第十九話 総力戦
「あら」
スカーレット=フィブリテッドは優雅に笑う。
「あらあら」
あくまで優雅に、余裕を崩さずに。
「あらあら、まあまあ」
だけど限界だった。
ここまでコケにされて我慢なんてできない。
「愚民どもがわらわに勝てるとでも思っているのですか、つーんだよォッ!!」
「楽勝だと言ったぞ」
サーベルを振るう。
あらゆるステータスが十倍強化された斬撃がルドガーの頭上に落ちる。
が、彼はその場から動こうともしなかった。
反応できなかったのではない。避ける必要がなかったからだ。
「決戦兵器『青ノ極地』発動」
ガッッッギィンッッッ!!!! と。
ルドガーの右腕が二メートルほどの青く輝く『水の剣』に変化してスカーレットの斬撃を受け止めた。
いつのまにかルドガーの首元にギラギラと青く輝く分厚い鉄の首輪が出現していた。
決戦兵器『青ノ極地』。
無数の脈動する真っ赤な管で形作られたドレスと同じ国家保有の最強兵器。
「スカーレット=フィブリテッド。サラマンダー聖国の女王にして教会が奇跡の担い手に認定した聖女にして決戦兵器の使い手、つまり精霊を除いた聖国最強。色々と盛りまくっているようだが、俺も一応はウンディーネ王国においてお前と同じ立ち位置でな」
ルドガー=ザーバットは言う。
ウンディーネを除けば王国最強の真髄を。
「王国の決戦兵器は契約した精霊の力の一部を使い手の身に移し替えるってもんだ。ただし使い手が未熟だと力に耐えきれずに吹き飛ぶってんだからとんだじゃじゃ馬だがな」
ゴッ!! と斬撃を弾き、そのまま水の大剣と化した右腕を振り下ろす。
刃が、一気に数十メートルほど伸びた。
スカーレットは咄嗟に横に飛ぶが、避けきれずに左腕が斬り落とすどころか消し飛ばされた。
それでも致命傷は回避した。
凌げた。
「一部、あらあら、所詮は一部ですわねえ!! 今のが本当に精霊の全力であればわらわは死んでいたのでございますから!!」
そしてスカーレットには自然治癒力に関するあらゆる項目の十倍強化がある。即死でなければ例え腕が吹き飛んでも再生できる。
「ほいっと」
そこで生えつつあったスカーレットの左腕を光が包んだ。攻撃ではない。逆だ。治癒魔法が炸裂する。
ただし、その効果は絶大すぎた。
ぶくぶくぶくうっ!! と肉が再生しすぎて左腕が何倍にも膨れ上がり、骨が突き出し、耐えられずに裂けた肉から鮮血が噴き出した。
アリナ=カーベッタ。
メイドで、大将ルドガー=ザーバットの副官で、何より治癒魔法の使い手としては最高峰。その力は伊達ではない。
「半端な損傷は即座に癒やせるようですが、過剰回復を元に戻すほど融通がきくわけではなさそうですね。つまり下手に攻撃するよりも回復しまくって使い物にならなくしちゃえばいい、と。ミーシェちゃんを治癒する片手間で癒し殺してやりますか」
「この……ッ!!」
サーベルで左腕を肩から切断する。
あんな肥大化しすぎて自身の肉で満足に動かすこともできなくなった肉の塊を引きずるくらいなら切断して新たに生やしたほうがいい。
だけどその一瞬が致命的だった。
今度はゴブリンロード。その振り上げた大槌に周囲のリトルゴブリンが魔力を注ぎ込む。
魔力を他者に移譲することは本来そう簡単にはできないのだが、おそらくはあの大槌にそれを可能とする機能があるのだ。
「ロードさまっ。わたしたちの力でお姉さまをいじめる悪い奴をやっつけてください!!」
「おう、任せるのであるぞ!! 土壁挟撃っ!!」
ゴブリン種の『王』、そして数十のリトルゴブリンの魔力を乗せた魔法が放たれる。
