第十八話 十倍強化、その真髄
本当はすでに限界だった。
炎の魔法に人間であれば致命傷になるほど深く斬られ、ただでさえ全力以上を引き出すオーバーヒートと体技ジェットスターの合わせ技を二回も使った反動でミーシェの身体はボロボロだった。
パキン、と青く輝く刃が砕ける。
魔刃抜剣。魂という代償を払っているというのに一度攻撃すれば自壊する制限があるからだ。
膝から崩れ落ちる。
もうこれ以上は指一本も動かせそうになかった。
「ミーシェっ。大丈夫か!?」
「お姉さまっ!!」
それでもロードたちを守れた。
今度は手遅れにならなかった。
奥の手として温存しておいた魔刃抜剣まで使って魂が奪われているので今後に影響は少なくないが、それでも今この時は守り抜けた。
最強になってリルの代わりに世界なんか救ってやる。そう誓ったのはどこか自暴自棄でさえあったかもしれないが、そんな自分の行動がロードたちを救ったのも事実。
ロードたちを守れたのならば、こんな自分でも今日まで生き残った意味があった。
一つの山場を乗り越えられた。
少しは休んでもいいだろう。
ぐっぢゅうっっっ!!!! と。
その異音は確かにミーシェの耳に届いた。
「……え……?」
顔を上げる。
見てしまう。
無数の赤い管が集まっていた。
それらが人の形をつくっていく。
「あ」
そこで、ミーシェは今更のように致命的な過ちに気づいてしまった。
『FBF』のストーリー内において『赤ノ極地』装備時のスカーレットはまず『赤ノ極地』を引き剥がしてから倒すようになっている。つまり『赤ノ極地』装備時のスカーレットをそのまま倒すという描写は存在しない。
そして、決戦兵器『赤ノ極地』の力は全ステータスの十倍強化。その解釈がどこまでも凶悪であれば──
「ま、さか……命の数さえも十倍になって、いる?」
一度殺した程度では足りなかった。
ストーリーの通りに『赤ノ極地』を引き剥がしてから殺すでもしなければ、スカーレット=フィブリテッドは後九回も殺さなければこうして復活してしまう。
「あら、気づいたのでございます?」
だから。
無数の赤い管のドレス『赤ノ極地』を纏う悪女は復活した。
残機残り九つ。
一度殺すだけでもあれだけの犠牲と苦労を重ねた怪物を九回も殺す手札なんてミーシェには残っていない。
そもそも魔刃抜剣でさえも奥の手、本来なら消耗が激しすぎてできれば使いたくなかったのだ。その先なんてない。あれが最初で最後の足掻き、一度きりの必殺だったのだから。
ならば、どうなる?
スカーレットを殺しきれなかったのならば、この後はどうなってしまう?
手遅れ。
やはりミーシェには何も救えない。
リルのような特別にはなれない。
「や、だ」
だけど。
「私なんかは特別じゃなくても……。今まで誰も救えなかったとしても」
それがどうした。
そんなのとっくの昔に思い知っている。
それでも、なのだ。
死にたくない。
まだ死ねない。
せめて何かを残さないとリルの意思が無駄になる。
「今回は救う。絶対にロードちゃんたちだけは救ってみせる!!」
もう失わない。
あんな想いは何度も味わいたくない。
ならば足掻け。
限界だろうが何だろうがどうにかして救いを掴みとれ。
主人公になれなくても、勇者なんかじゃなくても、最強ではなくても、まだ何も失っていない。手遅れになるかどうかはこれから決まるのだから。
ロードたちを救えるならばもうここで──
「あらあら」
スカーレット=フィブリテッドが再始動する。
血のように真っ赤なサーベルが振るわれる。
射程十倍。速度十倍。硬度十倍。切れ味十倍。『気』十倍。他にも他にも他にも、あらゆる項目が十倍に跳ね上がった致死の一撃が炸裂する。
「この状況で魔獣どもを生かす、そんなご都合主義が現実でありえるわけないのでございますわあ!!」
