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月光 第一楽章

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 。通称「月光」。

1801年にルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンによって作曲された全部で3楽章からなるピアノソナタ。

第一楽章は「Adagio sostenuto」、2分の2拍子で嬰ハ短調のこの曲は右手は途切れることのない3連符から、主題が提示される。左手はオクターブで下がっていく。まるでその様子はベートーヴェンの深い悲しみ、湖に光る淡い月の光。そして揺れる小船を表しているかのようだった。



不愉快だ。とてつもなく、この上ない怒りだ。誰かにぶつけたいがそんなことをしている暇は無いのだ。

今、ならなければならないことをするまでだ。


「かーーなっと!なにぷりぷりしてんだよー。うりうり」

「なにすんだよ!俺今超不機嫌なんだけど。」

「わーってるって。でも、仕方ないじゃん。ピアノ弾けんの奏斗だけなんだしさ。」

「だったらアカペラとか選択肢他にもあるだろ。俺ピアノ別に好きじゃないし。やりたくってやってるってわけじゃ……。」

「あーはいはい。そういう話聞き飽きたから、あとはよろしくね〜」


いつまでもアイツは自由だ。羨ましい。

アイツの名前は (つじ) 慶斗(けいと)。あだ名はけっけ。いつも仲良くしてくれるのはありがたいんだが、如何せん自由奔放すぎてついて行くのが大変な時もある。だが、それもひとつのことに囚われないあいつの良いところだ。

それにしてもだ!!なんで俺が伴奏をしなければ行けない。ピアノは、嫌なんだ。いつも、思い出してしまうから。



「緊張するね、奏斗!華音!今日は頑張ってきてね!」

「うん!ママがんばってくるね!」

僕たちは舞台に出て、二人で並んで当時の僕たちには大きすぎたグランドピアノの前に座った。


はあ、まただ。あの時の記憶。思い出したくもない。嫌なモノ。もう1回ピアノを弾いたって、あの時の二の舞だ。俺には弾けないんだ。


【四手のためのソナタ ハ長調 K.521】

あの時、華音と弾いた曲だ。そしてトラウマの曲。

ハ長調というだけあって明るく軽快な曲調で、掛け合いが多い。プリモがよく目立つ曲だった。

そして、僕がプリモの担当だった。

「華音、いくよっ!」


そして僕たちは弾いた。あの大きな舞台で。

大きすぎる舞台で。僕がプリモで華音がセコンド。

いつもは逆だった。だけど高音で華やかに弾く華音がとても羨ましくみえて、我儘を言ったのだ。


最初は順調だった。けれども、どこからだろうか。ズレ始めた。おそらく、僕が走っていた。緊張と焦りで。

だが華音はそれでも着いてきてくれた。でもそれなのに、それなのに。諦めた。弾くのを。辞めてしまった。

厳正な音楽の庭。コンクールの場所で。僕は鍵盤から手を離した。


「可哀想だったね。華音ちゃん。奏斗くんが途中からおかしくなっちゃって……。しかも、辞めちゃうなんて有り得ないし。」

涙が止まらなかった。俺の我儘のせいで、全員に迷惑をかけた。そしていつもだったら通る予選すら、通らなかった。全てを無駄にした。


そして華音を傷つけた。


はあ。また思い出してしまった。申し訳なさ、罪悪感。全てに押しつぶされてそうだった。そしてあの曲がまとわりつく。いつまでも離れない。

そこからだろうか、ピアノが怖くなった。誰かと弾くピアノが。誰かのために弾くピアノが。また傷つけてしまうのではないか。壊してしまうのではないか。


思い出す度に胸は憂鬱になる。深い悲しみに包まれる。目の前に塩辛い水が溢れ出てしまいそうになる。そして心はいつも深い藍色だった。


ピアノは、嫌いになれなかった。でも誰にも聞かせたくないし、誰かのためには弾きたくない。自分自身のために、忘れたいがために、隠れて弾いていた。


お気に入りの曲は【ベートーヴェン ピアノソナタ 第14番】。暗い曲調が、なんだか今の自分にとってもあっているような気がした。

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