第二話 爆水霧中
(やっとお得意の魔法を出してきた。効果範囲は大体一キロ四方ってところかな)
彼女は感覚、聴力、動体視力など身体能力を飛躍的に上昇させる『気』を自在に操ることができる。
だからこそ濃霧、そういう形の魔法で視界を封じられても魔法の効果範囲を感じとることができた。
ウンディーネ王国という一つの国家の中で最強とまで言われているルドガーの全力だ。知識通りなら油断すれば即座に殺される。
だからどこから攻撃がきてもいいように魔剣を構え直し。
だから体内の『気』を練り直し、感覚を研ぎ澄ませ。
だから強化した膂力で迎撃するために柄へ力を込め。
ボバァッ!!!! と。
次の瞬間、ゼロ距離から爆撃が炸裂した。
腹部へと衝撃が突き刺さる。
まるでバズーカの砲口を押し付け、引き金を引いたかのような一撃がミーシェを薙ぎ払った。
「が、ば……ぁ!?」
ノーバウンドで二メートルは吹き飛ばされた。大木に激突した少女が咳き込む。
内臓が傷ついたのか口から血の塊が溢れるが、その血痕さえ濃霧のせいでよく見えなかった。
この結界魔法は知っていた。
濃霧による目眩し、そしてどんな座標にも瞬時に爆撃を具現化できる。それはわかっていたが、知識だけでは現実を乗り越えることはできない。
(ここまで予兆も何もないと避けるのは難しいっ)
思考の暇も許さない。
直後に再度爆撃が少女を襲う。
横へ飛ぶが、完全には避けられなかった。爆撃の衝撃がミーシェの肉を抉る。
(この結界魔法を破るには)
だんっ!! と地面を蹴る。
『気』を高ぶらせて感覚を底上げし、ルドガーの気配を探り、そこめがけて突っ込む。
ドンバンドゴン!! と進行ルートを遮るように爆撃が放たれる。その度に血が舞い、肉が抉れ、骨が軋む音が響く。
決して無傷では凌げない。
いくら『気』で身体能力を強化していてもいずれは粉々に吹き飛ぶ。
だが、ゴールは決まっている。
ルドガーの至近に肉薄するまで耐えられれば反撃できる。
とはいえルドガーもそれはわかっている。だからこそルドガーに肉薄する最短ルートは優先して潰すように爆撃を設置するはず。
それでいて最短ルートを愚直に選ぶわけがないとそれ以外のルートからの迂回を防ぐためにも爆撃を割り振る。
つまり。
だから。
多少は分散しているその瞬間に一気に突っ込めば集中砲火の暇を与えずに肉薄できる!!
「おおおォアアッ!!」
多少の被弾は覚悟の上。
それよりも距離を詰めることだけを優先する。
そして。
ついに人影が見えた。
「終わりよ!!」
飛び込む。
突き出す。
爆撃は効果範囲が広い。
ある程度接近すればルドガー自身も爆撃に巻き込むことになる。
それが一瞬でも頭を掠めれば、躊躇するはずだ。しなくても一発だけなら直撃するのも覚悟している。返す刃で魔剣を突き出せばこちらの勝ちだ。
ボゴン!! と両者を巻き込むように紅蓮の爆発が炸裂し、同時に朱色の刺突が人影を貫く。
「!?」
だが。
魔剣は何の感触もなく、突き抜けた。
(幻覚……ッ!? こんなの『知識』には、いや、そうか、あれは霧が目眩しになったという描写じゃなかったんだ!!)
ここまで来るまで相応の損傷を受けた。ここまで来れば決着がつくと思ったから無茶をした。
つまり、『ここ』が空振りとなると、
「さあ、どうする?」
耳元からルドガーの声がした。
至近、それでいてあり得ない方向から。
瞬間移動でもしたように。
「くっ!!」
魔剣を音源へ振るうが、やはり空振りに終わり、
ババババボンッッッ!!!! と直後に数十の爆音が轟いた。紅蓮の中に少女が呑み込まれる。
ーーー☆ーーー
(ここまでか)
ルドガーは一キロ先、至近距離とはかけ離れた場所から辛うじて原型をとどめている少女を見ていた。
魔法か魔法道具かで耐久力を上げているのか、ルドガーの予想よりも彼女の『気』は凄まじいのか、あれだけの攻撃を受けても気を失わないのは予想外だったが、それもここまでだ。
次の攻撃で決着をつける。
そのために体内の魔力を高ぶらせる。
──ミーシェを騙した結界の性質は以下のものだった。
濃霧による視認能力の減衰。
人影や気配や声の音源の捏造。
魔力で強化した水蒸気爆発を生み出す。
それらを魔力が続くならば一キロ四方の霧の中のどこにでもいくらでも発動できるのだ。
これらで自らは距離をとり、その上でミーシェの近くにルドガーの気配や人影という偽のゴールを作り、一方的に爆撃を浴びせたのだ。
水蒸気爆発。
瞬時に濃霧を水へ変え、超高温で気化させることで、結界内ならばどこでも爆発を発生させていたのだ。
『どこか』でルドガーは笑う。
(魔力の発生場所を把握すれば俺の場所も分かるだろうが、その程度の隠蔽は完璧だ。俺の『爆水霧中』に隙はないぞ。これで終わりか? もう終わりなのか、嬢ちゃん!?)
