006,リズム天国ここにあり、共闘もします
「くっそ……まじでここ、ソロ用じゃねえだろ……」
第四階層。
戦闘BGMのテンポに攻撃判定がシンクロするという、音楽×バトルのギミックエリア。
テンポを読めば敵の攻撃を捌けるが、少しでもズレれば一方的にハメ殺される“リズム地獄”だった。
雷牙――いや、今の俺はR・Kだ。
格闘職《拳聖》としてこの世界に生きる俺は、音と拳のラグに苛まれながら、息を切らせて立っていた。
目の前には、ステップを刻みながら襲い来る“踊る処刑人”の中ボス。
「タイミング見切った! ワン、ツー、ガード、差し、差し返しィ!!」
拳を振り抜く――が。
直後、予期しない音が横から割り込んだ。
リズムの隙間、まさに“攻撃判定の無い瞬間”を縫ってくる紫の光。
ボスの足元に、幻影の矢が数本突き刺さった。
「……え?」
その一瞬の誘導で、ボスの移動ラインがズレた。
結果、俺の次のパンチが――カウンターでヒットする。
《CRITICAL!》
《HYPEゲージ上昇》
「ナイス……って、誰だ今の」
遠くから、少女の声が返る。
「どーもー、幻術導師のSh1Nですー。珍しいね、格闘職でここまで来てるのって」
振り向いた先にいたのは、フード付きのローブにスキンタイツ風の魔導装備。
背丈は低めだが、弓のようにしなやかな姿勢。
目元だけを覗かせるその少女の瞳は、まっすぐにこちらを捉えていた。
「……俺の動き、見えてた?」
「うん、見えてた。というか……“読めた”って感じ」
「は?」
「君、格ゲー勢でしょ?」
――ドキリとする。
この世界では、リアルの腕前が“ソウルスキル”として反映される。
でも、普通のプレイヤーはそれに気づいてすらいないはずだ。
「君、見てから反応するんじゃなくて、0.1秒先を読んでる。動きが完全に“ガチ”の人。FPSで言う“プリファイア持ち”みたいな」
「FPS……?」
「私もリアルではFPS競技者だったの。今はこっちの世界で“読み合い”してるけどね」
そう言って、少女は笑った。
「……なるほど。なら、あんたのその幻術、敵の行動に合わせて誘導してたってことか」
「正解。幻術って“攻撃”としては微妙だけど、“位置”をいじるのは得意。敵が次に来る場所が見えてれば――やれることは多いんだ」
「……面白えな」
直感で分かった。この人とは“会話しなくても噛み合う”。
それは、格ゲーでもFPSでも共通する、“読み合いの呼吸”。
「雷牙。……いや、R・Kだ。よろしくな、Sh1N」
「うん。私は時雨 瑠璃――Sh1N。じゃ、組もうか。どうせここ、野良で突破できる難易度じゃないし」
「上等。セコンドがいるなら、こっちは遠慮なく前に出られる」
こうして――
“格ゲー脳”の拳聖と、“FPS脳”の幻術使いが出会った。
拳と幻が交差する読み合いが、今、始まる。
「影が多すぎて位置が見えねえ……!」
俺――R・Kは、拳を構えながら身を低くした。
目の前にいるのは、第五階層の中ボス《影法師グライム》。
本体そっくりの“影分身”を複数作り出し、視覚を惑わせながら攻撃してくる幻惑型の厄介なヤツだ。
「“攻撃の出始め”しか当たり判定がない……か。だったらそいつを叩けばいいだけだろ」
分かってる。でも、どれが本体か分からなければ意味がない。
そのとき、背後から声が届いた。
「雷牙、右前の奴。あれが本体!」
「……根拠は?」
「位置ズレ。さっきの影移動、1フレームだけズレてた。あと、視線のノイズに微妙な違和感があったから――“撃ってきそう”だった」
「0.1秒のズレを、こっちに渡すな!」
「そういうの得意なんだって!」
即座に俺は踏み込む。
Sh1Nが指し示した“右前の影”へ、正拳。
《214+P》――昇り打ちの一撃、コマンド入力成功!
拳が空気を裂き、分身の一つを叩き割る。
――が、その瞬間。
バシュ、と影が煙のように消え……ただ一体、残った存在が、一歩後退した。
「当たってない?」
「いや――効いてる。あれが本体だ!」
「よし、いくぞSh1N!」
「幻影矢、《ミラージュ・レイン》!」
彼女が指を鳴らすと、空中に現れた複数の魔法陣から、淡い紫の幻影矢が舞い降りる。
本体の位置だけを正確に囲むように着弾。奴の“退路”を奪う幻影の壁が形成された。
「これで逃げ場はない……!」
俺は踏み込む。体ごと体重を乗せる、渾身の連撃。
《6A→5C→22+P》――崩し→打ち上げ→地面叩きつけ。
全部読み通り、コンボ成立。
最後の一撃、技名は――
「《羅刹・崩牙脚》ッ!!」
《CRITICAL!》
《HYPEゲージ最大到達》
《ボス「影法師グライム」撃破》
ボスが爆散する。
その瞬間、システムメッセージが空中に浮かび上がった。
《観客AI:激昂HYPEモードへ突入》
《コンビ連携達成報酬:「幻撃結魂」解放》
「やった……!」
Sh1Nの声に、俺は拳を下ろしながら、息をついた。
「読み合いは……一人じゃない方が、深くなるな」
「そ。1対1の読み合いもいいけど、コンビって、“予測と布石”が二重になるから、もっと広く読めるんだよ」
Sh1Nは嬉しそうに笑っていた。
その笑顔に、俺も少しだけ口元を緩める。
「悪くないな、この世界。……そして、お前も」
「ん? 今の、誉められたってことでいいのかな」
「黙って受け取っとけ、セコンド」
この瞬間からだった。
雷牙と瑠璃の名が《EXODUS FANTASM》に刻まれ始めたのは――
拳と幻、完全に“呼吸を合わせた”読み勝ちの、初勝利の記録として。