「楽勝だ」
轟音が炸裂した。
それでいてゴブリンロードたちが殺されたわけではない。
スカーレットが薙ぎ払われる。
これまで絶対的な壁として君臨していた悪女が呆気なく、だ。
「ご都合主義上等。全部救ってハッピーエンドにするのが俺らの仕事だ」
新手が君臨する。
それは五十を過ぎても鍛え上げられた肉体は未だ衰えるどころか成長途中なのではと疑われるほどの海賊のような風貌の男だった。
つまり、
「ルドガーさん!? なんでここに……っ!?」
「おいおい、王都の近くであれだけ派手に暴れておいて大将の俺が放置できるわけないだろ」
そこでルドガーはミーシェの後ろのロードたちを目を向けた。魔獣。教会の影響が強いサラマンダー聖国ほどではないにしても魔獣は人間の敵という認識は一般的なものだ。
「あの、ルドガーさんっ。ロードちゃんたちは悪い魔獣じゃなくて、だからっ!」
「馬鹿か」
一蹴だった。
悪くない魔獣などいないという意味ではない。
「一応俺は大将だぞ。こんな近くに魔獣が住んでいて気づかないわけがないだろ」
「え?」
「敵対する気がないならわざわざ殺す理由はない。心配せずともそいつらが誰かに迷惑をかけない限りは殺さないから安心しろ」
と、そこでドタドタっと慌ただしく駆け寄ってくる影が一つ。
メイド服を靡かせる女性、アリナ=カーベッタだった。
「こんのおばかちゃんっ。またそんな無茶をして!! うぎゃあーっ! 年頃の女の子の柔肌がズタボロですぅーっ!!」
「あ、アリ──」
治癒の光が炸裂した。
この一瞬で所々炭化してだらりと下がっていたミーシェの左腕が動かせるほどに回復したのだ。
回復の手は止めずに、しかしアリナは息も荒く詰め寄る。
「私は怒っているんですからね!!」
ぐいっと鼻と鼻とがくっつくほど顔を近づけて、そしてアリナはこう言った。
「そんな傷だらけになるまで一人で頑張りすぎですっ。ミーシェちゃんはまだまだ子供なんですからもっと周りの大人を頼りなさい!!」
「え、あ……だって、私なんか──」
「なんかじゃないです!! ミーシェちゃんが何でそんなに自己評価が低いのか知りませんが、私はミーシェちゃんには笑顔でいてほしいと願っています。少なくともそれくらいの価値がミーシェちゃんにはあるのですよ!!」
「なんで」
「そんなのミーシェちゃんがとびっきり可愛いからに決まっているではないですかぁっ!!」
「色々台無しだ、馬鹿」
額に手をやってため息をつくルドガー。
彼も、そしてアリナもまたミーシェの罪を知らない。だからこれは違う、救いとして受け取ってはいけない。
「まあ、かわいいから云々は置いておいて、子供が大人に頼るのは当たり前のことだ。だから遠慮するな」
「ちょっとー! かわいいのは大事ですからねっ!!」
「おい馬鹿、お願いだからちょっと黙ってくれ」
ミーシェは誰にも許されていない。
少しでも早く必要な『知識』を思い出していれば、そうでなくても自身の力に覚醒するのが少しでも早ければ、村のみんなを救えたはずなのだ。
許されるわけがない。
許せるわけがない。
こんな自分に救われる価値はない。
それでも、ロードたちはミーシェの罪には関係ない。
だから。
「たすけて……。もう私だけじゃどうにもできない。だから、お願いだから、助けてえっ!!」
「おう、嬢ちゃんも含めて全部助けてやる」
「まあ、その子たちもかわいいし、ここは大人のお姉さんにまるっと任せなさいなっ!!」
「むうっ! ミーシェを助けるのは吾らなのだぞ!!」
「お姉さまはわたしが助けるんです!!」
ミーシェは一人ではない。
どれだけ彼女が自分を卑下しても、ミーシェも死んでほしくないと、助けたいと望んでくれる者たちは確かに存在する。




