがそう言うと、リクが手を差し伸べてくる。
「……ありがとうございます」
カナリアは彼の手を取り、再び立ち上がった。
「カナリア……? これは一体……」
「アルマン様?」
振り返ると、そこには青い顔をしたアルマンがいた。
「君は、一体何を……?」
「何って…… "お仕事" ですけれど」
カナリアは彼を真っ直ぐに見る。
「アルマン様には現場を見られてしまいましたので、正直にお話しいたします。
わたくしの実家は表向きは子爵家ですが、実は裏家業を営んでおります。
それがこちら。"やんごとなき方々の専属護衛" です」
カナリアはリクの前に立ち、アルマンにそう告げた。
「やんごとなき方々……? 君の後ろにいるその男は、どこの馬の骨とも分からない、元孤児だろう……?!」
「口を慎んで下さいませ、アルマン様」
カナリアが低くそう言うと、アルマンがグッと唇を結んだ。おそらく、彼女のそんな声色を今まで聞いたことがなかったのだろう。
すると、カナリアの後ろから、今度はリクがアルマンに声をかける。
「アルマン殿。君はこの王城にまつわる噂話を知っているかい?」
「噂話……?」
「そう。昔々の十八年前、この王家には長子となる "王太子" が生まれていた。
けれど、その母親は身分の低いメイド。当然、王妃は怒り狂った。そして王妃派の貴族たちと組んで、密かにその母子を殺害しようとする。
頭を悩ませた国王は、母子たちを、王妃たちから比較的手が届きにくい貧民街へと逃した……
ていう、まあよくある話」
リクがニコリと微笑んだ。
「貧民街での生活は悲惨だったよ。衛生状態が悪すぎてすぐに疫病が流行るし、街のそこらじゅうで日々、強盗と殺人が繰り返されている。……母親も死んだしね」
そしてカナリアの後ろから、彼女の肩を両腕で抱く。
「この子と、この子の父親が救い出してくれなかったら……僕は今頃、貧民街の路地でのたれ死んでいたよ」
リクはアルマンに向かい、ふ、と鼻を鳴らした。
「文官の席に身を置いていると、嫌でも城内の懐情報が集まってくる。
"騎士の数が年々減少している"
"街の収穫祭は賑わってはいるが、一歩郊外に出ると貧民街だらけ"
これの答えは簡単だよ。
騎士の数が減っているのは、十分な給金が支払えなくなっているから。おかげで賊の一味がたやすく城内に入り込んで来る。
で、郊外が貧民街だらけなのは、市民から搾取しまくっているせい」
アルマンはさらに顔を青くさせている。
「アルマン殿、王妃様は今も息災かい? 三人の娘たちと日々、贅沢の限りを尽くしていると聞いているけれど」
「……あ、貴方は、もしかして、」
アルマンはついに膝をついた。そんな彼を見て、リクがクスリと笑う。
「僕の名前は、"フェリクス・ワズレット" 。
父親……もとい国王の意向で、半年後には正式に王太子として公表される。僕もやっと成人したからね。
ああ、王妃様やご息女たちが、国家の財政を破綻させている証拠もたくさん揃っているから、彼女たちも半年後には、みんな仲良く郊外の古城に移動かな?」
また、彼女たちに恨みを持つ賊、もとい市民に襲われないといいね、とリクが付け足した。
「……あのぅ」
すると、ここまで静かにしていたカナリアが、チラリとリクを見る。
「リク様、そろそろお手をお離し下さい。わたくしには一応、まだ婚約者がおりますので」
「相変わらず、硬いなぁ。でも近い将来、君には婚約者がいなくなるだろう?」
「……は?」
今度は膝をついたままのアルマンが、リクを見上げた。
「アルマン殿。君は当然、シャルロット王女に付いて郊外に行くんだよね?
確か書庫の前で宣言していたよね。自分は騎士だから忠誠を誓ったシャルロット王女を一生かけて守る、みたいなことをさ」
リクはさらに口角を上げた。
「でも、それを言うなら "僕の小鳥" だってそう。
いついかなる時も、どんな時でも、僕の一番近くにいて、僕を守ってくれている。
……カナリアの尊い"仕事" を蔑む君が、彼女の婚約者を語る資格なんて一ミリもない」
そして主人として、リクがカナリアに命令する。
「カナリア。君にアルマンとの婚約の解消を命じる。それと、君を仕事漬けにはしたくないけれど、仕事の鬼になるくらいこれからもずっと、一生、僕のそばにいて」
「……リク様がそう望まれるのなら」
カナリアはふぅ、と小さく息をつく。
「アルマン様、あなたに婚約の解消を求めます。正式な書類は、後ほど父の方からお送りいたします。
わたくしはリク様の専属護衛として、これからも日々、お仕事に精進してまいりますわ」
『 ♪ 』
カナリアは再び、メロディを口ずさむ。
心を落ち着かせるためではなく、まるで自由に空へと飛び立って行けるような、そんな晴れやかな気分を歌に乗せて。
-----
「カナリア。お城の中庭でピクニックをしないかい? ついでにお茶会をしよう。君と僕、二人しかいないけれど」
「……リク様、ご公務はいかがされたのですか?」
半年後。リクは正式にこの国の王太子となった。
「今日の分の仕事ならとっくに終わっているよ。だから今、君の仕事が早く終わるように手伝っているんじゃない」
そう言って、王城書庫の書類整理……ではなく、リクの執務室で、カナリアが行うべき書類仕事を着々とこなしている彼。
「おかしいなぁ。君の労働が倍増するかと思ったのに、これじゃあ僕の方が仕事増えてる」
ケラケラと笑うリクを、カナリアはジトリと見やる。相変わらず、彼は意地悪だ。
「今日はとても晴れているからね。ティーポットに紅茶を入れて、サンドウィッチやクッキーを持って、少しだけ、のんびりしよう」
リクが王太子として公務をするようになってから、王城の財政は再び回復の兆しを見せ始めた。
一方、贅沢三昧を繰り返していた王妃と王女たちは、リクの言っていた通り、郊外での古城生活を余儀なくされた。
彼女たちには側近の者たちも何人か同行したようだが、その中にアルマンの姿はなかったとのこと。
「カナリア。王妃を幽閉したことで、これからは別の意味で、城内が少し荒れる。王妃派の貴族たちが税のおこぼれを頂戴できなくなってしまったからね」
「はい、心得ております」
「……どんなに大変で、どんなに苦しい時でも、これからも僕と一緒に、ずっと空を飛んでくれるかい?」
王太子となったリクと共に仕事をするからには、今後カナリアに羽を休める時間などは、ほとんどないと言ってもいいだろう。
けれど、カナリアに迷いはない。
半年前のあの日。生涯リクのそばにいて、彼を守り抜くと誓ったのだから。
「もちろん、どこまでもお供いたします。ああ、落ちる時もちゃんとご一緒いたします」
「……そこは支えるって言って欲しいかな」
『 ♪ 』
窓の外からは、可愛らしいカナリアのさえずりが聞こえてくる。
春は、すぐそこに。
お読みいただきありがとうございました。
初めて三人称で書きました……難しかったですが、とても勉強になりました。
少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです^^
※ブクマ、評価、リアクション等、本当にありがとうございます! とても励みになります!
※誤字脱字のご報告もありがとうございます ><;




