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穢れた血が刻む運命

作者: イチジク

 港町の朝は、いつもながらの慌ただしさを伴っておりました。車輪の音が石畳を叩き、馬蹄の響きがそれに続く。潮の匂いと煤の臭気が入り交じり、風がそこかしこで慌てたように走り去ってゆく。私の耳は、いつもこの雑然たる音の合間に、自らの存在を確かめるように反応するのでありました。

 私はレオンと申します。父は竜人であり、母は人間でありました。よって私は混ざりものでございます。竜人の耳を細長く受け継ぎ、趾行の足で石畳を掴む。これは便利だという者もおりましたが、便利ゆえにただ侮蔑されも致しました。鼻の利く者は、その耳の形や足の趾行にこそ異物を感じ取り、私を拒絶することを楽しみとしているようにも見えました。


 港では年に一度、帆船操舵競技なるものが催されます。これがまた、竜人の誇り高き闘いでして、純血たる竜人こそ、風と潮の調和を読み切り、小島を回って先陣を切ることができるとされております。そこに混ざりものが出るなどということは、笑止千万の戯言に他なりませぬ。

 しかしながら、今年の競技に私は出場し、そして勝利を収めました。父の遺した小型の帆船は、くたびれておりましたが、操舵の勘は鈍らず、私の趾行の足が船底をしっかりと捉え、風を掴みました。


 勝った瞬間、桟橋に詰めかけた者どもの目は魚のように見開かれ、口は塞がらなかった。歓声ではなく、驚愕の音でありました。


 数日後、私は港のカフェにて紅茶を嗜んでおりました。窓外には鉛色の雲が垂れ込め、帆柱は風にかすかにきしんでおります。隣の卓に座る紳士二名の会話が耳に入ってきました。彼らは役所か商社の重役らしく、髭を撫でながら低い声で話しています。

「聞けば、あの竜血混じりの若造が帆船競技で勝利を収めたそうな」


「へえ、さようでございますか」


「私は存じ上げませぬが、応援する気など毛頭も御座いません。竜人は純血にこそ妙味があり、人の血を混ぜてしまったものなどは、もはや別物に他なりませぬ」


 ここで一呼吸おいて、紳士はこう続けました。


「最近は混ざりものが増えましてね、どうにも鼻につきます。申すならば、英国仕込みのビーフシチューのようなもの。色々と煮込んでおりますが、何が元か判然とせず、舌の上では味の混沌がうごめき、迷子になってしまう。ああいうものは、私の好みとは到底申し上げ難い。」


「いやいや、そこはミルクティーでしょう。良さを消す邪道なのですから。」


 二人は鼻先で笑い、カップを静かに置きました。


 紅茶の香りが一瞬遠のき、私は思わず笑いかけましたが、笑うには気恥ずかしく、かといって黙るにも気まずい。言葉というものは時に潮風よりも冷たく骨に染みるのだと、改めて感じ入った次第でございます。

 竜人の集落でも、私の居場所はありませんでした。父の墓を訪れるたびに、若い竜人たちは鋭い視線を向け、「混ざりものは帰れ」と言うのでございます。長老もまた、私を無視するかのように沈黙を守っておりました。

 その言葉は慣れました。しかしながら、港の喧噪と集落の静寂で同じ言葉を異なる口から聞くのは、どうにも複雑なものがあります。


 冬の寒い日、港で事故が起こりました。吊り荷が外れ、若い作業員が海に落ちました。私は躊躇せず飛び込み、趾行の足で水を蹴って彼を桟橋まで押し上げました。

 岸に上がったところで、背後から声が聞こえました。


「やはり竜の足は、こういう時だけは役に立つんだな」


 命を救った直後であっても、血筋の話は欠かせないようでございます。便利も不便も、結局は混ざりものという枠の中に押し込められてしまう。


 年の暮れ、広場で人間の純血を讃える集会が開かれました。壇上の演説は拍手で途切れ、竜人や混血を排斥する声が夜気に溶け込んでゆきました。

 私はその声を聞きながら、自分がどちらの側にも属さないことを、改めて知らされたのでございます。


 では、どこに立てばよいのか。答えはまだ見つかりませぬ。


 石畳を歩き、港へ向かう。煤と潮の匂いが妙に澄んで感じられます。

 耳は風を受け、趾行の足は確かな歩みを刻みます。国境も血の境も、この足には関係がありません。舵を取るのは結局、自分だけなのです。

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