第十五話 致命傷
ほとんど転がるような有様だった。
ミーシェが洞窟から飛び出た直後、ブッバァ!! と炎の津波が洞窟から噴き出した。
回避は不可能。
全方位に斬撃を満たすことで少しでも払おうとするが、ミーシェを呑み込んだ炎が放つ熱波は容赦なくその身を焼き焦がす。
前提として炎の魔法は威力が高いのは当然として範囲も広すぎて防御も回避も不可能。しかも防御できてもダメージはゼロにはできない。
サーベルによる斬撃は直撃=死だ。魔剣で受け流す、回避する、そのどちらかが失敗して完全に直撃すれば『気』で身体を強化していても両断される。
魔法でじわじわと削り殺されるか、斬撃で一発で殺されるか。このままではそのどちらかを選ぶしかない。
「ぜえ、はあ……ッ!!」
「あらあら、まあまあ」
頬に手をやり、上品に笑い、優雅にゆったりと洞窟から歩み出る女王にして聖女スカーレット=フィブリテッド。
傷一つなく、汗もかかず、社交の場で微笑んでいるのと同じように。
対してミーシェはズタボロだ。
服は煤に塗れて、肉は焼き爛れ、左手は所々炭化して力なくだらりと下げられている。スカーレットの首を掴み締める際に火傷で壊れかけていた左手を無理に『気』で動かした結果、ほとんど使い物にならなくなっていた。
疲労困憊、ダメージは甚大。
まさしく虫の息だった。
「もうよろしいのではなくて?」
「……ぜ、え……はあっ!!」
「醜く足掻くのはやめて大人しくわらわの慈悲を受けるのですわ。殺しはしません。そんな楽は許されません。生きてなお死んだほうが良かったと思わせるのは不敬なる愚民に対する高貴なわらわの義務。その末路は変わらないのであれば、今ここで無駄に苦しむ必要はないでございましょう?」
あまりにも傲慢。
だからこそ彼女はスカーレット=フィブリテッドなのだ。
『知識』はある。
負けた場合の末路がどれだけ悲惨かは知っている。
「はあ、ハァッ、ははっ!」
それでも挑んだ。
その意味を思い知らせてやれ。
「スカーレット。確かにお前は強い」
「あら」
「こんな序盤でやり合うのが間違いだったのかもしれない」
「あらあら」
「だけど」
一息つく。
否定のために。
「私は最強になると誓った。もう何も失わないために!! だったらこんなところでお前のような小悪党にやられるわけにはいかない!!」
「あらあら、まあまあ!! そんなに苦痛がお好みですか。ならばお望み通り魂の一欠片まで蹂躙してやろうでございます、つーんだよォッ!!」
──スカーレット=フィブリテッドは考えるべきだった。
力の差は歴然でありながらミーシェが未だ心が折れていない理由を。
サーベルに炎がまとわりつく。
『気』と魔法、同時攻撃。
避けても決して軽くないダメージが入り、直撃すれば即死。どちらに転んでもいずれ絶対にミーシェは死ぬ。
だから。
しかし。
一閃。
瞬時に間合いを詰めたミーシェの魔剣がスカーレットの胸の中心を貫いた。
「……は……?」
「ルドガーさんのを見様見真似で覚えた瞬間加速の体技ジェットスター。そして全力以上を引き出すオーバーヒート。この二つを今まで温存していたと見抜けなかったのがお前の敗因よ!!」
魔剣を心臓に突き込んだ右腕が内側から破裂する。あまりの負荷に自身の肉体を破壊することと引き換えに全力以上の力を発揮する、それがオーバーヒートだ。
全力が、しかし通用しないと思い込ませる。弱者だと、手を抜いて遊んでも構わないと、そんな油断を誘発するためだけにミーシェはわざとここまで追い詰められるまでオーバーヒートを温存した。
一撃。
そう何発も使えば逆に自身を殺す諸刃の剣を体技ジェットスターの瞬間加速で回避の暇も与えず確実に通すために。
案の定スカーレットはミーシェを嘲り、油断した。ここまで追い詰められてなお切り札など残っているわけがないと。
そうでなければ──まだミーシェの力を見極めている段階でオーバーヒートと体技ジェットスターの合わせ技を使っていればスカーレット=フィブリテッドは対応していたかもしれない。
