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間話 ミーシェ=フェイについて その二

 

 前世の記憶は曖昧だった。

 ファンタジーバトルフロンティア、『FBF』についても前世でプレイしていた気もするが、詳細はぼやけたように思い出せない。


 ただし、これだけは断言できる。

 ミーシェ=フェイ。転生したそのキャラはストーリー上において勇者になった主人公リル=スカイリリスによって倒される中ボス的立ち位置である。しかもボスの中でぶっちぎりで最弱なのだ!!


 つまり流れに身を任せていれば普通に殺される。

 死の運命を跳ね除けるには何らかの対策を講じる必要があるのだ。



 そんなわけで特訓だった。

 とにかく強くなって逆にリルを返り討ちにすれば生き残れるのだから。



 ……ぶっちゃけストーリーの詳細が思い出せない今この段階で死亡フラグをへし折る最適な行動とかわかるわけもない。が、力があればある分だけ選択肢は増える。つまり力こそ正義なのだ!!


 問題があるとすれば、


『あっ、ミーシェ。あーそーぼー!』


 リル=スカイリリス。

 未来においてミーシェを殺す主人公サマがにこやかにまとわりついてくることだろうか。


 共に六歳。

 生まれ育ったこの小さな村で年齢が近くて同性の相手が少ないのもあってか向こうから毎日のように会いにきている。


 ミーシェは数年前に記憶喪失の状態で拾われた(その後、前世の記憶を思い出したので昔どころか未来の『知識』さえも知ることになったが)。今は村長の家にお世話になっている。


 こんな小さな村では少し歩き回れば目的の人物を探すのは簡単なわけで、向こうから迫ってきたら逃げられない。


 つまり自分を殺す天敵にエンカウントする毎日なのだ!!


『私は特訓で忙しいから、遊ぶなら他の人と遊ぶといい』


『だったらあたしもとっくんするっ!』


『へ?』


 そんなこんなでリルも魔法やら『気』の特訓にひっついてきた。主人公、いずれは勇者として世界を救うリル=スカイリリスの才能は本物だ。


 原作ゲームではストーリーが始まる十四歳から一年も経たずに世界を救うわけで、つまりそれだけ短期間で飛躍的に強くなる素養が備わっているということだ(もちろん『四つの災厄』など強敵との戦闘があったからこそであり、普通に鍛錬するだけではそこまで短期間での成長はないにしても)。


 何はともあれ、ミーシェの手で天敵を超強化する羽目になった。ほんの数ヶ月でリルはそこらの兵士顔負けの力を手に入れていたのだ。


 ミーシェ?

 普通にダメダメだった。


 身体強化もちょっと重たいモノが持てるくらいだし、魔法なんて朱色、つまりは自身の魔力の属性たる炎の形に変換することすらできないから仕方なく魔力の形で放出することでちっこい石ころを砕くのが精一杯だった。


 こんなはずじゃなかった。

 死の運命を回避するとりあえずの対策として主人公に殺されないほど強くなるつもりが力の差が馬鹿みたいに広がってしまっていた。


『ミーシェっ。今日もとっくんするの? ようし、がんばっていこう!!』


『あーうん。そうだね……今日はいいかな』


『そう?』


 隠れて一人で訓練するにもいつも後ろについてくるからそれもできず、やればやるだけ力の差が広がって殺し合いになったら勝ち目がなくなるとはなんたる皮肉か。


 前世でも今世でも特別になんてなれなかった。

 やはり本物は違う。


 せめてこれ以上リルが強くならないよう言葉巧みに誘導したほうがいいのでは? 凡人でも天才の足を引っ張るくらいはできるかもしれない。


『ん? な、なに、そんなにじっとみて、てれるってば』


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 前世の記憶、『知識』がまだぼんやりとしか思い出せないので『FBF』のストーリーも穴が抜けたような有様だが、中々に規模が大きな話ではあった気がする。


 世界滅亡、なんてものがバッドエンドとして突きつけられてもおかしくないほどに。


 ゲームのようにやり直しはできない。

 死んだらそれまで。


『やっぱり特訓しようかな。リルも付き合ってくれる?』


『もちろんっ。ミーシェといっしょならなんでも楽しいもん!!』


 流石に世界の命運を左右するとなれば事前準備はしておくに越したことはない。


 ストーリーの通りに進めばとりあえず世界は救えるかもしれないが、何が起こるかわからないのだからストーリーの中心人物であるリルを鍛えておいて損はない。どうせ今の時点で力の差は広がりまくっているのだ、ミーシェが実力でリルに勝つのは無理と諦めるべきだろう。


 リルが世界を救えずにバッドエンドで全人類の一人としてミーシェもまとめて殺される未来を回避するためにできることはしておこう。


 こうして自分に懐いてくれている女の子が少しでも楽にストーリーをクリアしてくれるように。


 天敵だろうが何だろうが、こうして毎日のように一緒にいれば情も湧く。というかリル自身はいずれ世界を救う主人公というだけあって悪いところなんてどこにもない真っ直ぐで明るい女の子なのだ。



 もしも未来においてミーシェ=フェイを殺すなんてストーリーさえなければ何の憂いもなく大好きになっていたと即答できる。



 ……というか仲良くなりまくったら殺されることもなくなるのでは?


