001,元プロ格ゲーマーVRを行く
ガード、ガード、差し返し、ガード、ガード、確反取って――
出始めを潰して、崩して、重ねて、咆哮待って、ラッシュして、はい、リーサル。
俺は独りとのようにそう呟き、拳を握る。
目の前の巨大な人型ボス、《ウルフキング》が、銀毛を揺らして吼えた。
この世界の洗礼。
通常なら初期村で雑魚狩りしてから挑むべき敵――だが、そんなフローに付き合う気はなかった。
「逃げなきゃいい――真正面から叩き潰す!」
踏み込む。
あえて相手の間合いへ。
ステップじゃない、回避じゃない、“前進”だ。
ウルフキングの眼光が鋭く光った瞬間、
こちらの“選択”を見誤ったとでも言うかのように、
奴の体勢が一瞬、揺らいだ。
《敵AI:状況読み違え発生 → 対応遅延フレーム発生中》
来た――スキが生まれた!
「迅雷拳ッ!!」
《→ ↓ ↘ + P》
拳が奴の顎を打ち上げる。
バシュンッ!!
空中に浮いたウルフキング。
「浮いたな……なら、繋げるぞ」
→ → + P(前ステ)
↓ + K(足払いフェイント)
↘ + P(追撃)
↗ + K(ジャンプ追撃)
《コンボ成功率:84% → スキル連携ボーナス発動》
《HYPEゲージ上昇中》
背後で、観戦AIギルドの歓声が走る。
《実況AI:「おおっと! 雷牙選手、ここで魂の空中拾いィィ!!」》
「まだだ、落とすな――」
《→ ↓ → + K》
「“雷脚穿破”!!」
一撃。
まるで雷が落ちたようなエフェクトが空中に走る。
ゴゴゴゴゴ……!!
ウルフキングの身体に亀裂が走る。
空中で硬直したまま、奴が呻く。
《敵HP:残り6%》
《リーサル可能圏内突入》
《ソウルバースト条件満たす》
雷牙は一瞬、静かに目を閉じた。
(あのときの……あの読み合いの感覚)
「思い出せ、“仕込み”のタイミングを……」
静かに、構える。
《↘ ↓ ↙ ← + P》
《↘ ↓ ↙ ← + K》
《→ + P》
《同時押し入力:L+R》
コンマ秒単位の正確な動作。
それは格ゲー全国大会の頂点で磨き上げた、“魂に刻んだ”流れ。
拳に、“気”が集まる。
《ソウルスキル《崩天覇断拳》発動条件達成》
《演出:演武モード移行中》
「これが……俺の、リーサルだッ!!」
拳が突き出された瞬間、視界が白く染まる。
空が割れたような演出。
大地が拳を中心に爆ぜるようなエフェクト。
直撃したウルフキングが、真上に打ち上げられ、
そして、雷光に貫かれながら地に叩きつけられた。
《ボスHP:0%》
《BATTLE CLEAR》
《プレイヤー“R・K”:初撃破ボーナス獲得》
静寂。
ウルフキングの巨体が、蒸気のように崩れていく。
残るのは、拳を前に出したまま、荒く息を吐く自分だけ。
「……通った、か」
手が震えていた。
汗もVRの外でびっしょりだった。
でも、この感覚こそが格ゲーだ。
“読み勝って”“通して”“倒す”。
魔法もスキルボタンもない。
だがそれでも、勝てる世界がここにはある。
《観戦AI実況:「これは……やばい、やばいぞ!! 開始30分の初心者プレイヤー、ソロでウルフキングを初撃破!!」》
《観戦AI解説:「しかもこの手数、格闘コマンド完全成功率94%……“入力の鬼”だ……!!」》
ログイン直後の俺に向けられる、観戦席からのスタンディングオベーション。
だが――雷牙はひとつ、静かに呟いた。
「……まだだ。まだ全然、動きが鈍い」
《SYSTEM:BOSS「ウルフキング」を撃破しました》
《あなたの入力精度・技術により「観客AI:超HYPE状態」へ移行しました》
《新たなスキルが開放されます:ソウルスキル《空間読解》取得》
《称号:「無謀なる新星」付与》
《限定アイテム:「獣王の牙」獲得》
「……やれるじゃん、俺」
レベル1。
VR初心者。
だが――この世界も、“読み合い”は通じる。
魔法もレベルもチートもいらねえ。
必要なのは、
――反射と、コマンドと、魂だけだ。
これは、格ゲー引退を決めた男の、第二の“ランクマ”の始まりだった。
遡ること数時間前。
俺は、VRMMORPG『EXODUS FANTASM』――通称“エグファ”にログインし、初回のキャラメイクを進めていた。
