第十四話 女王の嗜み
女王の断罪、灼熱の炎がミーシェを襲った。
斬撃を満たして盾のように展開しても完全には防げなかったスカーレットの炎魔法である。まともに直撃すればそのダメージは深刻──
「それがどうしたあッッッ!!!!」
突き抜ける。
左手。炎を突き抜けた五指がスカーレットの首を掴む。
もちろんダメージは軽くはない。『気』で強化した腕を突っ込んで炎を散らしたとはいっても完全ではなく、熱波はミーシェの全身を炙った。
特に魔剣を持っていない側、突き込んだ腕は焼け爛れ壊れかけていたが、それでも『気』で無理矢理にでも動かすことでスカーレットの首を掴んで離さない。
そのまま窒息どころか首を砕いてやるつもりで力を込めるが、硬すぎてびくともしない。スカーレットは涼しい顔をして口の端を緩める余裕さえある。
「あら。薄汚い愚民が高貴なるわらわに触れ──」
「うるっさい!!」
魔剣一閃。
朱色の魔剣の刃にたらふく魔力を溜め込み、スカーレットの心臓めがけて突き抜く。
サーベルや炎魔法による追撃の前に決める。
距離を取らせないように首を掴んでいるからこの攻撃は通る。
初手必殺。
スカーレットがミーシェを愚民だと、自分よりも弱いと侮っている今が最大のチャンス。
この世界は『FBF』というゲームに似ていても、根本的には現実だ。HPなんて関係ない、レベル差がいくらあってもそれがどうした。
人間は心臓を貫かれれば死ぬ。
ゲームではどんな攻撃もHPがいくら減ったかで判断されていたかもしれないが、現実であればどれだけ低レベルの攻撃であっても急所を貫けば敵を殺せる。
……その意味を、今だけは勢いで流せ。
例えこれから先、どれだけ後悔しようとも今この瞬間にスカーレットを倒さなければ被害は尋常ならざる規模で広がっていくのだから。
こうして相対して理解させられた。
濃密な血と死の匂いに溢れている。ついさっき誰かを殺したのではなく、こびりついてとれないほどに浴びてきたからこそ。
これは、ダメだ。
『知識』ではなく現実。目の前にいるのは決して放置できない人間だと深く強く思い知らされた。
だからここで何が何でも止めろ。
それが最強になると誓ったミーシェがやるべきことなのだから。
だから。
だから。
だから。
鷲掴みであった。
刃物というだけではない。朱色の魔剣。魔力でその切れ味が跳ね上がっていてもお構いなし。一滴の出血もなくミーシェの一撃はその手で封殺された。
「な、あ!?」
『気』で強化した膂力でも押し込めない。
一ミリも動かない。
「あらあら」
笑み。
慈愛、いいや憐れみが噴き出す。
「そんなに驚くことでございますか? わらわの『気』は愚民の刃など通用しない高みにあるというだけですわよ?」
「……ッ!?」
これが一国の女王にして聖女スカーレット=フィブリテッド。
『知識』によるとスカーレットは魔法よりも『気』の扱いに秀でた怪物であり、剣技や体技によるダメージは魔法の数倍に及ぶ。
つまり単純計算で炎の魔法の倍以上の『気』でその身は強化されている。強化された肉の硬度だけでミーシェの一撃を難なく受け止めるほどに。
「あら」
本能が最大限の警報を鳴らす。
反射的にミーシェの身体が動く。
首を掴んでいた手も魔剣を掴んでいた手も離して飛び退く。
急所を掴み取っているというアドバンテージや魔剣という武器に少しでも固執していたらおそらくここで終わっていた。
「あらあら」
サーベルが振り抜かれる。
サーベル自体は当たってすらいないのに裂かれた空気が真空の刃となってミーシェの髪を斬り飛ばした。
「あらあら、まあまあ!! 哀れにもそんなに必死になって。醜く、愚かで、弱い。だからどれだけ努力しても結果は変わらないと、わらわに反抗したその時点で破滅は確定だと、そんなことも理解できないのでございますか」
あくまでスカーレットは優雅であった。
そこで、ミーシェが手放した魔剣に目をやり、無造作に投げ放った。
投擲、攻撃のためではない。
ミーシェへと投げて渡すように。
実際に魔剣は簡単にキャッチできた。
何を、と言いかけたミーシェに女王にして聖女たるスカーレットは慈悲深く言い放つ。
「武器がないから、という言い訳の余地は残しませんわ。最大限努力して、それでも勝ち目は一切ないと理解できるまで躾けて差し上げます。愚民は優しく言って聞かせるよりも、その身体に痛みを与えたほうが理解しやすいのでございましょう?」
微笑みながらも放たれる攻撃はどれもが致死に満ちていた。
一発でもまともに直撃すれば死ぬ。
絶対的な猛威が襲いかかる。
ーーー☆ーーーーー
洞窟内を二つの影が駆け抜けていた。
ミーシェ=フェイとスカーレット=フィブリテッド。
並走していた両者であったが、先に仕掛けたのはミーシェ。急カーブ。そのまま体当たりでもするような勢いでスカーレットに迫る。
袈裟斬り。重度の火傷で所々炭化しつつある左手はまともに動かずだらりと下げたまま、残った右手で握った朱色の魔剣がスカーレットの頭上を叩き割らんと放たれた。
「あら」
ふわりと、である。
そんな柔らかな印象さえ抱くほど優雅に、これまでルドガーやウンディーネのような怪物たちともやり合ってきたミーシェの斬撃が暴れる子供を大人が押さえるように軽やかに受け止められる。
弾かれ、今度はスカーレットの番。
「あらあら」
残像すら目に焼きつく猶予はなかった。
縦横無尽に斬撃の嵐がミーシェを襲う。一つ一つを対処していてはいずれ耐えきれずに斬り刻まれていたはずだ。
「くっ、おおおおおッ!!」
ゆえに離脱。
後ろに飛び退くだけでは遅く、魔剣に収束した魔力をわざと暴発気味に破裂させ、スカーレットの斬撃を食い止めると共にその爆風で吹き飛ばされることで距離を取る。
ゾッザァッ!! と斬撃の嵐がミーシェの鼻っ面を掠めそうになる。その圧に背筋に震えが走る。
(魔刃鞘収、はだめ。あれは魔力関係にしか作用しない。スカーレットの『気』は無効化できない!!)
魔刃鞘収は魂さえも喰らうという触れ込みだが、それはあくまで深く長く時間をかければの話。ミーシェの魔力量でもウンディーネ戦くらいの時間であれば魂にまで影響を及ぼさずに魔力だけを消費するだけで済んだ(少しでも気を抜けば魂ももっていかれる可能性はあったにしても)。
であればミーシェよりも強いスカーレットが相手から極端に弱っているでもない限り、魂を喰らうには単純にウンディーネ戦以上の時間が必要だ。そこまで長時間スカーレットに魔剣を触れさせるというのは現実的ではない。
そもそも魔刃鞘収を発動するには集中する必要があり、その間は魔力も『気』も使えない。スカーレットの前で何の対策もなくそんな真似をすれば呆気なく両断される。
となると、
(……、しょーがない、か)
成功すればそれでよし。
失敗したとしても最悪だけは回避する。
(どうしようもなくなったら『あれ』で力の差を覆してやる!!)




