第二十七話 束の間の休息
ミーシェが目を覚ましたら、そこは見覚えのある部屋だった。
ルドガーの屋敷、その一室。
そういえばルドガー戦とウンディーネ戦、二度にわたって倒れてこうしてここで目を覚ましたのだったか。
「リル……」
もちろん彼女はもういない。
だけど待ってくれている。きちんと天寿をまっとうしたその先で。
頑張ろう、とミーシェは改めて思う。
多くの人があんなのは夢だと切り捨てるとしても、ミーシェにはどうしてもあの時、リルは確かに目の前に存在して声をかけてくれていたのだとそう確信しているから。
リルに胸を張ってその人生を語れるよう生き抜く。そのためなら、何だってできる。
と、そこでノックもそこそこに入ってきたのはルドガーだった。
彼はちょうどベッドから上半身を起こしたミーシェを見つめて、軽く手をあげる。
「よお、十日ぶりか。元気そうで何よりだ」
「うん」
「うん、じゃないんだよなあ。まあた無茶しやがって。今回ばかりは本当に死ぬんじゃないかってあのアリナが顔を真っ青にして治癒していたくらいなんだからな? 実際『赤ノ極地』がなければ助けられなかったようだし。……よほど無茶な使い方をしたのか『赤ノ極地』がぶっ壊れるのがあと少し早かったら本当に死んでいたんだからな?」
「そうなんだ。よかった、こんなところで死ねないから。アリナさんにはお礼を言っておかないとね」
「…………、」
「ルドガーさん? どうかした?」
「なに、どんな心境の変化なのかと思っただけだ」
「?」
「別に悪い意味じゃないから気にするな。それより嬢ちゃんに伝えておくが、あの悪魔は完全に死んだとウンディーネ様が言っていた。あのクソガキのお墨付きだから一匹でもこそこそどこかに逃げ延びている、なんて展開はないから安心してくれ」
「……そっか。ルドガーさん、ありがと。私だけじゃあの悪魔を倒せなかった」
「気にするな。どうせ『戦争』になればぶつかっていた。ただ……いや、これは」
その瞬間、ドッバァン!! と扉が吹き飛ばす勢いで開け放たれ、そこからアリナとクルミが競うように飛び込んできた。
「やっぱりですっ。ミーシェちゃんのかわいい声がすると思ったんです!! うんうん、今回は少し攻めてみたけど、そっちもかわいいですねっ」
「わあん、お姉さまあっ!!」
「わっぷ!?」
リトルゴブリンの膂力をフルに使っての飛び込みだった。歓喜に泣いているクルミ自体に悪気はないのだろうが、咄嗟に『気』で強化していなかったらもう一度ぶっ倒れるところだった。
「よかったですぅ。もう起きなかったらどうしようって、本当によかったぁ、お姉さまぁっ!!」
「ん、ごめんね、心配かけて」
ふるふると胸に顔を埋めて顔を横に振るクルミ。
感動的な場面だ。
そのはずだ。
だけどアリナの一言がどうしても頭から離れない。一度意識してしまったらもうダメだった。
今回は少し攻めてみたけど。
あのアリナが何をどう攻めたのか、そんなの決まっていた。
よくぞここまで見えそうで見えないギリギリを攻められたと言わんばかりな真っ黒で蠱惑的な羽衣だった。前までの白のネグリジェが可愛く見えてくるくらい大胆な、だ。
「アリナさん」
「はい、何ですかっ?」
「アリナさんには本当に感謝しています。でも、こうやって私が寝てるからって勝手に着せ替え人形にしてくるところは嫌かも。寝巻きに着替えさせるとか治療のためにとかじゃなくて完全にアリナさんの趣味っぽいし」
「あれ、もしかしなくても怒っています? そんなミーシェちゃんもかわい、ごめんなさい今のは違うですよね本当にごめんなさいぃいいっ!!」
「はぁ。もういいです。悪気はなさそうなので」
