003,ガー不技とか最高じゃん
《咆哮——!》
黒鉄の毛並みを纏った狼型ボス、ウルフキングが吠える。
音圧だけで草が波打ち、俺のVR鼓膜がギリギリと軋む。
「でけぇな……つーか、こいつ人型で二足歩行だと……?」
そう、ウルフ“キング”の名は伊達じゃない。
このボス、単なる獣じゃない。
獣の反射と、人間の殺意を併せ持った、“格闘型ボス”だ。
しかも、こいつの戦闘パターンは格ゲーで言うところの、ガン攻め+割り込み+対空持ちという殺意MAXスタイル。
ガード、ガード、差し返し、またガード。
軽く一撃でももらえば、すぐ致命圏内。
「こりゃ舐めてたら死ぬな……いいじゃねぇか」
――問題はこっちがレベル1であること。
魔法もスキルもない。装備も裸同然。
あるのは、“格闘入力”という特殊システムのみ。
「……やるしかねぇ」
俺は構える。
体勢を沈めて、重心を右足に。
コマンドは、《迅雷拳》──格ゲーでいうところの昇龍拳入力。
→ ↓ ↘ + P
(前 → 下 → 斜め下前 → パンチ)
VRでは、これを**“体の動き”として再現**する必要がある。
だが、先ほどまではまるで掴めなかった。
“昇龍拳”が、出ない。
だが今、目の前に殺意の化け物がいて、
こっちの命を、リアルと同じくらい“削りに来てる”。
集中する。
汗を流す暇もない。
VRだというのに、身体が熱を帯びていく。
「前……下……斜め、そして拳」
――一瞬、時間がスロウになった気がした。
ただ腕を振るんじゃない。
「入力を打ち込む」感覚で拳を放つ。
拳が放たれる瞬間――
《判定成功:コマンドスキル《迅雷拳》発動》
バシュッッ!
拳に“風”が巻き起こり、空間が引き裂かれた。
「っしゃああ!! 出たッ!!」
拳がウルフキングの下顎を正確に打ち抜いた。
狼王が一瞬浮いた。スキができた。
「繋げるッ!」
→ → + P
↓ + K(足払い)
↘ + P(追撃)
一撃、一撃、すべて入力“成功”のフィードバックが来る。
身体が感覚を覚え始めた。
“出すべき軌道”と、“VRでの認識ライン”が一致しはじめている。
「これだ……!」
脳が歓喜する。
あの格ゲー大会で感じた、ゾーンと同じ感覚。
フレームが見える。動きの裏が透けて見える。
魔法も剣もない。
だが、俺にはこれがある。
「読み合いと、精度と、コマンド入力で……」
「――テメェをぶっ倒すッ!!」
拳を打ち込んだ直後、ウルフキングは後退も怯みもせず、
その場でゆっくりと口を開いた。
「……吠える、か?」
そう思った瞬間、耳を裂く音波とともに、全身に震える衝撃が走る。
《システム警告:特殊攻撃【咆哮乱牙】発動中。通常ガード不可》
「は……?」
見えた。
全周囲を巻き込む、振動系の“衝撃波”コンボ。
しかもその後、間髪入れずに奴が突っ込んでくる。
「初撃が“ガー不”で強制硬直!?」
わずかに遅れて、足が止まる。
脳が“受け身”を指示する前に、ウルフキングの爪が俺の脇腹に入った。
「ぐっ、が……ッ!!」
地面を転がる。VRなのに、痛覚がリアルすぎる。
これは“痛覚1/3設定”のはずじゃ……?
《警告:戦闘緊張度上昇により痛覚補正が強化されています》
「マジかよ、プレイヤーの集中で“体感痛み”が増す仕様!?」
息を吐く暇もなく、ウルフキングが追撃の構え。
見えたのは、踏み込みと同時に爪を逆手に構える姿。
(あの動き、来る……!)
距離を取ろうと一歩後ろに跳んだ、その瞬間だった。
《システム判定:回避動作検出》
《敵AIスキル【絶対迎撃】発動》
「なっ……!?」
奴の爪が、俺の“ステップ動作”に合わせて振り下ろされる。
まるで、入力を読まれたような……“超反応”。
《判定:硬直時間中に被弾 → クリティカルダウン》
バチィィン!!
電撃のような演出とともに、吹き飛ばされた。
「……こ、れ、は……ただのボスじゃ、ねぇな」
体が震えているのは、恐怖じゃない。
この感覚――“読み合いの敗北”。
コマンドが遅れたわけじゃない。
ステップも最速で出した。
なのに、読まれた。対処された。
「やっぱ、こいつ……格ゲーAIだ」
ただのパターンボスじゃない。
“プレイヤーの行動パターン”を数手先まで読んで、そこに技を重ねてくる。
「上等だよ。……だったら、こっちも読み合ってやる」
目を細める。
痛みは意識の端に追いやる。
あの“咆哮乱牙”は、モーションの初動が分かりやすい。
だが“絶対迎撃”は、こちらが“逃げ”を選んだ時にのみ発動する。
ならば。
「逃げなきゃいい――真正面から叩き潰す!」
奴が踏み込んできた刹那、
俺は一歩、前に踏み込んだ。
《→ ↓ ↘ + P》
「――《迅雷拳》!!」
拳と爪が交差する。