仲間に裏切られた女僧侶は報復する
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黒々としている岩で作れらた空間。
壁には光を放つ石がいくつも埋め込まれており、明かりを必要としない。
安全圏であるその場所ではあるが、しかしそこから一歩外に出るとモンスターで溢れかえっている。
そんないるだけで恐怖心が湧いてくるダンジョン内、安全圏には四人の冒険者がおり、その中に女性が一人いた。
「アイリス。悪いが君は犠牲になってもらう」
「……え?」
アイリス――
青色のショートカットで、大きな銀色の瞳。
背は低いが健康的なスタイル。
僧侶の恰好をしており、可愛らしい容姿の持ち主だ。
そんなアイリスは、仲間である三人を唖然として見ている。
一人は金髪の勇者、ギル。
一人は赤髪の戦士、ケルガ。
一人は白髪の魔術師、マークス。
男性冒険者たちは、対峙するようにアイリスの前に立つ。
アイリスは勇者ギルから犠牲を言い渡されていたのだが……その言葉は耳に届いていたが、彼女は理解することが出来ないでいる。
(犠牲……どういうこと?)
困惑するアイリスは何も言えないまま、ギルの言葉の続きを聞くことに。
「そういうことだから、すまないな」
「使い物にならない雑魚は、せめて俺達が逃げるための足止めをしろってことだ」
「そう言わないであげてください、ケルガ。この子はあまり頭が良くないんだ」
クツクツ笑うマークス。
ケルガも醜悪な笑みを浮かべ、アイリスを見据えていた。
「俺たちはモンスターに取り囲まれている。だから逃げるためには手段が必要だ」
「魚釣りってあるだろ。あれに重要なのは餌。餌で魚を釣るんだよ」
「あなたにはその餌になってもらいます。私たちが生き残るためにね」
三人の話を聞き、自分は見殺しにされるんだとようやく悟るアイリス。
逃げようと考えるも、だが彼らが言うように自分たちはモンスターに取り囲まれている状態で、どうしようもない。
餌にされたとしても仕方ないのかと、早々に諦めようとしてしまう。
しかしほんのわずかない希望に縋る。
「皆で生き延びれる方法を考えようよ」
「だから、皆……俺たち三人が生き残れる方法を提案しているじゃないか」
「本当に馬鹿なんですね、あなたは」
「ってことで早速頼むわ」
「お願い……止めて!」
叫ぶアイリス。
だがニヤニヤしてながらケルガは、そんなアイリスの体を抱きかかえる。
「行くぜ」
「お願い、下ろして!」
アイリスを無視し、作戦を決行しようとする三人。
マークスはアイリスに杖を突き出し、何やら魔術を発動させた。
「モンスターのヘイトを集める魔術、付与しましたよ」
「よっしゃ。後はこいつをモンスターの中に放り込むだけだな!」
安全圏から飛び出し、ケルガは大量にいるモンスターに向かってアイリスを投げ込む。
彼女の体はモンスターがいない場所に落ち、瞬時にモンスターたちに取り囲まれてしまう。
「助けて! 助けて!!」
「他の冒険者たちには上手いこと言っておくぜ!」
「俺たちのために散ったと、涙を誘う感動話として伝えておくよ!」
「では、そういうことで」
アイリスを放置し、全速力で逃げて行く三人。
絶望し、近づいてくるモンスターに怯えるしかできず、アイリスはとうとう泣き出してしまう。
「なんで……なんで私がこんな目に……」
彼女は僧侶。
攻撃手段を持ち合わせておらず、『死』を受け入れるしか無かった。
「グゥウウウウウウウウウ」
モンスターの唸り声に怯え、体を震わせ、恐怖に涙する。
どう考えても生き残ることはできない。
何故自分はこんなにも無力なのか。
アイリスは自身の力の無さを呪った。
「グワァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
モンスターが一斉に飛びかかって来る。
アイリスは目を閉じ、自分の運命を受け入れようとしていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「!?」
だが、彼女の耳に届くのはモンスターたちの絶叫。
瞳を開き、その光景を確認すると――青年がモンスターの大軍を蹴散らしていた。
「大丈夫か?」
「あ、あなたは……?」
「通りすがりのお人好し――困ってる君を放っておけなかった!」
そう言うのは黒髪の青年で、冒険者らしい恰好をしている。
動きやすい服の上から軽鎧を纏い、ロングソードを駆使してモンスターを切り刻んでいく。
その様子にアイリスはさらに涙が止まらなくなっていた。
絶望にではない、生き残れるという希望にだ。
黒髪の青年はモンスターの大軍を全滅させ、フッと短く息を吐き出してアイリスに近づいて来る。
「もう大丈夫だ。安心してくれ」
「あ、ありがとう……ありがとう!」
男に抱き着くアイリス。
彼女の柔らかさに、男は頬を染めた。
「あ、えっと……俺はフィン。フィン・スターロード」
「フィン……私はアイリス・ガルランド。助けてくれて本当にありがとう」