『あ』


 いいや、そもそも、だ。


『ん? なになにどうしたのミーシェ?』


 ミーシェ自身の望みは──


『私、リルが好きなんだ』


『どわはあっ!? なっなな、なんでいきなりデレたのぉっ!?』


『私と友達になってください!!』


『とっくにおともだちじゃん!!』



 ーーー☆ーーー



 前世の『彼女』が物心ついた時にはすでにベッドの上だった。


 十四年という人生の大半を病院で過ごした。


 そんな『彼女』の唯一の楽しみは病院で貸し出していたゲームだった。


 中でも壮大なオープンワールドを自由に駆け回ることができる『FBF』のようなゲームをプレイしている時だけはロクに外を出歩くこともできない現実を忘れることができた。


 病状が良くならない『彼女』を金食い虫の重みだと吐き捨ててろくに会いにきてくれることもなかった両親のことも、自分の病状も、友達の一人もいない孤独なことも、何もかも。


 オンラインゲームに手を出していたらネットの中だけでも友達はできたかもしれないが、自分のような人間にオンラインとはいえ友達ができるとは思えず、またゲームを買うお金もなかった。


 だから死ぬことは苦痛ではなくて。

 仕方がないと受け入れていて。


 だけど『彼女』はミーシェ=フェイとして生まれ変わった。転生。それも自由に動かせる身体があり、あんなにも心躍った『FBF』の世界が目の前に広がっていて、そんなの幸せに決まっていた。


 ミーシェはくしくも主人公が十四歳の時に殺される。つまり幼馴染みであるミーシェも十四歳になった時に──『彼女』が死んだ十四歳に破滅が待っているというのは偶然にしては運命とやらを感じさせる。


 前世では仕方がないと受け入れられた。

 死なんてのは物心ついた時には背後に迫っていて、まともに外を出歩くこともできないで長生きなんてするつもりもなくて、だけど今世は違うのだ。


『ミーシェっ。えへへぇっ、うえっへっへっ!』


『なにその変な顔は?』


『女の子にむかってひどいこと言うね!? ミーシェがデレてうれしいだけなのに!!』


『???』


『これまでそっけなかったのにいきなりす、すす、好きとか言ってさ! 本当はあたしにデレデレのくせに余裕ぶっちゃってさあ!!』


『まあリルのことが好きなのは本当だけど』


『んっんんっ!』


『やっぱり変な顔』


『ミーシェのせいじゃん、もお!!』


 幸せだった。

 まともに外を駆け回れるのも、魔法や『気』という不思議な力を使えるのも、ファンタジー世界らしい幻想的な景色も、そして何より──自惚れでなければ初めての友達ができた。


 リル=スカイリリス。

 いつも笑顔で自分を追いかけてくれる幼馴染みの女の子。前世では決してできなかった友達ができたのだ。


 主人公とか勇者とか、ストーリーではリルは中ボス的立ち位置のミーシェを殺すとか、そんなもの霞んでいた。


 だってずっと一緒だったのだ。

 リル自体には何の落ち度もないのだ。

 共に過ごしてきて楽しい記憶しかないのだ。


 特別な出来事なんて必要ない。

 何気なく積み重ねた日々が決定打だった。


 仲良くなってもいいと、仲良くなりたいと、そんな願望を自覚してしまったらもうダメだった。



 好きだ。

 大好きだ。

 そばにいればストーリー通りに殺されるリスクも跳ね上がるかもしれないが、そんなことより何よりずっとリルと一緒にいたいと心の底から望んでいた。



 隠れていた本音。

 前世では多くを望まないようにするのが辛い現実から目を背ける自己防衛だったからか、本音というものを自覚するのが遅くなったが、わかってしまえば早い。


 リルとずっと一緒に生きるためにもくだらない死亡フラグをへし折ってやる。そうして十四年よりももっとずっと長く生きてやる。この時、そう誓ったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんで戦う前提なんだよ戦闘狂、普通にしれっと仲間面してればいいだろ。って思ってましたが。 やっぱりいつもの、大好きだから最強を目指す狂人で安心しました。 隣に立ちたいから仕方ないですね。安全…
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