目の前には無数のジョブアイコン。
《魔導騎士》《聖印術師》《黒咒弓兵》……などなど、いかにもファンタジーなクラスたちが並んでいる。
「うわー、いかにもって感じのやつばっか……」
だが、そのとき俺の視線を釘付けにする職業がひとつ、あった。
《拳聖》
説明文は簡素で、たった一行。
《あらゆる武器を捨て、拳ひとつで挑む修羅の道。動体視力、反応、技術。すべてリアル依存。おすすめはしません。》
……逆に、燃える。
「拳……? まさか、格闘職?」
一応確認してみると、この《拳聖》、格闘ゲーム好きの開発者が“悪ノリで”ぶち込んだ特殊職らしい。
特定の“リアル入力”を成功させることで、強力なスキルが発動する。
つまりこうだ。
剣も魔法も使わず、敵の攻撃を見て“割り込み昇龍”したり、
スキル発動のために**→ ↓ ↘ + Pみたいなコマンドをリアルタイムで動きとして入力**しなきゃいけない。
VRで。
戦闘中に。
超精密に。
「バカかよ……って、やるしかないだろコレ……!」
そう。誰がどう見ても高難易度。
しかもこのゲーム、ガチでフルダイブ式。
現実の身体能力や反射神経がそのままパラメータに影響する仕様らしい。
――つまり、俺の“格ゲー経験”が、この世界では“武器”になるってことだ。
「OK、決めた。《拳聖》でいく。つーか、他の選択肢ねーわ」
そう呟いて、俺は《拳聖》を選択。
AIナビゲーターが“非推奨です”とか言ってたが、スルーした。
拳ひとつで、魔法の世界に挑む。
これが“俺”の物語のスタートライン。
――ログイン直後
《キャラクター作成完了。ログインを開始します。
ご武運を――拳聖・R・K。》
眩しい光に包まれて、俺の意識は一瞬ふっとんだ。
次に目を開けた時、そこは――まるでゲームの中とは思えない、“異世界”だった。
「……っ!」
息を呑む。
空は深く蒼く澄んでいて、浮遊大陸が遠くに見える。風の匂いがあって、肌には心地よい重みと熱。
草原の上、俺はひとり立っていた。
「マジかよ……本当に、世界に“入った”って感じだな……」
これが、フルダイブか。
『EXODUS FANTASM』。
噂には聞いてたが、ここまでリアルだとは思ってなかった。
けど、感動も束の間。
ナビゲーターAIが目の前に浮かび、「基本操作を始めましょう」とかなんとか言い出す。
――が。
「悪い、チュートリアルスキップで」
《確認:チュートリアルをスキップしますか? 初期アイテムがもらえなくなります》
「いらん。スキップだ」
――そして、その判断が数分後に地獄を呼ぶことになる。
――「操作、ムズすぎない!?」
「よし、とりあえず……ジャブ。軽く“屈弱P”のモーションから……っと、うおっ!?」
姿勢を低くしようとしたら、実際にしゃがんで転びそうになる。
しかも拳を前に出すにも、“格ゲーのあの感覚”で手を振ると、モーションラグがわずかに発生。
「え、モーションディレイ……0.3秒? オンライン格ゲーかよ」
動作に“入力受付タイミング”がある。
つまり、タイミングを外せば技がスカる。
さらに追い打ち。
「よし、じゃあコンボ確認。
→ ↓ ↘ + P――って、どうやんのこれ……?」
そう。
“コマンド入力”がマジでわからん。
「方向キーないから、体の動きで再現すんのか……? え、まさか実際に身体ひねって入力!? 格ゲーっていうか、体ゲーじゃん!」
手を突き出しながら重心をひねる。拳を上げる。
スキル《迅雷拳》が……出ない。
「あれ? 今の完璧だったろ!?
……って、違う! ↓の部分が浅かった!? 認識ガバいなコレ!」
ナビゲーターAIが遠巻きに言う。
《プレイヤー“R・K”の入力精度、現時点で22%。推奨操作レベル:地獄》
「やかましい!」
VRでコマンド入力なんて、考えたやつは天才か変態かどっちかだ。
いや、たぶん両方だ。
けど――
「……燃えるな、クソ。
ここまでシビアなら、逆に“読み合いと精度”が物を言う世界ってことだろ?」
この仕様、俺にはむしろ“ホーム”だ。
「やってやるよ。魔法も剣も知らねぇが……この拳は、どこでも通用するって証明してやる」