第十二話 お姉さま
ゴブリンロードが駆けつけた時にはもう終わっていた。
ロードが数十人のリトルゴブリンを引き連れていたのだが、そんな彼女たちの目の前に広がっていたのは以下の通り。
「ミーシェさま、ううん、お姉さまっ。流石はお姉さまです格好いいですぅーっ!!」
「お姉さま!? いやまあミーシェさまなんて大仰なのよりはマシかもだけど……って、それよりクルミちゃん怪我は大丈夫!?」
「お姉さまが格好良すぎて治りました!!」
「そんなことある!?」
クルミがミーシェに抱きついて、なんか、こう、イチャイチャしていた。
仲がよろしくて何よりだと、駆けつけたロードたちは力を抜く。
「う、ぐふう!? く、クルミちゃん、絞まってる。このままじゃパーンって破裂しちゃうからちょっと力を弱めて」
感動とか興奮とか尊敬とか発情とか色々とごちゃ混ぜで真っ赤な今のクルミに力加減なんてできるわけもなく、『気』で強化しているミーシェが思わず泣き言を漏らしていた。
バッとクルミは勢い良く離れ、そして表情筋が崩壊した。
「わあっ、ごめんなさいお姉さまぁっ! こんなダメダメなわたしは好きに痛めつけていいので、はふう、お姉さまの手でめちゃくちゃに、うっはあ!!」
と、色々と感極まったクルミが興奮していて気づくのが遅れたのだが、いかにリトルゴブリンが人間よりは頑丈でもどう見ても重傷だ。今すぐに治療しないとまずい。
拙いながらも治癒魔法が使えるリトルゴブリンが(お仕置きしてもらうのだと騒ぐ)クルミを他のリトルゴブリンたちが押さえつけてどうにか治癒しているのを確認してからゴブリンロードはミーシェに視線を移す。
彼女は肩をすくめて、
「クルミに懐かれたみたいだのう」
「……私が欲張ったから間に合わずに怪我をしたってわかったら嫌われるとは思うけどね」
「ふむ? お主にも事情がありそうだし、別に気にしないと思うがな。結果的にお主がここに来なければ吾らがどうなっていたか。少なくとも死者ゼロとはいかなかっただろう」
「だけど……」
「本当に気にせずともよいのだが、そんなに気に病むならこれからきちんと守ってくれることをお願いしようかの。此奴らだけで終わればいいが、他にもいると厄介であるし」
「うん。あ、何か縛るのある? 敵の総数は『知識』でもわからないからとりあえずみんなには逃げてもらいたいんだけど、その辺に転がっている、ええっとリーダー格っぽいアイツでいいや。逃げるついでに一人は連れていきたい」
「ふむ?」
「みんなの安全を確保するには今この時点での敵の拠点とか知りたいから。情報源をおびき寄せるためにクルミちゃんを危険な目にあわせてしまったんだし、それ相応の結果は出さないと」
「お人よしなことで。まあ吾らとしてはありがたいから頼らせてもらうがの。おい、頼めるか?」
『りょーかいっす!』と一人のリトルゴブリンが土を操ってリーダー格の男を拘束していく。
黒装束の襲撃者たちは決して弱くはない。現にクルミは殺されかけた。
が、ミーシェの強さはリトルゴブリンを狙う敵にも通用することはこうして証明されている。未だ安全を確保できたと言い切れるわけではないが、少なくともミーシェがいれば謎の敵にも対抗できる。
「それとさ、なんかクルミちゃんの様子おかしくなかった?」
「まあ、うん。愛情表現には個体差があるからの。リトルゴブリンは人間より頑丈だから多少強めに叩いても死にはしないから、うんうん」
「いや叩いたりしないけど!? 何でそんなひどいことクルミちゃんにしないとなの!? 私が人間っぽいからってそこのクズどもと同じとでも思っているわけ!?」
「そうではなく、誰に何をされるかが重要というかなんていうか、まあ、うん」
ロードは安心していた。
油断と言い換えてもいい。
ゴッッッバァ!!!! と。
瞬間、ゴブリンロードが身の丈ほどの炎の塊に薙ぎ払われた。
超重量の大槌を振り回すほどの膂力の持ち主が木っ端のように宙を舞う。岩壁に激突する。
「ぐううっ!?」
「ロードちゃん!?」
油断していた。