フィンの笑みにアイリスは心から安堵する。
アイリスの笑みに、フィンはときめきを覚えていた。
二人が抱き合ったまま、少しの時間が経過する。
ようやく離れるフィンとアイリス、二人の耳は赤く染まっていた。
「どうしてこんなところに?」
「仲間に裏切られたの……私を餌にして逃げたんだ」
「君を……なんでそんなことを」
「私が何も出来ないから見捨てられた……それはしょうがないことなのかも知れないけど、でも許せない」
ようやく三人に対して怒りが湧いてくるアイリス。
フィンはそんなアイリスに共感し、憤慨する。
「許せないよな! 聞いてるだけで腹が立ってくる」
「あはは……でも生きてるって知ったら、ビックリするだろうな」
アイリスが意地悪そうに笑うと、フィンはニヤリと口角を上げた。
「じゃあ、さらに驚かせてやろうか」
「驚かせるって……どうやって?」
「何も出来ないから見捨てられた。そんなアイリスが強くなって戻ってきたら……どう思うだろうな」
「私が強くなるって、そんなの無理だよ。私は【ギフト】が無いから……少し回復さえるぐらいしか能が無いんだ」
「能が無いなら能を付ければいい。それだけの話さ」
フィンが堂々とそう言い、アイリスはキョトンとする。
そんなことができたら最初から苦労しない。
でも何故、こんなにも自信があるのかとアイリスは不思議に感じていた。
「強くなるのが無理だと思ってるんだろ。でも俺の【ギフト】、【親愛なる天使】があれば、それが可能なのさ」
「【親愛なる天使】……?」
「ああ。【親愛なる天使】は自身の隠された能力を解放してくれる効果がある。そしてそれは――」
アイリスに触れるフィン。
彼の手からは、眩いほどに輝く光が宿っている。
「触れる対象の能力を解放することができる。短い時間しかできないけれど、この状態で戦えば、想像を超える速度で成長することも可能だ」
「これは……」
光はアイリスに移り、彼女の全身を輝かせる。
自分の両手を見下ろすアイリス。
自身の中から漲る力に、茫然とする。
「この程度のモンスターたちを倒せない連中ぐらいなら、あっという間に追い抜くことが出来る。特訓するなら付き合ってあげるけど……どうする?」
「……お願いします!」
「よし。じゃあその辺のモンスターを狩るとするか」
◇◇◇◇◇◇◇
「嘘だろ……じゃあアイリスは」
「ああ。残念だけど……」
「俺たちを逃がすため、犠牲になりやがったんだよ」
「無茶をする人です。でもあの人のおかげで私たちは助かりました」
夜の酒場で冒険者たちと会話をしているギルたち。
アイリスが自分たちのために散ったという美談を作り、皆に聞かせていたところだ。
そこにいる誰もがその話を信じ、そしてアイリスを失ったことに悲しむ。
「良い子だったのにな……」
「ああ。怪我していたら、よく治してくれたよな」
「俺、アイイスのこと好きだったのによ。なんで逝っちまうかな」
悲しみに暮れる冒険者たちを見て俯くギル。
彼は肩を震わせ、誰もが泣いていると勘違いしていた。
(ぷぷぷ、バーカ。嘘に決まってるだろ。アイリスは餌になって死んだの。俺たちの犠牲になったんだよ)
冒険者たちを心の中で見下し、そして笑うギル。
ケルガとマークスもそれは同じで、肩を震わせて笑っていた。
「アイリスは俺たちのために死んでしまった……これからは彼女の意志を継いで、困っている人たちを助けることをここに誓う」
「立派な男だな、ギルは」
「よし。湿っぽいのはもう止めよう。どれだけ悲しんでもアイリスは戻ってこない。アイリスに乾杯だ」
「「「乾杯!」」」
しみじみと酒を飲む冒険者たち。
アイリスはただ死んだだけではなく、自分たちが注目されるための材料ともなってくれた。
そのことにギルは歓喜していた。
だが、彼らの前に信じられない人物が現れる。
「私の死を悼んで乾杯してもらっているみたいだけど……必要無いよ」
「へっ?」
素っ頓狂な声を出すギル。
近づいて来る女性の方に、ギルたちは視線を向ける。
冒険者たちも同じ人物を見て、目を丸くしていた。
「ア……アイリス!?」
そう、酒場に現れたのはアイリス。
その後ろにはフィンがおり、彼は腕を組み無表情でギルたちを見据えている。
「え、お前……死んだって聞いたぞ?」
「生きてたのか……そうか、生きてたんだな!」
喜びを爆発させる冒険者たち。
そして彼らとは逆に、顔を真っ青にしているギル一行。
「お、お前……何で?」
「何で生きてたかって? 通りすがりのお人好しが助けてくれたのよ」
「嘘だろ……死んだはずだろ、てめえは」
「おい、何でそんな顔してるんだよ。生きてたこと喜んでやれよ」
様子のおかしいギルたちに、冒険者は怪訝な視線を向ける。
ギルは焦り、冷や汗をかきながら言い訳を考えていた。
「あ、あはは……いやー、良かった良かった。俺たちのために特攻したから、てっきり死んだと思っていたよ」
「お前の勇姿を話してたところなんだぜ」
「私たちはあなたに救われた……そうですよね?」
余計なことは喋るな!