「それはもう見限ったという意味ですか? 私、本格的に嫌われています!?」
「許すって意味ですっ。だからそんな、いや本当、大人の全力の泣き顔とか申し訳なくなるので泣き止んでくださいよっ」
……アリナの両手には何やらバニー衣装やら着物やら貴族令嬢が着るような豪勢なドレスやらビキニアーマー(!?)やらがある気がしないでもないが、後ろに隠すくらいの理性はあるようだ。
とはいえ、
「ちなみに寝ている間に勝手に着せ替えるんじゃなかったら……?」
「…………、」
「ひうっ!? ごめんなさい、調子に乗りました!!」
「まあ、アリナさんには助けられましたし、あんまりアレな服でなければ着てあげないこともないですけど」
「本当に!? じゃあまずはコレ着てくれますか!?」
「初手でビキニアーマー選ぶとか本当に反省しています!?」
ーーー☆ーーー
ミーシェが目覚めたのだと聞いて数十のリトルゴブリンを引き連れてやってきたゴブリンロードは首を傾げる。
なぜかウサギを模した衣装を纏ったミーシェが死んだ目でテンションダダ下がって虚空を眺めていたからだ。
「む? ミーシェ、まだ本調子ではないのか?」
「いえ……。気がつけばここまで譲歩してすごい格好しちゃったなってだけで、あはは」
「???」
反対にアリナとかいう人間やクルミは手を取り合って『『かわいいですっ!!』』と跳ね回るくらいテンションが爆上がりしていたが。
あの二人はなんだかんだ気が合うようだ。
魔獣に対する差別意識とか何とかそんなもの考えすらしない人間は珍しいのだが、ミーシェ自体が『そう』だからこそ彼女の周囲には自然とそんな人間が集まるのかもしれない。
「ミーシェ。ありがとうな。お主には本当に助けられた」
「それは私の台詞だよ。ロードちゃんたちには感謝してる。最初はロードちゃんたちを助けるって話だったのに、私のほうが助けられちゃったし、私の個人的な闘いにも巻き込んでしまったしさ」
「吾らが望んだことだ、気にするな」
『そうそうっ!』『ダチなんだからつれねえこと言うんじゃねえよ!!』『しっかり怪我ぁ治せよ!!』と数十のリトルゴブリンに声をかけられて、ミーシェは口の端を緩める。
「ダチ……。私たち、友達でいいんだよね」
「何を言う。吾らはとっくに友であろうが。それともお主にとっては違ったか?」
「ううん」
助けられた、とロードは言っていたが、逆だ。
彼女たちの存在に救われたのはミーシェのほうだ。
「みんな、私の友達だよ。大好き!!」
……その言葉にクルミが『大好き!?』と感極まっていたり、『今の流れならビキニアーマーもいけるかも?』とアリナが暴走しかかっていた。
だけど、今のロードは。
「ロードさま、どうかしましたか?」
「なっ、なにが!?」
「顔が真っ赤なので。風邪でもひきました?」
「……っっっ!?」
リトルゴブリンの一人からそう指摘されてなぜだかその場から逃げ出したくなるほどの衝動が走った。なぜだかはロード自身も説明できなかったが。
「風邪? ロードちゃん風邪ひいたの!? このベッド使っていいから!!」
「ま、ミーシェまて、吾は大丈夫だ、だからそんな顔を近づけて、うぬぅわあ!?」
心配そうに駆け寄るミーシェに、なぜだか心臓が激しく高鳴る。決して嫌ではないが、どうにもいてもたってもいられない不思議な心地だった。
「うーむ。かわいい×かわいいでさらにかわいいですねえ」
「ハッ!? まさかロードさまがライバルに!?」
何やらアリナやクルミが騒いでいた気がしないでもないが、今のロードにはほとんど聞こえていなかった。
ついにミーシェがロードを抱き上げてベッドに運ぼうとして、つまり色々といっぱいいっぱいだったからだ!!