ただでさえ魔獣は保有魔力量が多い。そこに『王』も含めた数十の魔獣の魔力を合わせればどうなるか。
スカーレットの左右の地面がまるで壁紙でも剥がすようにめくりあがる。
数十メートルの土の壁が左右から挟み、圧殺する魔法ではあるが、これほどの規模で発動できるのは人間の魔法使いでもそう多くない。
「魔獣ごときがわらわを潰せるとでも思ったのでございますかあ!?」
それでもスカーレットは炎の魔法で土の壁を吹き飛ばした。いくら『王』も含めた数十のリトルゴブリンの力を合わせた魔法でも十倍強化されたスカーレットの魔法には敵わない。
ただし。
足止めとしては十分。
ルドガーの水の大剣が振り抜かれる。
今度こそ直撃。防御もできずにスカーレットの全身が跡形もなく消し飛んだ。
「すごい……」
起き上がることも忘れてミーシェは見入っていた。
強い。
ルドガーもそうだが、アリナやロードたちも、あれだけ絶望的だったスカーレット=フィブリテッドを翻弄していた。
『FBF』では中ボスとして呆気なく死ぬミーシェ=フェイとは地力が違った。
だけど、
「ルドガーさんっ。スカーレットの決戦兵器はあらゆるステータスを十倍強化する!! 命の数さえも十倍になっているのよっ。私が一回殺して、今ので二回目! つまり後八回は殺さないと完全に死なない!!」
「そうか」
そんな反則的な事実を知ってもルドガーは動じなかった。
一言、こう返す。
「そんなに心配せずともすぐに終わらせてやる」
そして。
そして。
そして。
トン、と。
それは降臨した。
無数の赤い管が集まって復活したスカーレットの隣。
「ハハァッ、無様だなァ、女・王・様ァ?」
「……遅れておいて減らず口だけは立派でございますわね」
「露払いとしてせいぜい働いてくれるかと手を組んだだけだからなァ。まさかここまで使い物にならないとも思わなかったがァ」
これまでの流れを完全に無視した新手?
いいや、違う。
そもそもスカーレットは知っていたはずだ。王国も決戦兵器を保有している。ルドガーを殺すために誘き寄せるにしても、スカーレットと同じく決戦兵器持ちを相手にすれば勝てるかは五分五分だし、最悪王都から軍勢が派遣されれば確実に負ける。
それでもここまでやってきたのには理由があるはずだ。
決戦兵器の使い手。
少なくともルドガー=ザーバットがどれだけ強くても必ず勝てるだけの理由が。
つまりこの新手は偶然ではない。
スカーレットは(最低でも彼女自身と力を合わせて)ルドガーを確実に殺せる戦力を用意していた。
「リル……?」
金髪に碧眼。
世界を救う勇者にだってなれる主人公らしく凛々しかったその姿。
「違う、リルは死んだ。私のせいで死んだ!! だったら、お前は、誰だ!?」
リル=スカイリリス。
ただし凛々しかったと過去形なのは生気の感じられない虚な目をしていたから。
ぶっじゅう!! と。
右目が内側から吹き飛び、数匹の紅い蛇が飛び出した。
そう、紅い蛇。
禍々しい冠を被ったその存在をミーシェはゲームでもこの世界でも見ている。
「ハハァッ!」
それは。
リルの声帯を動かして声を発していた悪趣味なこれまでと違い、複数の紅い蛇そのものから響くその声は!!
「久しぶりだな、女ァ!!」
第一の騎士オリエンス=ファーストバイブル。
『四つの災厄』の一角にしてミーシェが育った村のみんなをそしてたった一人の友達であるリルを殺した悪魔である。
よりにもよってそんな怪物がリル=スカイリリスの身体を好き勝手にしている。死後の尊厳さえも踏み躙る形で。




