011,再開後の
午後の光が石畳をやわらかく照らす、商業エリア第六区。
露店の喧騒、流れるBGM、NPCの売り口上、そしてプレイヤーたちの談笑。
その雑多な日常の中を、二人のプレイヤーが並んで歩いていた。
「つーか……何してんだ、こんな街中でフル装備のまま」
「こっちのセリフよ、R・K。タンクトップのままじゃ浮くってば」
そう言いながらも、Sh1Nの名で知られる幻術導師は、歩調を合わせていた。
格闘家スタイルの雷牙が露店の肉串を買えば、それを一口もらい、
アクセサリ屋をのぞけば「これは命中補正より詠唱短縮ね」とつぶやく。
まるで旧友のような距離感。
けれど、これが不思議としっくりくる。
「……久しぶりの再会なのになんか自然だな」
「まあね。FPSから逃げてきて療養中なのよ。少しでも自然体で居たいの。リアルでも引退考えてたし」
「同じだな」
「……ふーん」
気まずさというより、どこか通じ合う空気が流れる。
ゲームの中でしか交わらない言葉。
けれど、そこには確かな温度がある。
「しかし、拳だけでウルフキング倒すって正気じゃないわよ、やっぱり。言っとくけど私じゃ絶対無理よ」
「でもお前なら……“読み合い”で合わせられる」
「へえ。相変わらず人使い荒いじゃん」
「その分、あとで飯おごるから」
「じゃあ高級宿のレストランで」
「財布死ぬだろ」
そんなやりとりを交わしながら、二人は《鍛冶屋通り》へと向かう。
道中、すれ違うプレイヤーたちがヒソヒソと囁いていた。
「ねえ、あれ……拳聖の人じゃない?」
「初討伐の……」
「隣の人、幻術導師のSh1Nじゃない? 前シーズンのPvPでランク入りしてたって噂の」
「え、あの二人パーティ組んでるの……!?」
AI観客だけじゃない。
プレイヤーコミュニティでも、じわじわと“名前”が広まり始めている。
けれど──当の本人たちは気にしない。
「……次、鍛冶屋で素材加工。それ終わったらトレモ寄るけど、来るか?」
「うん、付き合う。次のイベントまでには動き合わせておきたいしね」
それは、拳と幻の“再起動”。
地味で、だけど確実に手応えのある、最初の一歩だった。
カン……カン……。
金属を叩く音が、空気を熱と共に震わせる。
鼻をくすぐる油と鉄の匂いが、妙に心を落ち着ける。
「おお、アンタか。ウルフキングの牙、ホンモノ持ってくるとはな」
渋い声で笑ったのは、NPC鍛冶師。
無骨な体躯と灰色の顎髭が、まさに“鍛冶職人”という風格を醸している。
「手甲を鍛え直してほしい。これに──この《獣王の牙》を融合してくれ」
「ふむ。なるほどな。牙は良質の魔獣骨。それも魔力を蓄えた部位……生半可な焼き入れじゃ砕けちまう」
ガラドは器用に牙を回しながら、鋭い視線で素材の状態を確認していた。
「やれるのか?」
「ふん。誰にモノ言ってんだ。……おい、新しい鋼材持ってこい! リベットはミスリル混合で補強、炉の温度は1,800で維持しろ!」
助手NPCが慌ただしく動き始め、作業が始まる。
炉がうなりを上げ、真紅の炎が牙を包む。
続いて、俺が今使っている拳用手甲──《スタンダード・ナックル》が分解され、土台として整えられていく。
「さあ、目ぇ見開いて見とけ。これは“魂を通す”作業だ」
溶かした牙の先端を叩き込み、幾度も火花が散る。
ガラドの腕が振られるたび、工房全体に心臓の鼓動のような音が響いた。
最終工程、蒸気と魔法の圧力による急冷が終わると、
彼はガントレットのような手甲を俺の前にそっと差し出した。
「《牙咬の鉄拳》──ウルフの執念と、アンタの拳が共鳴した逸品だ」
見た目は漆黒の金属に、銀の縁取り。
そして、ナックルの節には鋭く研がれた牙の欠片が埋め込まれていた。
──《SYSTEM:装備強化完了》
《牙咬の鉄拳》
・攻撃力+45
・追加効果:一定確率で「裂傷(ダメージ継続)」付与
・連続命中時、「HYPEゲージ」上昇速度ボーナス
・装備者にスキル《獣の直感》を付与(近距離回避性能向上)
「……これは、いいモノだ」
俺はその拳をゆっくりと握ってみた。
拳に重みはあるが、動きは滑らか。
そして、拳の奥からゾワリと“獣の気配”が伝わってくる。
「ありがとう、ガラド」
「礼なんぞいらん。だが──この拳がどんな戦場を駆けるかは、しっかり報告しに来いよ」
「……ああ、必ず」