表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

【1】冴えない人生と、休日の“福”めぐり

 はやし みのる、五十歳。

 都内のホテルレストランで二十五年、料理一筋の人生を送ってきた。職位は「チーフ」。だが、それも肩書きだけのものだった。


 若手は「映える」料理ばかり作りたがり、調理場にスマホを持ち込む。季節の素材、火加減、出汁の取り方――そういったことに心を砕いてきた稔のこだわりは、時代遅れと笑われることもあった。

 自分の価値は、もうこの世界に通用しないのかもしれない。そんな空気を肌で感じながら、心のどこかで「それでも」と思っていた。


 稔には趣味というものがなかった。料理は仕事で、読書も酒も“自分のため”に楽しむ習慣はなかった。

 そんな単調なある日、帰り道によった駅ビルでふと目に入った観光案内が、彼の目を引いた。


「七福神をめぐれば、七つの福に恵まれる――」


 都内の下町に点在する七つの寺社をめぐる、昔ながらのイベント。休日の時間を埋めたかったこともあり、なんとなくリーフレットを持ち帰った。


「福なんて、俺の人生にあったことあったかね……」


 次の日曜日から、稔はひとりで七福神めぐりを始めた。寺社の佇まい、墨書きの御朱印、古木の香り――静かな時間が、思った以上に心にしみた。




 その数週後、稔は社内プレゼンで、新しいコース料理を提案した。旬の根菜を使った出汁ベースの前菜、和と仏のエッセンスを掛け合わせたスープ、しっかり焼き目を入れた鴨のロースト――だが結果は、あっさりと「ポシャった」。


「味が地味」「映えない」「手がかかりすぎる」

 

 若い同僚たちはにこやかに、けれど冷ややかに言った。料理長も苦笑いを浮かべ、プレゼンは何事もなかったように終わった。


 稔はその夜、駅のホームでひとり立ち尽くした。力は出し切った。それでも、評価されなかった。

 俺のこだわりは、もう時代遅れなのかもしれない。なのにあきらめきれない自分がみじめだった。


 その週末、稔は最後の一社――七社目の神社を訪れることにした。池のそばにある、静かな社だった。観光客もおらず、境内にはしんと風が吹いている。

 池には、ぽつりと一匹、かめがいた。苔むした甲羅が陽に照らされ、きらきらと光っている。稔はその前に立ち、そっとつぶやいた。


「なあ、俺の人生、間違ってなかったと思うか?」


 かめは、まぶたを一度だけ、ゆっくりと閉じた。

 その瞬間、足元の石畳がふわりと揺れ、世界が静かに傾いた。




 ――ざざぁぁん。


 耳に届いたのは、潮騒のような音。稔が目を開けると、見慣れぬ景色が広がっていた。

 足元は草地。遠くには森と小高い丘。道も、建物も、人影もない。だが空は青く、風はやわらかく、胸の奥にどこか懐かしさを感じる場所だった。


「ここは……どこだ?」


 足元にはあのかめがいた。ゆっくりと、稔の足元をすり抜けるように進み、丘の向こうを指すように首を動かす。


「……ついて来いってか」


 稔は、自分の手のひらを見た。包丁を握ってきた手。評価も、拍手も要らない。けれど、もう一度、料理で誰かの心を満たしたい。

 そう思えたとき、自然と足が動き出していた。




 異世界に転移した林 稔は、見知らぬ世界で、これから自らの手で、“七福庵”を築き上げることになる。


 まずはこの道の先――最初の街で、出会いが待っている。


 ひとりと一匹。料理と誇りの旅の、はじまりだった。

少しでも続きが気になる!と思った方は下部の☆を押していただけると励みになります!

感想や誤字脱字のご指摘も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
え、めっちゃ続き気になる! でも料理うまいんだったら私にも作って!って感じだよ。 でも異世界に来たってこと? ちょっと不安!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