ハピエン厨のオタクはどうやってもバドエンになるゲームの主人公に転生したので、バッドエンドを全力で回避します。
バッドエンド――それはゲーマーの誰もが回避したいものだろう。もちろんハッピーエンド厨の私だってそうだ。今まで様々なジャンルに触れては来たが、その中でも『ソフィアインドリームランド』通称ソフィドリと呼ばれているRPGはバッドエンドしかないことで界隈では有名だった。魔法学園で起こる数奇な事件の数々――生徒会が事件解決の為に奔走するが、とにかくキャラがめっっっちゃし死ぬ。本当にめっっっっっっっちゃ死ぬ。しかも、救済エンドが公式にないのだ。本当に公式は人の心がない。その為、二次創作ではキャラ同士のてぇてぇな絵や漫画、小説が投稿されている。公式にはない、キャラたちの平和な日常が疲れ切ったオタクたちの心に染みるのだろう。まあ、こんなことはどうでもいいとして…問題なのはそこではない。『私』はなぜかソフィドリの主人公ソフィア・ドールランドになっているのである。
目を覚ますと、そこは西洋風のおしゃれな天井が辺り一面に広がっていた。付近の窓からは暖かな日差しがぽかぽかと降り注いでいる。こんな綺麗な天井、インスタにあげたらバズりそうである。普段、インスタは全然見ないのに柄にもないことを思う。よいしょ、とベッドから起き上がる。いつもよりもふかふかである。
ここで、違和感に気づく。
(あれ、ここはどこ?私は自分の部屋で寝落ちしたはずじゃ…)
今私のいる部屋は洋館のお屋敷のような部屋である。こんな感じの部屋はファンタジーの作品でよく見たので一瞬でわかった。じゃあ何で私ここにいるの?
ふと、大鏡が視界に入る。よく手入れしてあるのか、鏡には傷ひとつついておらず、私の姿を反…射して……い………る…………。鏡に映っていたのはいつものボサボサの私のボブカットの頭では無かった。むしろシルバーの綺麗に整えられたストレートヘアだった。髪が風に吹かれてひらひらと揺れている。というかこの姿…。
(ソフィドリの主人公のソフィアじゃん!!)
私は思わず心の中で叫んでしまった。
(え!?私今ゲームに中にいるの!?ラノベとかでめっちゃよく見る展開のやつだ!)
思わず興奮してしまう!こんな経験人生でできるとは思っていなかった。私が今にも踊り出しそうな気持ちをおさえていると
コンコン
と誰かが部屋の扉を叩く音が聞こえて来た。私にはソフィアの記憶がある。そしてこの記憶が正しければ、いつもこの時間に来るのはメイドのはずだ。
「どうぞ」
私が返事をすると髪をお団子に結んだメイドの女性が部屋に入ってきた。
「お嬢様、おはようございます。今日は早いお目覚めですね」
「おはよう、ミレア。今日はちょっと早く目が覚めちゃったの」
「それは仕方ありませんね。本日は何と言ったって義兄となるガルード様とお会いになる日なのですから」
「そうよね、私ちょっと緊張してきちゃった…」
そう、今日はソフィドリのメインキャラであるガルードと初対面の日。ゲーム内では確か――
「お前が、ソフィアか」
突然のガルードの声掛けにソフィアは肩を振るわせる。どうやらソフィアはガルードのことを少し恐れているらしい。
「は、初めまして…お義兄様…」
震えて声で挨拶をするソフィア。幼い子供に突然兄ができたのだ。緊張して当然だろう。当時、ガルードは使用人たちの間で良くない噂話をされていたのだ。
「ガルードの母はどうやら、御当主様の浮気相手の子供らしい」
「下町出身で言葉遣いが荒いらしい」
「御当主様に媚を売ってこの家系の者になったらしい」
などなどとてもレベルの低いものだった。しかし、純粋なソフィアはその使用人たちの話を鵜呑みにしてしまった。そしてあのような怯えた反応をしたのである。
ソフィアの態度を見たガルードはまずこう思っていた。
(どうせこの人も俺のことを疑っているんだろう…)
