Forget Her Not
遠く近く鳴るサイレンが、頭の骨を揺さぶって叩く。音が高くなって脳が揺れ、低くなって耳鳴りがする。
走った。
空がみんな白かった。
走った。
道がみんな黒かった。
走った。体の中で、赤い肉が悲鳴をあげた。
真っ黒な人垣を掻き分けて見えた、その場所だけに色があった。
赤褐色の涙が滴る、暗赤色のアスファルト。うずくまる朱殷色のワンピース、鮮紅の湖。
――どしゃん。
頭の中で音がする。王冠みたいに、赤いしぶきが立ち上がって解ける。
真夜中の小さな町には誰もいない。誰もいない中彼女は飛んだ。時間は彼女だけのために流れ、星は彼女だけを照らした。
――ああ。
なんで朝が来るんだろう。なんで朝は白いんだろう。なんで、朝だけ。
何もなかったみたいに平和を気どって、爽やかに風を吹いて飛ばすんだろう。
あの子に手向けられたものすべて、塗りつぶされてしまった。
赤いものたちが私を見つめる。私を見つめて、呪いをかける。
「生きていたよ」「生きていたよ」「生きていたよ」「生きていたよ」……
――うん、知ってる。
――知ってるよ。
髪を長く伸ばしてたこと。赤い縁の眼鏡、してたこと。レースの靴下履いてたこと。
私あの子を何も知らない。何が好きで何が嫌いで、どんな時に笑うのか。なんにも知らない。
話せば良かった。ちょっとでも、話しかければ違ったかも知れない。変えようとしなかったくせに泣く資格ない。
下駄箱で会ったら声かけようと思って、呑気に顔と名前だけ覚えた。来月くらいには話せたらいいなんて、私だけ、呆れるくらい平和に。肩を叩けるうちに話しかけたら、そしたら何か届いた?変わった?
なんて、夢見すぎだね。あれだけ泣いてくれる友達でさえ、誰もあの子を止められなかった。
私は、止めなかった。居場所のひとつにもならなかった。
ひとの決意に気付くのすら怖い、どうしようもない意気地なし。
Forget Her Not、これは私への鎮魂歌。
Forget Me Not、これはあの子への鎮魂歌。
クラスメイトBから主人公へ、なんの意味もない哀悼のうた。
お願いだ、鎮まれ魂。せめて安らかに、眠ってください。
前作forget me not の視点違いです。
こんな意気地なしにも泣かせてください。