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007,手甲を手に入れた

ギィィン……ギィィン……ッ!


 


鍛冶屋の奥、巨大な炉の赤い光が、揺れる影を刻む。

鋼と火の香りが鼻を突き、汗の滲む空気の中で、老職人のハンマーが振り下ろされていた。


 


「これは……いい素材だ」


 


そう呟いたのは、第五層《ロスト・アイアン街》の名物鍛冶師――《ゴルダン・クレイヴ》。

筋骨隆々で、肌は鋼のように硬そうなNPC。だが、その眼差しは研がれた刀のように鋭い。


 


「《獣王の牙》か。暴王ウルフキングの本牙……魔力の波動を秘めながらも、斬撃より“打撃”への適性が強い。……こいつを拳に宿す気か?」


「そうだ。武器で振り回すより、拳の延長として使いたい。俺は剣士じゃねえ、拳聖けんせいだからな」


 


雷牙――R・Kのその言葉に、ゴルダンの眉がぴくりと動いた。


 


「ふん、面白ェ。“拳で使う想定”の依頼なんて、十年ぶりくらいだぜ」


 


ゴルダンは牙を持ち上げ、かざす。

牙から放たれる蒼白い光が、火の中で揺らめくように見えた。


 


「獣王の“咆哮波動”……こいつをうまく封じ込めて、打撃の衝撃に転化できれば――拳で魔物を吹き飛ばす《衝音》を生み出せるかもしれん」


「できるか?」


「やるしかねえって顔してるな。いいだろう、“拳の武器”ってのも久々に鍛えがいがある。……少し時間をくれ」


 


炉に牙がくべられる。

金属と骨、魔素が混じり合い、赤熱の音とともに打たれていく。


雷牙は無言でそれを見つめていた。鍛造のリズムが、どこか試合前の鼓動に似ているような気がして――。


 


やがて数十分後。


 


「……できたぞ」


 


ゴルダンが差し出したのは、一対の手甲。


牙を中心に鍛え上げた構造は、まるで拳から突き出す“咬撃”のようだ。

骨の質感を活かしつつ、拳を握った瞬間に衝撃波を帯びる仕掛けが内部に組み込まれている。


 


「《手甲:咆牙撃ほうがげき》」


《効果:物理攻撃力+45/打撃時、気力が一定以上ある場合“獣王咆哮”が発動し衝撃波ダメージを追加》


《ソウル適応率:高(格闘系スキル連携時、追撃派生解放)》


 


「……文句なしだ」


雷牙はゆっくりと手甲を装備した。

骨の温もりと鋼の重みが、手にしっかり馴染む。


 


握った拳から、風が吹いた気がした。


 


「ありがとな、ゴルダン。これで――次の戦いも、通せる」


「へっ、またぶっ壊したら持って来い。拳で世界を切り開く奴なんて、そういねえ。……気に入ったぜ、拳聖」


 


拳に牙が宿った。


それは、獣の力を人の技で制する、《拳闘》の証だった。


雷牙の次のコンボは、牙を纏った拳と共に刻まれる。


日が傾きはじめた第五層の郊外。

《風鳴りかざなりげん》と呼ばれる誰もいない草原には、風の音と、草を揺らす静かなざわめきだけが広がっていた。


その中で、ひとり――拳を構える男がいた。


 


「よし……まずは、基本のワン・ツー」


 


《咆牙撃》を装着した拳を軽く握る。

まだ硬さの残る手甲の感触。だが不思議と、重さはない。拳を振るうたびに、骨の鼓動のような微細な振動が掌に伝わってくる。


 


シュッ――!


 


雷牙の拳が、空を裂く。


だがそれだけでは、何も起きない。

この手甲の真価は、ただの打撃じゃ引き出せない。


 


「……ソウルスキル連携。つまり“コンボ”の一環でなきゃ意味がないってことか」


 


深く息を吸い込み、足を滑らせる。


《構え》から、《前ステップ》、そして――


 


「……いくぞ」


 


瞬間、雷牙の身体が弾ける。


 


「中パンッ、下強ッ、近距離前ステ、ターゲットアップッ――!」


 


【羅刹入力:成功】


 


キィィン!


拳が空を貫いた次の瞬間――


 


ドンッ!!


 


拳の先、空間そのものが“ひしゃげた”。


何もない空気が波打ち、風の壁のように押し出される。

その一撃で、数メートル先の草が一斉に薙ぎ倒された。


 


《スキル発動:獣王咆哮じゅうおうほうこう


《効果:衝撃波ダメージ/広範囲ノックバック/HYPEゲージ+5》


 


「……ッ、これが“牙”の拳かよ」


 


余波の風が、雷牙の髪を撫でる。


本来ならば近接武器にあるまじきリーチと範囲――だがそれは拳で鍛えた“間合い”の理解があってこそ、活きる。


 


「衝撃波だけじゃない。“つなぎ”に使えば――追撃への布石にもなる。中距離での読み合いの圧が、ぐっと増すな」


 


呟きながら、もう一度拳を構える。


雷牙の眼が静かに燃えていた。

闘うための“牙”を手に入れた拳は、また新しい読み合いを、次元を、コンボを刻み始める。


 


次の試合――次の敵――

そのすべてに、この拳を試したくてたまらなかった。


 


「準備完了。さあ、誰が最初の“咬まれ役”だ?」


 


拳を鳴らしながら、雷牙は笑った。


そして夕焼けの草原に、また一発――鋭い衝撃波が響き渡った。

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