第十七話 鞘に収めた刃の果て
スカーレット=フィブリテッドは強い。
ただでさえ強大な彼女の全ステータスが『赤ノ極地』によって十倍も強化されている。
勝ち目はない。
ミーシェがどれだけ無茶を重ねようとも全力以上を引き出すオーバーヒートが通用しなかった時点でそれは明白になった。
だから。
だから。
だから。
サーベルに炎がまとわりつく。
『気』と魔法の合わせ技。各項目を十倍強化した至高の一撃が放たれた。
全力全開、そこに手加減は一切ない。
魔刃鞘収で魔力を喰らおうとも『気』で強化されたサーベルの一撃がミーシェを両断する。
直撃すれば即死。
それは確定だ。
そしてミーシェには避けるという選択肢は残されていなかった。ロードにクルミに他にもみんな。付き合いなんて一時間もなくて、それでもミーシェを助けると即断してくれたみんなを救うために。
今度は、もう、手遅れにはしない。
リトルゴブリンたちは殺されました。『知識』にある通りの結末なんて絶対に許さない。
だから。
だから!
だから!!
ミーシェは半ばから折れた剣を放り捨てた。
そのまま左の眼帯を脱ぎ捨て、深い闇が揺蕩う眼窩に右手を突っ込んだのだ。
「我が魂を喰らいて糧とせよ」
結局のところ誰もが勘違いしていた。
そうなるようにミーシェは立ち回っていた。
朱色の魔剣? 魔力を纏っているのも、魔力の斬撃を飛ばしているのも『遺産』の力ではない。単にミーシェが魔力を使ってそのように見せかけていただけだし、そもそもこの剣は魔族が超常の力を武具の形で顕現させるスキルによるものなのだ。
魔刃鞘収は魔力を喰らう、つまりどんな魔法も無効化する? 確かにそれも一つの事実だが、本質は違う。まさしく読んで字のごとく。
右手を引き抜く。
魔人。魔族の遺伝子を混ぜ合わせているからか、それともミーシェが転生者であるというイレギュラーのせいなのか、理屈なんてわからないが、本能が『力の使い方』を理解しているのであれば十分。
魔刃鞘収。
魔の刃を鞘に収める。であれば、これまで喰らって鞘に収めた魔力は刃に変わっているべきだ。
「魔刃抜剣ッッッ!!!!」
抜き放たれたのは清らかな水のように青く輝く刃。
水の精霊ウンディーネの魔力を我が魂を喰らって力に変えた刃である。
そう、それはミーシェの魂の一部を強制的に奪い、刃の芯に変換し、その上からこれまで喰らってきた他者の魔力をコーティングしたものである。
敵の攻撃を奪い、自身の力も上乗せする。
ただし扱う魔力量に応じて必要なミーシェの魂の量も跳ね上がるのであまりにも使いすぎると魂が消失して死ぬことになる諸刃の剣ではあるが。
「スカーレット=フィブリテッド。お前はストーリーの中で倒される程度のボスなのよ」
その刃はウンディーネの一撃を纏っている。
ウンディーネ戦の最後、水の大剣を喰らっていたからこそ。
『わっちが本気でつくった剣だにゃー。触れたら死ぬ。これが今からの絶対的なルール。というわけで死にたくなければ死に物狂いで避けてねえ』、というウンディーネの発言の通りならばこの刃は裏ボスの本気の一撃を纏っている。
だからこそ、ミーシェは洞窟の外に出た。
ロードたちを巻き込まないために。もしもオーバーヒートでもスカーレットが倒せずにこの奥の手に頼るしかなくなった時、あそこでこんな力を使うと余波で洞窟が崩壊して生き埋めにしてしまうとわかっていたからだ。
つまり、勝つ『だけ』ならいつでもできた。
魂の一部、命を支える根幹を切り崩すという多大な代償さえ払えば。
「だから!! こんなのは遅いか早いかの違いでしかない!!!!」
いかにスカーレットがストーリー内では難関の一つではあっても、ストーリーの中で倒される程度のボスと裏ボスとでは比べるまでもない。
つまり。
だから。
青の一閃が世界を走り抜けた。
どんなステータスを十倍に強化しようとも、裏ボスの本気はその程度で抗える一撃ではなかった。
自然治癒力の十倍強化なんて関係ない。
跡形もなく消し飛んでしまえばいかにスカーレットでも再生することはできない。




