愛の夢 第3番
フランツ・リスト作曲、3つのノクターンより第3番 変イ長調 「おお、愛しうる限り愛せ」 通称【愛の夢 第3番】
リストの作品の中ではかなり有名な曲。元々は歌曲であった曲を、リスト自身がピアノ独奏曲へと編曲した。
「O lieb, so lang du lieben kannst(おお愛せよ、愛することができる限り)」(詩:フェリディナンント・フライリヒラート)という詩が元になっているのである。ハープのように綺麗な分散和音の伴奏と共にメロディが語られていく。愛する人が亡くなるまで愛せよ。そんな強いメッセージが込められた、とても美しい曲。甘美なメロディには恋の甘酸っぱさが込められているようだ。
ああ、やってしまった。普段は飄々としている自分でも、こんなに怒りが爆発してしまう時があるとは思わなかった。そして、涙を堪えて走り去ってしまった奏斗を追いかけることができない自分にも驚いた。
「お前ら、よくそんな酷いことをたった一人に浴びさせることができたよな。少しは奏斗の気持ち考えてみたら?」
捨て台詞のようなものを吐いて俺は教室から出ていった。奏斗を追いかけようか、そんなことを思ったが今は一人にさせておくのが良さそうだと感じた。そして俺は階段を登っていった。今のご時世屋上が自由解放されてるなんて珍しいし不用心すぎるなとも思った。屋上の扉に手をかけ、ドアを開けた。清々しいくらいに青く綺麗だった空はいつの間にか群青と夕焼けの曖昧な境目と共に虚しさを感じさせる空に変化していた。
「はぁ。」
ため息が出た。これは庇いきれなかった自分へのやるせなさから来たものなのか分からなかった。どうして、奏斗はいきなりサボってしまったのか。あの時意地でも戻せばよかったのか。わからない。
「時間って、残酷だな。」
あの時奏斗が言いたかったことがわかるような気がした。時間は刻刻と進む。俺たちを置いていって。優しい風が吹く。グッと屋上の緑色の網状のフェンスによりかかる。カシャリと音を立て、その場に座る。
「なんで、守れなかったんだろう。」
いつも、奏斗には恩を感じていた。自由奔放で、空気の読めない俺といつまでも友達でいてくれる。そんなやつは中々いない。ふと、屋上から下を見てみると校舎裏には奏斗がいた。声をかけようと思ったが、やめた。
「ああっっっ!!!」
嗚咽を漏らし、泣きながら壁を殴る奏斗がいた。
そんな奏斗を見下ろしながら思う。もっと、寄り添えたらこんなことにはならなかったんじゃ。そんなに悲しまないでくれ。泣かないで欲しい。奏斗には笑っていて欲しい。そんな思いが心の奥底から湧き出てくる。奏斗の悲しい姿を見ると、俺も悲しくなる。泣いている姿を見ると、泣きたくなる。そして、気づいたら俺も泣いていた。そして涙は涙腺から溢れ出し、ダムが決壊したように止まらなかった。
泣き止むのに時間はそうかからなかった。今本当に辛いのは自分じゃなくて、奏斗自身だということを忘れてはいけない気がした。
「くそっ……。」
何も出来なかった、火に油を注いでしまってよりヘイトを高めることしか出来なかった自分が無力で、なんなら奏斗にとって立ち回りを悪化させるだけのようなものでしか無かったのかもしれない。悔しくて仕方がなかった。もしかしたらクラスのみんなにもわかって貰えるとか、淡い期待を抱くべきじゃなかった。そして、あの一言が胸の中にずっと深く突き刺さってる。
「だいたい、なんで辻がそんなに奏斗を庇うわけ?」
この一言が頭の中でぐるぐると彷徨う。なぜだろう。考えたこともなかった。咄嗟に庇ってしまった。小学校の頃からの友達なんだから庇って当たり前、と思っていたがそんな事ないのかもしれないし、わからない。
