【第2話・後編】武と胃袋
「料理?」
一瞬、場の空気が凍った。
イーシャは信じがたいものを見る目で稔を睨む。その背後では、二人の副官がくすりと笑いかけて、すぐに表情を引き締める。
「貴様……料理人だというのか?」
「はい。一応、料理一筋、二十五年やってきました」
「軍神〈ビシャ〉の加護を持つ者が、“料理人”? 冗談だろう」
「……そう思いますか?」
稔は、自分の腰に差していた包丁に手をかける。
異世界に転生したとき、なぜか身につけていた一本の出刃包丁――
刀身は深く青く光り、手にしっくりと馴染む。
「ですが、戦う者にとって、飯は……命です。
満足に食えなきゃ、どんな武器も握れませんよ」
イーシャの目が、少しだけ細まった。
稔は、衛兵詰所の厨房へと案内された。と言っても、石造りの部屋に、使い古された鉄鍋と薪炉がひとつ。保存食が中心の兵食は、塩蔵肉と干しパン、干し野菜ばかり。
調味料と呼べるのは岩塩と、酸っぱい酢のようなものだけだった。
それでも、彼は慣れた手つきで火をおこし、手早く調理に取りかかる。包丁が素材を刻む音が、かつん、かつんと厨房に響く。
「……動きが、迷いないな」
副官がぽつりと漏らす。その背後で、兵士たちがじっとその様子を見つめている。
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やがてできあがったのは、刻んだ根菜と塩漬け肉を煮込んだスープ、それに干しパンを炒って香ばしさを加えた“即席の温かい炒めごはん”。
決して豪勢ではない。だが、香りが違った。塩だけとは思えない奥行きのある香り。湯気の中に、兵士たちの目が少しずつ輝きを取り戻していく。
ひとりが、恐る恐るスプーンを手にした。一口、口に運ぶ。……噛み、飲み、しばらく黙ったあと――
「……う、うまい……」
「なんだこれ、体にしみる……!」
あちこちから、ほっとした声と、笑い声。イーシャは黙って皿を受け取り、ゆっくりと口にする。そして一口、二口、三口……と無言で食べ進め、最後に短く言った。
「……認めよう。これは、武よりも強い“力”かもしれん」
その日から、稔は一時的に詰所の“食事担当”として雇われることになった。料理で命が救われた――という話は、兵士たちの間で広まり始める。
「ミノルさんの飯、また食べられるんですか?」
「昨日から調子がいいっすよ、腹の具合も」
稔は、どこか照れたように笑いながら、鍋の蓋を開ける。
「戦う者の腹は、いい道具なんですよ。手入れしとかなきゃ、壊れますから」
イーシャはそれを、廊下の陰から見ていた。
「戦う者に、飯を。か……」
彼女は、毘沙門天の加護札を見つめる。
「おぬしが送ったのは、戦士じゃなく――
戦を支える者、だったということか」
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夜。かめが、詰所の隅で静かに目を閉じていた。
甲羅の模様が、ほんのりと黄金に輝いている。
七福神のひと柱――毘沙門天。
その“福”は、今日たしかにこの街に届いた。