前提としてスカーレットはミーシェよりも強いのだから。
それでも勝つには相応の犠牲を払わなければならない。
「はは」
それなのに。
ここまでしても、なお、だ。
「はっはははあ!! 本当に哀れな愚民ですわあ!! まさかこの程度でわらわを殺せると一瞬でも考えたのでございますかあ!?」
致命的だった。
間に合わなかった。
ゴッバァッ!! と炎がミーシェを薙ぎ払う。
魔剣がスカーレットから抜ける。
その風穴。
確かに心臓を貫いたその穴が、ぐぢゅり!! と塞がったのだ。
再生。
魔法ではない。今のは自然治癒力の強化だ。
つまり『気』。
だがいかにスカーレットが超一流の『気』の使い手でも致命傷を無かったことにするほどに自然治癒力を増幅することはできない。そんな極致は人間の範疇にあらず。
いつのまにかスカーレットが纏っていた真っ赤な改造修道服が脈動する血管のように無数の管を浮かび上がらせていた。
『知識』の中にその正体はある。
『遺産』。
武器に特殊な能力を内包させた古代のオーバーテクノロジー。
現在において魔法道具という形で再現しようとはしているが、技術が圧倒的に足りずに性能が遥かに落ちた劣化版しか作れていない。
現在は復元不可能なオーバーテクノロジーの塊。そんな『遺産』の中でもさらに上位。
四ヶ国それぞれが一つずつ所有する最強の兵器。
その名は、
「しかし、ふふ。決戦兵器『赤ノ極地』。まさかこいつを使わざるをえなくなるだなんて、それだけは哀れな愚民を褒めてあげなくもないですわ」
ミーシェはスカーレットが『赤ノ極地』を使う前に倒そうとしていた。
使われたら勝つのは困難になるとわかっていたからこそ。
それでもゲーム内での描写だけでは致命傷さえもあんな簡単に再生できるとまでは予想できなかった。
『FBF』ではHPが自動回復するという表現でしかなく、その再生能力がどれほどかなんて正確にわかるわけがないのだから。
(ま、ずい……ッ!!)
スカーレット=フィブリテッドがサーベルを振るう。直前にミーシェは炎の魔法で吹き飛ばされたために間合いはひらいていた。サーベルの刃が届くわけがない、というのはこれまでの話。
回避のために横に飛び、避けきれないと悟って魔剣を前に構えた。
両断。
朱色の魔剣が両断され、ミーシェの胴体もまた深く斬り裂かれた。
致命傷。
この傷の深さは人間であれば死は避けられない。
ーーー☆ーーー
ストーリー内で二度目のスカーレット戦で使われる秘奥。
それが決戦兵器『赤ノ極地』。
全ステータス十倍強化という極悪な性能でプレイヤーを苦しめる難関の一つである。
攻撃力に防御力、速度に硬度、他にも超常の力も含めて全てが十倍強化される。
例えば斬撃。
切れ味も斬撃速度も硬度も、果ては攻撃範囲も十倍になる。
つまりミーシェのように魔力を飛ばしているわけでもないのに剣の長さ×十倍の距離まで斬撃が伸びるのだ。
使用者に関するあらゆる力を十倍にする。
全ステータス十倍強化。
その効果範囲はもちろん『気』や魔法にも及ぶ。
単純に十倍強くなるとは違う。
あらゆる項目、ステータスが一律で十倍されることによる相乗効果は十倍などという範疇には収まらない。
『FBF』のストーリー内において『赤ノ極地』装備時のスカーレットはまず『赤ノ極地』を引き剥がしてから倒すようになっているほどに、だ。
『知識』にはこうある。
『遺産』という魔族を殺すために魔族のスキルを真似て作られたオーバーテクノロジー、その頂点が『決戦兵器』である、と。
人類を滅亡寸前にまで追い込んだ魔族を逆に滅ぼしたほどの兵器に弱点なんてない。
そしてここでスカーレットとぶつかるとは予想もしていなかったので『赤ノ極地』を引き剥がすための『手段』も用意できていない。
つまり勝ち目はない。
いくらミーシェに『知識』があっても純粋な力の差は埋められない。
(死にたく、ない)
それでも、ミーシェは思う。
致命傷。すでに勝敗は決していても。
(私は、まだ……最強に、なってない!!)