ドアの軋む音がする。ドアの方を見ると、小泉さんが立っていた。
「あ、辻くんこんなとこにいたんだ。」
「小泉さんこそ、なんでここに?」
「探しに来たって訳じゃないよ。空が綺麗だから、もっと近くで見てみたいなって。」
空は深い群青に染まり夕日は沈んでいた。
「そうだね。空は綺麗だ。」
「辻くんはここで何してたの?」
「何も。ただ、考え事してただけ。」
「どんなこと考えていたの?」
「俺がクラスでさ、奏斗のこと庇った時にどうして俺がそんなに奏斗を庇うんだーーって言われてさ、どうしてなんだろってずっと考えてたんだ。」
「そっか。気にしすぎるのもあまり良くないとは思うけどね。でも庇うのは当然だよ。奏斗くんは悪いことはしてないもの。今、奏斗くんは葛藤してると思う。やろうと思ってたのに裏では大丈夫なのかと言われてしまって。」
「そんなこと言ってる奴いたのか。それを奏斗本人は聞いたのか?」
「えぇ、6時限目の前の10分休憩のところで奏斗くんの昔の話を聞いて大丈夫なのか?って話している生徒の近くに、居たのよ。そこから奏斗くんは……。」
「そっか、そうだったのか。」
「でも、ここで一生立ち止まってたら前に進むことはできない。大きな壁だけれど奏斗くん自身で乗り越えるしかないと思うの。」
「俺は奏斗が心配なんだ……。本当に。奏斗には笑っていて欲しいし、元気でいて欲しい。泣いてる姿は似合わないし、見たくもないんだ。」
「そうなのね。じゃあそれが貴方が庇う理由じゃない?」
「そうなのかな。」
「えぇ、まあきっとその思いの底にはLoveかLikeがあるはずよ。友達としてなのか、恋愛としてなのか、そこを決めるのはあなた自身だけれども。」
「恋愛としてか……。そんなこと考えたこともなかった。でも、みんなの恋バナを聞いていて思うんだ。いつも一緒にいたくて、落ち着けるし、楽しい人が好きな人の特徴みたいな。でもそれって俺の中じゃ奏斗なんだよ。小学校から一緒で、そんなことを思えるのはあいつだけだよ。」
「素敵ね。二人の関係は。互いに助け合って生きてる。」
「だけどさ、男同士って変じゃないか?」
「そんなことはないと思うの。愛の気持ちに性別は関係ない。2人が愛し合えれば、いいじゃない。それを誰かがとやかく言うのは違うと思うのよ。」
屋上の緑のフェンスから遠くを眺め、そんなことを言う小泉さんは少し大人びて見えた気がした。
「小泉さんがそんなロマンチックな人とは思わなかったな。」
「意外でしょ?でも私こういう恋愛話は好きなのよ。何かあったら相談して。はい、これ」
紙を渡された。そこにはアドレスらしきものが書いてあった。
「それ、IDだからいつでもスマホで連絡してね。」
そういうと小泉さんは空を見るのをやめて、校舎へと歩いていった。
「恋愛……かぁ。」
自分の気持ちが整理できてない今、それがLoveかLikeかを決めるのはやぶさかではない気がした。愛する事か……。そういえば昔、奏斗にオススメされて聞いた曲があったな。フランツ・リスト作曲の愛の夢第3番。綺麗な曲だった。右手と左手が互いに分散和音で伴奏をしメロディを奏でる。それがまるで付き合いたてのカップルのように見えて、初々しく感じたのを覚えてる。自分のこの気持ちのせいで、奏斗を苦しめるのかもしれないの思うと、自分の心がキュッと締め付けられるような感じがした。愛せるなら、愛したい。いつまでも、そばに居たい。互いに朽ち果てるその時まで……。
「こんなこと、本人に言えるわけないよな……。」
そう思い、空を見上げると太陽はいつの間にか沈んでいて、暗いなかほんの少し輝く星々がやけに、ギラギラとして見えた。




