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009.トレモこもる

「……よし、今日の相手はこいつだな」


眼前に立つのは、見た目だけは人間そっくりだが、反応も遅く攻撃も単調な訓練用モンスター《アイアン・スパー》。

攻撃力ゼロ、防御力だけは異常に高く設定された、いわゆる“耐久試験用ダミー”。


だが──格ゲーマーにとっては、

これはまさしく“トレモ(トレーニングモード)”の化身だ。


「いくぞ……ラウンド、ファイト」


構えを取り、右足を軸に滑り出す。最速のジャブから、ボディ、ロー、アッパーへ。手首と肘の角度、重心移動の滑らかさ、そして──VR補正された視界の動き。


「……うん、キャンセルタイミングはこっちで感触良し」


続けて、派生技《牙衝掌》を繋ぎ、手甲に装備した《獣王の牙》から火花が散る。

モンスターは動じない。ただ硬いだけだ。だが、それがいい。


「ここからの下段狙い、たぶん2F前後……」


コンボルート《正拳 → 踏み込み膝 → 咆牙撃(弱)》を試す。

拳が地を裂く音が鳴り、衝撃波がモンスターの胸板を抉るも──HPはほぼ動かない。むしろ、それが最高だ。


「くぅ~~!まさにトレモくん……こういうやつが欲しかった!」


雷牙は汗をぬぐい、VR空間で微笑む。

かつて格ゲー筐体の前で、一日中コンボ確認していた“あの時間”が、今ここで甦る。


「さて……次は起き攻めと、HYPEゲージの回収パターンを調べるか」


モンスターがよろけるモーションにあわせて距離を詰め、雷牙はもう一度《羅刹入力》を開始する。

――この世界は、拳で技術を試す場所。そう思えば、こんな練習すら愛おしい。


「頼むぞ、無口で頑丈な練習台さん。……お前がいなきゃ、俺は強くなれねえ」


こうして、拳聖の修行は続く。


そして次の日も


訓練用施設《第三層:演武試練場》。

無音の広場。

無反応の訓練モンスター《アイアン・スパー》が一体、静止している。


「……開始」


雷牙は一言だけ呟き、右足を一歩踏み出す。

肘を絞り、拳を腹の位置へ。呼吸は一定。


《正拳突き》。

ヒット確認。反応なし。反動確認。異常なし。


《前進ステップ → ジャンプ膝蹴り》。

入力タイミング0.25秒。モーション崩れなし。着地ブレ2cm未満。


「……」


次。

《連撃構成:肘 → 膝 → 掌打 → 後ろ回転蹴り》。

移動距離、角度、スタミナ消費チェック。


「……ステップ中の右入力で若干ブレるな」


言いながら、モンスターの胸部に手を当て、質感チェック。硬い。鈍い。よし。


牙衝掌がしょうしょう》──獣王の牙が薄く発光する。


モーション速度、開始フレーム、硬直確認。

次、ガード判定の出るモンスターに切り替え。


「投げ抜け不能。確認」


《フェイント → 投げ → 追撃入力開始》。

投げ後の起き上がりフレームをカウント。スタン時間4秒未満。


《ダッシュ → 回転肘打ち → 直進膝》

→《止め》は入力せず、停止。硬直時間テスト。


「……この技、予備動作が0.1秒重い。起き攻め不適」


中断。技入れ替え。


こうして雷牙は、

表情一つ変えず、黙々と拳を振り続ける。

まるで、格闘という名のシステムにバグがないか確かめている開発者のように。


技表を脳内でめくりながら、次の一手を試し、また止める。


「……データ取れた。終了」


一歩引いて構えを解く。

モンスターは微動だにしない。雷牙もまた、静かに息を吐いた。


訓練完了。感情も余計な意図も、何もない。

あるのはただ、次の戦いに備える“準備”としての動作確認。それだけだった。




「……なに、あの人」


訓練場の片隅にいた初心者らしき魔術師プレイヤーが、ぽつりと呟いた。

視線の先には、ひとりの男──黒髪に金の手甲を装着したプレイヤーが、訓練用モンスターに向かって、無言で拳を振り続けている。


コンボ、回避、投げ、フェイント──その一つ一つが、妙に滑らかで、鋭い。だが一切“魅せる”気配がない。無音、無表情、無駄のないモーション。


「……いや、あれ、普通の練習じゃないでしょ。あんな無表情で4時間くらいやってるよ、あの人」


「まさかBOT?」


「いや、観客AIが反応してるし、入力精度ゲージもチカチカしてる。人間だ。たぶん……ガチの人だ」


その場にいた他のプレイヤーたちも、次第に気づきはじめていた。


スキルエフェクトは一切使わない。


魔法も装備も派手さゼロ。


ただ、ひたすらコマンド入力だけで敵を崩し、リカバリタイミングや追撃猶予まで確認している。


まるで格闘ゲームの“トレモ”をそのままVRに持ち込んだような光景だった。


「てかあの手の動き……明らかに“格ゲーやってた手”じゃね?」


「うわ、懐かしい。波動の時の親指、あれ格ゲー手癖だ」


「なんか……怖いな。真剣に練習してる人間って、迫力ある」


「しかもあの人、《拳聖》じゃん。変態職だぞあれ。選ぶ時点でヤバいの確定」


そんな声が、場のあちこちで囁かれる。


だが雷牙は、それらの視線にも一切反応せず、次の技に移っていた。


《正拳 → 下段 → 咆牙撃 → フェイント → 投げ → HYPE回収》


モンスターが微かにのけぞる。観客AIが拍手のエフェクトを散らす。

雷牙は目を細め、つぶやいた。


「悪くない。あと1フレ早めてみるか」


──その横顔には、勝ち気な笑みも、高揚もない。

ただ、勝利のための“確認作業”を繰り返す者の、無機質な集中があるのみだった。


「……あの人、たぶん……いずれ化ける」


誰かがぽつりとそう漏らした言葉は、まるで未来の予言のように、空気の中に静かに沈んだ。



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