002,腕試しってレベルじゃねえぞ
――実戦、それは想像以上にシビアだった
「よし……次こそ、決める……!」
目の前の相手はフィールドに現れた低レベル帯の訓練用モンスター、ウッドゴーレム。
動きは鈍い。耐久もそれなり。
“普通”のジョブなら、チュートリアルですぐ倒せる相手だ。
だが、《拳聖》での戦闘は話が違う。
「行くぞ……! → ↓ ↘ + P――!」
踏み込むと同時に、身体をひねる。拳を前に突き出す。
……だがその時だった。
ガスッ。
「えっ?」
拳が、空を切った。
目の前にはまだゴーレムのボディがあるはずだった――なのに。
《※コマンド不成立。スキル未発動》
「なっ……!? 今の失敗!? 嘘だろ、↘の角度が甘かったってか!?」
ほんの0.2秒の“隙”が生まれる。
その瞬間――ゴーレムの腕が振り下ろされる。
ドガッ!!
「っがああああああッ!!」
まともにくらった。
フルダイブだから“痛覚緩和”はされてるはずなのに、胃の奥に響くような重い衝撃が走る。
HPバーがごっそり減る。
ナビゲーターAIが、淡々と告げる。
《警告:“構え”モーション中に入力ミス。無防備状態でのダメージを受けました。》
「うるせぇよ!!」
前のめりになってた分、回避行動もとれない。
なんだこのリスキー仕様……!
だが、俺は気づき始めていた。
この職業は“入力に成功して初めて”強くなれる。
中途半端は許されない。
「クソ……でも、いいじゃねぇか。なら次は……完璧に叩き込むだけだ!」
汗ばむ手をもう一度握り直す。
今度こそ、失敗しねぇ。
俺の“拳”は、まだ始まったばかりなんだからな。
――読み合いの始まりだ
さっきの一撃で、体力は半分以下。
しかも、連続失敗でスキルゲージもリセット。
普通なら逃げるところだ。
だが――
「……こいつ、3パターンで動いてやがる」
初見のモンスター、それもチュートリアル用の木偶人形。
だが、攻撃の起こりと間合いの管理に、規則性がある。
「さっきの振り下ろし……0.5秒ディレイ。フェイントじゃねぇ。確定行動だ」
来る。
ゴーレムが右腕を振りかぶる。
「ガード――いや、ここは後ろステだ!」
体を引く。
地面を蹴る動きでバックステップを再現する。
ズバッ!
さっき直撃した斧のような一撃が、目の前をかすめる。
――隙ができた。
「……読んだぞ。
次はこっちのターンだ!!」
俺はすかさず踏み込む。
「→ ↓ ↘ + P――ッ!」
気合とともに拳を突き出す。
腰から肩までのひねりを加え、正確に入力を再現する。
《コマンド成立。スキル:迅雷拳 発動》
バシュッ!!
音を置き去りにする一撃が、ゴーレムの腹部に突き刺さる。
観客AIのHYPEゲージがピクリと反応し、
《イイネ +14》のポップが空中に浮かぶ。
「……これだよ、これ」
脳が震える。
まさに“読み合い”からの“差し返し”成功――あの頃の大会の舞台が、ここにもあった。
「ただのAI相手でも、読みが通った瞬間ってのは……格ゲーの真骨頂だろ?」
体の奥から、熱が込み上げてくる。
次は絶対、ミスらない。
そして――この拳で、この異世界を切り拓く。
「入った……!」
ゴーレムの腹に食い込んだ《迅雷拳》。
ヒットストップがかかったかのように、巨体が一瞬よろめく。
そこだ。
「→ ↘ ↓ ↙ ← + K!」
左回し蹴りから、踵を軸に滑らかに反転。
体重ごと叩きつけるようなスピンキックが決まる。
《スキル:風牙脚 発動》
バギャァン!!
ゴーレムの肩が大きく削れた。
土くれが飛び散り、足元にクラックが走る。
「まだだ、まだ繋がる……!」
頭が熱い。
でも、指先と感覚は冷静だった。
「→ ↓ ↓ → + P!」
拳に力を込め、溜める動作。
直感でわかる――これはフィニッシュだ!
《スキル:獄撃掌 発動》
「喰らええええええッ!!」
ドンッッ!!
拳がゴーレムの中心部を貫いた瞬間、地面が抉れるように爆散。
ヒットエフェクトが空間を揺らし、視界が閃光に包まれる。
ゴーレムは呻くこともなく、砕け散った。
《コンボ成功判定:3HIT → “連携成功ボーナス”発動》
《HYPEゲージ +32》
《観客AIコメント:『オオオオーーー!!』『初手差し返しからの三連撃ッ!?』》
《称号取得:『見えた一瞬、刻んだ三手』》
「……マジかよ……」
俺は、拳を見つめた。
確かに――この手で、“繋いだ”んだ。
現実の格ゲーじゃ、無数にやってきた。
だが、VRの中で。フルダイブの中で。格闘“ゲーム”じゃなく、格闘そのものとして繋いだコンボ。
「これが……エグファ。いや――」
「これが、“俺の新しい舞台”ってわけか」
初の連携成功。
たかがレベル1の雑魚戦。でも、この感覚は――あの闘いの熱と、同じだった。
ゴーレムの残骸が、ぼろぼろと土に還っていく。
俺は拳をゆっくりと下ろし、深く息を吐いた。
「……悪くねぇな。反応も、感覚も」
確かにVRは初めてだ。
でも、“読み合い”と“精密入力”は、指じゃなく魂に染み込んでる。
なら――試す価値はある。
「……案内人AI、ここでの目的地を教えてくれ」
《推奨ルート:西門を抜けた先、入門試練場。初級訓練NPCとスパーリングが可能です》
「いや、いらん。その道はスルーする」
《……想定外行動。ルート外れの進行は推奨されません》
「俺は“推奨”される動きじゃなく、“おもしろそう”な動きしかしねぇんだよ」
そう言って、俺はマップを開いた。
目指すのは、南東の山岳エリア――《咆哮の間》。
そこにいるという、βテスト時点で“格闘職殺し”と名高かったボス。
《ウルフキング》
レベル差圧倒的。
スキル未開放のまま、装備も初期のまま、しかも職業は最難関《拳聖》。
普通なら絶対に勝てない。
むしろ、たどり着く前に野良エンカウントで死ぬ。
でも――
「勝てるかどうか、じゃねぇんだよ」
「通じるかどうか。それを、確かめに行くだけだ」
俺は、拳を握り直す。
ステップひとつ踏み出すたびに、地面の質感が伝わる。
この“重さ”も、“風”も、“怖さ”すらも、格ゲーの画面越しにはなかった感覚。
でも、それがいい。
「やっと来たんだ……“理想の読み合い”ができる場所にさ」
フィールドの奥、山岳の影にそびえる黒き城砦。
その最深に、ウルフキングはいる。
牙を鳴らし、咆哮を溜めながら、侵入者を待っている。
「チュートリアル? そんなの、トレモで十分だ」
拳をぶらりと垂らし、肩をまわす。
準備運動は――もう、終わってる。
今度は本気で殴れる。
「行くぜ、ウルフキング」
「レベル1だろうが、ステータス0だろうが……“格闘ゲーマー”舐めんなよ」
俺は、笑った。
戦いの火蓋が、今――落ちる。