ギルたちの目がそう語っている。
だがアイリスはそんな彼らを気遣うことなく、冷たい声で言い放つ。
「私は餌なんだよね。モンスターを釣るための」
「え、どういうことだ……? ギルたちのために戦ったって聞いてぞ」
「まさか。私をモンスターの大群に放り込んで、ギルたちは逃げたんだよ」
一瞬の静けさが訪れ――爆発するように声を荒げる男たち。
「どういうことだよ! 逃げたって……全然話がちがうじゃねえか!」
「アイリスを大群に放り込んだって、外道かお前ら!」
「ち、違うんだ! 誤解だ……彼女が嘘をついているんだよ!」
大慌てした三人は席を立ちあがり、アイリスの方に近づいていく。
そしてケルガが、目を釣り上がて彼女に迫る。
「おい、嘘だって言え。じゃねえとぶっ殺すからな。雑魚のお前なんて――」
ドゴン!!
まるで大砲の音を至近距離で聞いたような轟音。
直後、ケルガの頭が天井に突き刺さった。
「……え?」
「な、何が起きたんですか……?」
ギルとマークスは唖然とする。
二人がアイリスの方を見ると――彼女の拳から煙が上がっていた。
ケルガが天井に刺さったのは、アイリスのアッパーが炸裂したからだ。
それを目視していたフィンは笑いながら言う。
「アイリスがやったんだよ。腕力自慢の彼だったようだけど、今はアイリスの方がずっと強いってわけだ」
「う、嘘だ……アイリスが強いわけがない。【ギフト】が無く、少々の回復しか能の無い女……それが貴様のはずだ!」
周囲からの怒り、そしてケルガがやられたことにパニックになったのか、ギルがアイリスに掴みかかろうとする。
だがアイリスはその動きを冷静に観察し、接近するギルの顔面に拳を叩きこむ。
「ぶふっ!!」
「ごめんだけど、裏切られたこと許せないんだ」
次にアイリスは強烈な蹴りを放ち、ギルの体は吹き飛ばされ、酒場の壁を突き破って外まで放り出される。
「きゃあああああああああああ!!」
「人が飛んで来たぞ!」
大騒ぎとなる店外。
これまで弱かったはずのアイリスを見て、他の冒険者たちは目を丸くしている。
マーカスはやられた仲間の姿を見て、青い顔でガタガタと震えていた。
「す、すまなかった! 私はやめておいた方がいいと言ったんですよ! 本当です! でもギルとケルガが――ぎゃぁああああああああああああああああああああああ!!」
言いわけを聞く前に、アイリスはマーカスの下腹部に膝を入れる。
悶絶し、ジタバタもがくマーカス。
そして最後に彼の顔面を蹴り飛ばし、ギルと同じように店外までぶっ飛ばした。
「うおおおおおおおおお!! アイリス、強くなってるじゃねえか!」
「よくぶっ飛ばした! あんなクソみたいなやつらはやられて当然だよな!」
「自分たちの都合のいい風に嘘つきやがって。ざまぁねえぜ!」
店中が大騒ぎし、まるでパレードのようだ。
アイリスは胸の中にある不満が吹き飛び、皆に笑顔を向ける。
「お騒がせしました」
「いいんだよ。俺らは騒ぐのが大好きだからな!」
フィンの方を見るアイリス。
彼はアイリスに向かって親指を立てる。
「やったな」
「やったね」
笑い合う二人。
そしてこの後、フィンとアイリスは冒険者仲間たちと一晩中飲み明かすのであった。
天井にケルガが突き刺さったまま。
ギルとマーカスも外に放置されていたままであった。
この日以降、三人は信頼を失い、肩身の狭い生活を送るのは語る必要も無いだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
フィンとの出会いはアイリスを変えた。
無能の僧侶は近い将来、最強の一角『バトルヒーラー』と呼ばれるほどの戦果を上げることとなる。
そしてそんな彼女の傍らには、いつも黒髪の青年の姿があった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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