ゴブリンロードだけではない。ミーシェもまた『彼ら』はもう敵ではないと、ここから先はクルミの時のように自分がいないところで襲われるようなことがなければどうとでもなると、そう無意識のうちに考えてしまっていた。
そんなわけないのに。
現実が、この世界が、そんなに甘ければミーシェは今こうして一人で最強を目指しているわけがないのに。
リトルゴブリンたちが慌ててロードに駆け寄るが、そこでその声は響いた。
「あら、まだ生きているのでございますか」
それはミーシェの『知識』の中でも警戒に値する一人の声だった。
真紅の髪に真紅の瞳。
豪華で真っ赤な改造修道服。
腰には装飾過多で豪勢な血のように赤いサーベル。
そう、本来であれば派手な暮らしを慎むべきスカーレット教の教徒でありながら修道服を好きに改造しても許されてしまう特別な女。
「スカーレット=フィブリテッド!?」
致命的だ。
こんな序盤で難関の一つに出会うだなんて想定していなかった。
『四つの災厄』。
大陸全土に殺戮と絶望を振り撒く怪物の総称。そんな怪物たちが暴れるのに乗じて他の三ヶ国を攻め滅ぼそうとした炎と芋と聖女の国──サラマンダー聖国の支配者、それがスカーレット=フィブリテッドだ。
聖国で強大な影響力をもつスカーレット教とはそもそもはじまりからして特別な資質を持つ女性を聖女として祭り上げてきた。
聖女スカーレット。
初代聖女にあやかって聖女に任命された女性はその全員がスカーレットを名乗り、教会の力の大半を掌握できる。
スカーレット=フィブリテッドもまた聖女に選ばれたからこそ本来の名を捨ててスカーレットを名乗っている。
そして、もう一つ。
彼女は聖国の王族の一人でもあるのだ。
大陸東部を支配するサラマンダー聖国はスカーレット教の力が最も強く、国家運営にさえも教会が深く関わっている。
これまでは王族と教会、その二つの力関係があったからどちらかが暴走してももう片方が抑止できていた。が、今のサラマンダー聖国は違う。
聖女としての力を存分に使ってスカーレット=ファブリテッドは王位継承権では真ん中のほうでありながら即座に女王になった。
つまり一国の総力にプラスしてサラマンダー聖国内ほどではないにしても他の三ヶ国にも信徒を抱えて影響力がある教会の力さえもたった一人の女が掌握する形になった。
スカーレット=フィブリテッド。
その性質がどれだけ悪辣でも、聖国の上層部も教会も引きずって絶対強者として君臨しているのだ。
「どう、して……お前みたいな奴がウンディーネ王国にいるわけ!?」
そんな『知識』はない。
そもそもリトルゴブリン惨殺イベントは終わってから主人公がその現場を見る、というだけのものだ。
その惨殺に『彼ら』が関わっていたことはのちに判明するが、聖女にして女王スカーレット=フィブリテッドがこの場に現れていたなんてことは語られていない。
「ちょっと王国の上層部を殺しにでございますわ。うふふ、『戦争』なんて面倒な手順を踏まずとも上から順に殺していけばどこかで降伏するでしょう?」
いみが。
わからなかった。
だってそんなイベントは『知識』にない。
もちろんリトルゴブリン惨殺イベントの裏でそんな事件があったのかもしれないが、それだけ大きな出来事であればどこかで描写されてしかるべきだろうに。
「……主人公がいない弊害? いいや、さすがにこの時点で主人公がいなくてもこんなにストーリーがズレるとは思えない」
つまり。
だったら。
「まさか……お前も、転生者?」
「はぁん? 何をおっしゃっているので?」
一蹴。
少なくともミーシェの目には今の反応が演技とは思えなかった。
だとすると、これはなんだ?
本当に『知識』にないだけでストーリーにはこんな展開もあった?
前世の記憶を思い出しきれていないから抜け落ちているだけ?
それとも。
真相はもっと別の──
「てゆーか」
そこで。
聖女にして女王でもある女性が突如として粗雑に顔を歪める。
「さっきっからその舐め腐った言葉遣いは何様のつもりなのでございますか、つーんだよォッ!!」
瞬間、灼熱が世界を紅蓮に染め上げた。




