第四話 水の精霊ウンディーネ
状況を整理しよう。
(私は異世界に転生した)
ファンタジーバトルフロンティア、通称『FBF』。
身体能力を強化する『気』や四大元素やその他の無属性に分類される魔法を習得し、剣や銃を装備して、多彩なスキルを使ってオープンワールドを駆け巡り強大な敵を倒していくRPG。
ストーリーとしては単純で、ファンタジー世界で『四つの災厄』と呼ばれるボスを討伐、その後に現れる世界を滅ぼさんとするラスボスを倒して世界を救う、というものだ。
ゲーム内の時間はあくまでストーリーを進めることで経過していくのでラスボスが今にも世界を吹き飛ばそうとしている最中に延々と畑を耕してスローライフを送っているなどというシュールな絵面になることもあるが。
(ミーシェ=フェイ、つまりは主人公に殺される中ボス。それが今の私)
『FBF』では中盤で主人公にして勇者リル=スカイリリスによってミーシェ=フェイは殺される。
そういう立ち位置のキャラに転生したのだ。
(……死にたくない)
転生して第二の人生を手に入れた。
それなのに死ぬなんてごめんだ。
(私にはゲームの知識というアドバンテージがある。これをうまく使えばストーリーそのものをひっくり返すことができる)
前世の知識は強力だ。
本来のミーシェ=フェイは知り得ない情報も多く、それらを利用すれば原作よりも遥かに強くなることもできる。
ただし、ルドガー戦のように『FBF』では爆撃と目眩しとしてしか描写されていなかったルドガーの『爆水霧中』に実際にはもっと凶悪な能力があったように、ゲームと現実には乖離がある。
全てをゲームのままだと思っていたら手痛いしっぺ返しを食らうこともあるので注意は必要だ。
(まだゲーム序盤。やれることはいくらでもある)
時系列で言えばまだストーリーが始まって間もない。世界にはラスボスどころか『四つの災厄』すら観測されていない状態なのでレベリングするなら今のうちだ。
『四つの災厄』が本格的に動き出したらそんな場合でもなくなるので。
(強くなってやる)
単なる中ボスとして死なないために。
第二の人生を少しでもより良いものにするために。
(私は最強になってやる!!)
ーーー☆ーーー
大量に噴き出した水が雨のように降り注ぐ。
その中心。
魔法陣の上に君臨する『彼女』。
それは女の子だった。
年齢にすれば六、七歳ほどの外見ではあるが、それはあくまで見た目だけだ。
顔も手も足も『彼女』を構築する全てが水だった。
それこそがウンディーネ王国の真の『王』。
つまり──
「わっはー☆ ウンディーネちゃん降臨だようっ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる女の子。
見た目こそ愛くるしくはあるが、彼女はラスボスのその先に君臨するボーナスステージである。
オマケ要素。
追加コンテンツ。
超高難易度クエスト。
呼び方なんて何でもいい。とにかくストーリーをクリアできるほどに鍛えに鍛えたキャラを満足させるための裏ボスの一つが彼女なのだ。
水の精霊ウンディーネ。
ここがファンタジー世界ではあっても精霊なんてものはストーリー上では出てこなかった。ストーリーが終わり、追加要素として現れたのが四つの国それぞれの守護神たる四大精霊である。
ストーリーの中でも中盤の強敵として苦しめられたルドガー=ザーバットが可愛く見えてくるほどに凶悪なギミックの塊、それが精霊という存在だ。
本来ならまだストーリーとしては序盤の時間軸で相手していいキャラではない。というか『知識』では裏ボスの発生条件の一つにラスボスを倒すことが含まれていた気がするのだが、ラスボス討伐前にこうして水の精霊ウンディーネは顕現している。
『知識』は便利だが鵜呑みにしたら思いもよらない落とし穴にはまる可能性がある。ここはあくまで現実世界。ゲームとは似て非なると考え、『知識』については参考にする程度がちょうどいいだろう。
『FBF』においてラスボスのその先。ストーリーをクリアした後のオマケ要素。それに見合うだけの力の持ち主。
ウンディーネ王国の裏ボス、水の精霊ウンディーネがニヤニヤとイタズラ好きな幼子のように笑う。
「おっと、そこのマーブルちゃんは見ない顔じゃん。おいおーいルドガーの若造ってばやっちゃったねえ。ウンディーネちゃんは存在そのものが最高機密だぞう」
「罰であれば後でいくらでも受けましょう」
「ふーん。じゃあ全裸で王都を一周ね」
「その程度であれば、いくらでも」
「いや冗談だってえ。おっさんのきたねえ裸とか見せびらかされても笑いより気持ち悪さが上回るよう」
「ウンディーネ様」
「はいはいにゃにかにゃ?」
「彼女はどうですか?」
問いにウンディーネは視線をルドガーからミーシェに移す。
「……ッ!?」
それだけで、わからされた。
見た目だけは女の子を形作った水の塊でしかないというのに、その両の瞳で見据えられただけでミーシェの全身に凄まじい衝撃が走った。
力の波動。
秘めたる力の気配。
ウンディーネは何もしていない。ただじっと見つめただけだ。その内に秘めた力をほんの少しでも感じ取ってしまっただけで思わず膝をつきそうになった。
何もしていないのに凄まじいプレッシャーがミーシェの闘志を砕きにかかる。
大海を泳ぎきれと言われたかのような絶望感。
己がどれだけ無力か思い知らされる力量差。
構えてすらいない。
闘気を高ぶらせていない。
ウンディーネはまだ殺し合いどころか喧嘩すらするつもりもない。
その段階でここまでなのか。
ウンディーネ王国の軍部、その頂点に君臨するルドガーに一応は勝ったはずなのに自身の力がひどく小さく感じられてしまう。
だから。
それでも。
「まあ色々と混ざっているのはともかくう、ちゃんとお世話できるなら若造の好きにして──」
「私は貴女に挑戦します」
遮る。
踏み込む。
そのまま流れに乗っかっていれば穏便に済んでいたかもしれない。己の立ち位置を理解して賢く退くのが正しい選択だっただろう。
それでも自らの意思で流れを変える。
ラスボスのその先。未だストーリー序盤の時間軸、ラスボスどころかその前の『四つの災厄』にも遠く及ばないかもしれない。
それがどうした。
誓いはすでに済ませている。
「最強になると決めたから」
ーーー☆ーーー
これはイベント戦とみなしていいだろう。
例えば中盤では腕試しとしてルドガー=ザーバットとアリナ=カーベッタのペアと主人公とがやり合うイベントがある。
もちろん腕試しなのだから殺すようなことはない。戦闘に勝利しても誰も死なないが経験値は入る。
そう、強敵との戦闘は相手を殺さずとも経験値を獲得できる。
転生してから今日まで試したが、相手との力の差があればある分だけ得られる経験値『のようなもの』も多いと思われる。
ステータスオープンのような魔法があればよかったのだが、この世界にはそういう確認手段はないので実体験での感覚、強敵との戦闘を経て強くなっている実感があるという話にはなるのだが。
付け加えるならばやはり殺すほうが得られる経験値は格段に多く、殺し抜きでレベリングを目的とするならそれ相当の強敵と戦わなければいけない。
そして、もう一つ。
いくら相手が強敵でも手加減していれば意味はない。力を抜いている分だけ『その程度の敵』として扱われるのか、得られる経験値も少なくなる。
つまり。
だから。
より多くの経験値が欲しいなら本気を引き出すのが最も効率的である、と言える。
……もちろん強敵が本気になればなる分だけ死亡のリスクも跳ね上がるのだが。