第十三話 スカーレット=フィブリテッド
大陸東部を支配するサラマンダー聖国の女王にして聖女スカーレット=フィブリテッド。
聖国と教会を掌握している彼女は四ヶ国の中でも絶大な力を持つ。
得意技は炎の魔法や『気』で強化した剣技。
ストーリーにおいては二度主人公と戦うのだが、二度目の『あれ』は色々盛りすぎて『FBF』でも難関の一つだという『知識』が残っている。
自分以外の人間は搾取するだけ搾取して殺すことに躊躇はない。
『彼ら』──スカーレット教の過激派『救世の聖派』に兵器や聖戦指南書なる訓練マニュアルを与えたのはスカーレットである。
『あのお方』、つまりは聖女がバックについている。その事実が過激派の背中を押していた。もちろん従来の性質もあったというかそういう人間を意図して集めたのだろうが、聖女という威光や兵器や訓練マニュアルによって実力が底上げされていなければ過激な思考を抱くだけで実行まではできなかったはずだ。
魔獣という脅威が万が一にも立ち塞がってきたら面倒くさい。だから自身の関与は公的には発覚しないようにした上で(つまりいくら過激派が『あのお方』=聖女がバックについていると発言しても狂信者の戯言だと切り捨てることができるよう調整している)、スカーレットを聖女だと崇める者たちを使い捨てていた旨がストーリーでは描かれている。
その他にも毒ガス兵器などの禁忌の開発、麻薬を流通させて敵国を弱体化させる、先代聖女の幽閉、敵軍を食い止めるために自国の街を焼き払ったり自国の兵士の装備に秘密裏に爆弾を仕込んで起爆するなどなど『四つの災厄』のような単純に暴力に訴える他のボスとは脅威の種類が違った。
人間という種族の悪性を凝縮したようなキャラクター。勝つためなら何でもやるなどとはよく言うが、彼女ほど『何でもやる』敵は『FBF』でも他にはいない。
彼女が本格的に動き出す前、ストーリーで描かれていたような悲劇が起こる前までには強くなって決着をつけるつもりではいたが、まさかこんな序盤に邂逅するとは予定にはなかった。
だが、どれだけ予定外でもこうして邂逅した以上、見逃すわけにはいかない。
スカーレット=フィブリテッド。
女王であり聖女であり、何より悪女である彼女を放っておけば間違いなく悲劇が起きる。それだけは見過ごせない。
ミーシェは最強になると誓った。
ならば、逃げるわけにはいかないのだ。
ーーー☆ーーー
女王にして聖女であるスカーレットの実力は(聖国に配置された)裏ボスの一角である炎の精霊サラマンダーを除けば国内最強。つまりウンディーネ王国におけるルドガー=ザーバットと同じ立ち位置にいる人間である。
年齢は二十五歳。
政治も軍事力も宗教も、全てを掌握している『力』の権化。
ミーシェはルドガーに勝ったかもしれない。
だが『知識』の通りならルドガーにはまだ奥の手がある。あの時の勝負は殺し合いではなかったからあの程度で済んだが、命懸けの勝負であったならばどうなっていたかはわからない。
そもそも今のミーシェが各国の最強の人間にも難なく勝てるレベルであればスカーレットなどという危険人物はもっと早くに倒している。
後回しにせざるをえない、と判断しなければならない程度にはこんな序盤で相手していい敵ではないのだ。
それでも。
だとしても。
ミーシェの後ろにはゴブリンロードや数十人のリトルゴブリンがいる。
静かに、誰にも迷惑をかけず、こんな薄暗い洞窟に隠れ住んでいるだけのみんなが殺される理由はない。
付き合いとしては一時間にも満たない?
だから命をかけるほど深い仲ではない?
そんなの知るか。最強なら、リル=スカイリリスならば絶対にこうする。
それに、何より、とっくにミーシェはロードやクルミのことを好ましく思っている。死んでほしくないと即答できるくらいには。
だから。
だから。
だから。
「さっきっからその舐め腐った言葉遣いは何様のつもりなのでございますか、つーんだよォッ!!」
スカーレットが放った炎が津波のように洞窟内部を舐め尽くした。
とっさに斬撃を前方に満たして盾のように展開したが、吹き飛ばしきれすに漏れた熱波がミーシェの全身を焼く。
『気』で強化していても熱が貫通する。
じりじりと鋭い痛みが走る。
顔を顰め、しかし即座に目を見開く。
熱波は払いきれずに吹き荒れた。つまり後方にも届いていて──
「……、ちくしょう」
振り返る。
そこには一人の例外もなく倒れていた。
いくら魔獣が人間よりは頑丈でもその皮膚は焼き爛れていて、しかし痛みに呻く余裕もなく。
たったの一撃。
それだけで守ると誓ったみんなが先に傷つき倒れた。生きてはいるが、二度目はないだろう。
それどころかスカーレットにとっては味方であるはずの黒装束たちも巻き込まれていた。気を失っている彼らに魔法や『気』で防御することはできず、黒装束が燃やされてその奥の肉が焼けて死んでいた。
「くだらない真似しやがって! お前の相手は私よっ。それなのにロードちゃんたちを狙って……ッ!! 大体黒装束の連中はお前の仲間じゃないの!?」
「はぁん? 何を言っているのでございますか? わらわは将来的にこの大陸全土を支配した時に脅威になる魔獣を駆除しにきたのですわ。ついでに王都近くでの騒動に気づいて駆けつけるだろうルドガー辺りを『救世の聖派』による凶行扱いで殺処分。最終的に余計なことを言わないようにそこに転がっている手駒は一人残らず皆殺しの予定でしたわ。どれもこれも最後には殺す予定であれば、まあ、多少早まっても構いませんわ」
「ど、こまで」
「何せわらわは女王にして聖女。巷では歴代で最も麗しく有能な女王にして慈悲深い聖女だと評されるよう印象操作しているのですから。汚点はその他大勢の使い捨てできる人間どもに押しつけなければ、ですわ」
「どこまで腐ってるのよお!!」
「あら、わらわに向かって何たる評価ですこと。わらわは特別で崇高なる人間だからこそ女王であり聖女なのですわ。であれば、わらわのなすべきことには疑問を挟まずありがたく全てを捧げるのが当然ですわよ?」
本気なのだ。
スカーレット=フィブリテッドは本気でそう言える精神性をしている。
だからこそストーリー内でも最後まで悪びれることはなかった。
女王であり聖女だから。
特別な存在だから。
だから何をやっても正しいのだと、本気の本気でそう信じているのだ。
「これ以上お前の好きにはさせない」
魔剣を改めて握りしめる。
強く、固く。
「ロードちゃんたちは死なせやしない!!」
駆け出す。
『気』で強化したミーシェが懐に飛び込むその一瞬前、お淑やかにさえ見える動作で片手を頬にやったスカーレットは上品に笑っていた。
笑顔のままだった。
「わらわの聖なる歩みの邪魔をするだなんて、なんとまあ愚かなことですわ」
抜剣。
腰に差していた血のように赤いサーベルを抜き放つ。
女王の嗜み。優雅とさえ思えるほど軽やかに、だ。サーベルは怒涛の勢いで迫る横殴りの魔剣を受け止めていた。
「死して詫びなさい、愚民」
ボッア!! と。
魔法。刀身から溢れるように放たれた炎がミーシェを薙ぎ払った。
鍔迫り合い、平民風情が対等に接するなど許さない。
礼儀も弁えず無遠慮に近づく者は一掃する。
それでこそ王者の風格なのだと示すように。