魔力が練り上げられる。
変速的で特異な水蒸気爆発が発生する。
その前に。
ブォォォォンッ!! と魔剣からこれまで以上に強烈な光が溢れた。
(『遺産』に登録されている固有能力か!)
魔剣は『遺産』だ。
並の魔法よりも強力な固有能力が出てくるはずだ。
だが。
どれほど強力だろうとルドガーの居場所が分からなければ意味はない。
攻撃は届かない。
(ねじ伏せる。何がこようが俺の『爆水霧中』は破れないぞ!! だけど、はっはっ、まだ何かあるなら見せてくれ。まだまだ楽しませてくれ!!)
ゆらり、と少女が立ち上がった。
その魔剣を振りかぶる。
直後、結界は内側から吹き飛んだ。
ーーー☆ーーー
『爆水霧中』。
敵対者を惑わし、安全圏から攻撃を叩き込むことで、敵対者を一方的に粉砕する結界魔法。
半円状のドームみたいに展開され、その結界を破壊して脱出しようとしても、到達するまでに爆破されるか、超強固な結界に阻まれ、やはり爆破される。
だから。
なのに。
魔剣が唸る。
全方位を埋め尽くすように斬撃を振るう。
攻撃範囲内を瞬時に『斬撃』で埋めるなど無茶苦茶だったが、それだけならばルドガーにまで攻撃は届かない。
だが。
ゴッッッドォ!!!! と。
魔剣の軌道をなぞるように朱色の『魔力の刃』が放射された。
遠距離攻撃。
さながらドーム状の爆発。
それが『どこか』にいるルドガーを呑み込み、そのまま結界へぶち当たり、内側から吹き飛ばした。
木々も結界もルドガーも、そして一キロ四方の結界魔法さえもお構いなし。
範囲内全部を見境なく薙ぎ払ったのだ。
草木も何もかも消し飛ばされた不毛の地に血塗れで倒れたルドガーへ少女が歩み寄っていく。
ザン! と頬を薄く裂くように魔剣が突き出された。地面に突き刺した魔剣の先に不満そうな少女の顔があった。
「手加減した」
「そんなことはない」
「女だからって舐めてる」
「まさか。俺は男女平等が座右の銘だ」
「むぅ」
ついに頬を膨らませ、不貞腐れたように魔剣をグリグリと動かす。
どうでもいいが、その度に頬が傷ついているのだが、少女は気付いてもいないようだ。
(『爆水霧中』をあんな方法で打ち破るとはな。これ以上となると『決戦兵器』を持ち出すしかないしなぁ)
通常、『決戦兵器』の発動には『王』の許可が必要だ(無断で使って後から必要なことだったとあっけらかんと言い放つこともあるが)。
少なくとも個人の喧嘩で使えるものでもない。
なにより。
これ以上やりあったら、それこそ殺し合いに発展するのは目に見え──
「『決戦兵器』を使わなかった」
「……おい」
それは。
『決戦兵器』の存在自体が最高機密であり、何より今現在ルドガーがウンディーネ王国の『決戦兵器』を所有していることは本当の意味での『王』しか知らないはずだ。
情報漏洩などありえない。
そのはずなのに、なぜこの少女は的確に指摘できた?
「最強がこの程度なんて認めない。認めないったら認めない!」
……とはいっても、だから彼女に悪意があるとも見えなかった。完全に駄々っ子な彼女がわざわざこのタイミングで指摘してくることに意味があるとも思えないし、それ以上に悪意とか策略とかそんなもの微塵も見えない駄々っ子にしか見えないのだから。
もちろん見逃すわけにもいかないが。
「そう言われてもだな。ああそうだ。これ以上の戦闘は老体にはしんどいんだよ」
見え見えの言い訳だったのだが、それを聞いた少女はシュンと気落ちしてしまった。
「あっ、えっと、その、勝負になると徹底的にやらないと気が済まなくて。ごめんなさいっ」
「あーうん。気にするな」
呟き、上半身を起こすルドガー。斬撃の嵐に巻き込まれた彼は元より、爆撃を浴び続けていたミーシェもズタボロだった(並の戦士なら一撃で消し飛んでいるのだが、この頑丈さを見るにルドガーと同じかそれ以上の『気』の使い手のようだ)。
とはいっても今のミーシェは平気な顔で立っているのが不思議なほど重傷なのだが、彼女はぺこりと頭を下げて、その手に握ったままだった魔剣を腰の鞘に納める。
そのまま踵を返し、立ち去ろうとする少女へルドガーは声をかけていた。
「まぁ待て。その怪我を放っておくのはマズイだろう。どうだ? 近くに俺の家がある。治療くらい受けていかないか」
「これ以上迷惑はかけられないから」
「子供がそんなことを気にするな。それに迷惑なんかかけられた覚えはないな」
ルドガーは肩をすくめ、
「こんなに何も考えず、背負わず、頭ん中空っぽにして戦えたのは久しぶりだった。年甲斐にもなく楽しんでいたんだ。迷惑だなんて思うな」
「でも……」
なおも乗り気じゃないミーシェへ悪どい笑みを浮かべたルドガーはこう言った。
「ついて来るなら真のウンディーネ王国『最強』に会わせてやってもいいんだが」
「えっ!?」
バッと振り返った少女へウンディーネ王国の軍部の中では最強であるルドガーはこう告げた。
「ウンディーネ王国の真の『王』」
「……、まさか」
ルドガーは言う。
各国が最高機密に指定している存在について。
「四大精霊の一角でよければ紹介できるぞ」