初対面でこのような出来事があったせいで、ソフィアとガルードの関係には大きな溝が生まれてしまう。そして、この後ガルードは愛に飢え、恋人をとっかえひっかえするようなチャラ男になるのである。私の趣味にチャラ男はなかったが、ネッ友はこういうタイプのキャラが好きだったなと思い出す。
「お嬢様、身支度が整いましたよ」
ミレアの声で我に帰る。どうやら長い間ゲームのことを考えてしまったらしい。
「ありがとう、ミレア。それでお義兄様はいつお屋敷に来るの?」
「午前中の内には到着なさる予定です。お嬢様、朝食の用意ができていますので、食べに行きましょう」
「ええ」
私はそう返事して、席を立った。
午前十時、ついにガルードが到着する時間になった。私は引き攣った顔でガルードのいる部屋のドアノブを握った。ここは、ソフィアとガルードの関係性が決定付けられる超重要なイベント。穏やかに笑わなければ。ガルードの為にも。
そうして私は部屋の扉を開けた。そこにいたのはビジュ大爆発のガルードだった。幼少期ガルードガチでビジュいいな!深い青色の髪を耳に掛けているその姿、肩まで届きそうな少し長い髪、髪の毛の隙間から見える白銀の美しい瞳、着慣れていないはずの礼服を着こなしている!いや、最高すぎ!!!ゲームでもこのビジュ追加しといて欲しい!!
私の顔が喜びで少しニヤけていたせいなのかな知らないが、ガルードは少し不審そうな表情を浮かべた。
そして例のセリフを一言。
「お前が、ソフィアか」
「初めまして、ガルードお義兄様。今日から貴方の妹になります、ソフィア・ドールランドです」
私は着ているドレスの裾を持ってふわりとお辞儀をした。穏やかな風が辺り一体に吹いたようだった。
「ああ、初めましてソフィア。今日からこの家の者になるガルード・ドールランドだ。よろしく頼む」
「はい!よろしくお願いします、お義兄様!」
私とガルードの穏やかな自己紹介に安心したのかつい
先程まで張り詰めていた周囲の空気も少し緩んだ気がした。
「お義兄様!私お義兄様のことについてたくさん知りたいです!教えてくれませんか?お義兄様のこと」
「ああ、いいぞ」
ガルードは優しそうな声色で答えた。
ガルードは少し困惑していた。まさか、ソフィア・ドールランドにここまで友好的に挨拶されるとは思っても見なかったからだ。俺は義理の兄としてこの家の者になったのだ。嫌われ、無視される覚悟さえ出来ていた。しかし、実際は真逆だった。突然できた兄である俺をソフィアは歓迎してくれた。その事実に俺の胸には温かいものが広がった。それは、今までの俺には感じたことのない新しい感情だった。
一方、ソフィアはガルードと仲良く話すことができていることに感動していた。ガルードから語られる話は、設定資料集やコミカライズで読んで知っているものばかりだったが、それを本人の口から聞けるこの事実が環境が何よりも変え難いものだった。それくらい、ソフィアにとって価値のある時間だったのだ。
ガルードの話を楽しそうに聞くソフィアに、完全に絆されてしまったガルードは去り際にこう言った。
「できたら、俺のことは……ガルードと名前で呼んでほしい。せっかく家族になったのだから」
「わかりました!ガルードお兄様!」
そう話してソフィアはガルードの部屋を後にした。こんなにガルードと話せたのならば、ガルードチャラ男ルートは無くなったと見ていいでしょう。そう考えながらるんるんと鼻歌を歌いながら自室までの長い廊下を歩き始めた。
「可愛らしい人だったな…」
ガルードは誰もいなくなった自室でぼんやりと考える。ソフィアはこんな嫌われ者の俺に優しく話し掛けてくれた。……これから貴族である限り、ソフィアには多くの苦難が待ち受けていることだろう。なら、俺がソフィアの盾としてソフィアのことを守らなければならない…。
「絶対に守ってみせる」
ガルードの小さな決意は静かな部屋中に響いた。
続きは連載版にあります!




