第九話 『知識』でも実力が未知数の相手
ゴブリンの『王』、ゴブリンロード。
今のところ力の波動はルドガーやウンディーネに到底及ばないが、力の総量だけが勝敗を決するわけではない。
破れかぶれではあったが、結果的にミーシェはルドガーに勝ったし、ウンディーネに一矢報いた。この結果は単純な力関係を考えたならば大金星だっただろう。
経験値『のようなもの』はルドガーやウンディーネとの戦闘ほど得られないかもしれないが、あくまでゲームではなく現実での戦闘を勝ち抜くにはレベリングだけでなく身体を動かしての経験も必要だ。こういう積み重ねこそ最強に至る一助になるだろう。
ミーシェはゴブリンロードを改めて観察する。
頭にぽつんと引っかかっている小さな王冠とか金ピカなマントとかは別にいい。それよりも何よりも大事なのはその手に握っている武器。
身の丈以上の大槌。
『知識』を漁ってもゴブリンロードについての情報はそう多くない。何せ知っていることといえば死体としてスチルの片隅に転がっているくらいだからだ。
その実力は不明。
装備の質もレベルもステータスもルドガーやウンディーネと違って全くの未知の相手。
ゴブリンという種族を統べる女王が動く。
「うっりゃー!!」
ブォッッ!!!! と。
凄まじい勢いで空気が拡散される。
爆風。暴風。竜巻。
とにかく強烈な風が炸裂した。
魔法ではない。
『気』でもない。
膂力。
おもいっきり大槌を振り回しただけ。
それだけで、その余波だけで、洞窟内に凄まじい風が吹き荒れたのだ。
直撃すれば人体など木っ端微塵。
威力だけならばルドガーの水蒸気爆発に匹敵するしれない。
しれない、のだが……、
「うおっ、りゃあ、そりゃへりゃあーっ!!」
ブォッッ!!!!
ブォッッ!!!!
ブォッッ!!!!
何度も何度も暴風は洞窟内を舐める。蹂躙する。近くのゴブリンたちは余波だけで根こそぎ倒れたほどだ。
だが。
そもそも狙いをつけてすらいなかった。
ガムシャラに振り回しているだけだ。何なら大槌にロードが振り回されている有様だった。それではせっかくの必殺も意味をなさない。
普通ならば縦横無尽に振り回される大槌の隙間を縫って斬撃でも浴びせればこちらの勝ちなのだが、
(全力を真正面から受け止めるくらいはしないと成長の糧にはならないよね)
即断。
そしてミーシェは行動する。
ゴブリンロードの懐へ飛び込む。
ちょうど振り下ろしの一撃を受けるタイミングで。
ガキィィィンッッッ!!!! と。
それ自体が破壊力を秘めているのではないかというほど凄まじい轟音が炸裂した。
それと共に破壊の暴風が収まる。
大槌と魔剣が激突し、その動きを止めていた。
受け止めたミーシェの足元は陥没していた。衝撃で足場の岩肌がひび割れ、崩れそうになったのだ。
先の二戦で酷使していた肉体が悲鳴をあげる。
両腕に痺れが走る。
治癒魔法で傷は塞いでいたが、こうも無茶をすれば傷だってひらくかもしれない。
それでも受け止めた。
ゴブリンロードの必殺を。
(き、つっいなぁ……!!)
素直にそう思う。
『気』で強化していようとも骨が軋む音が確かに聞こえた。
やり過ぎだ、と毎度思うが、誓ったから仕方ないと半ば諦めるように首を横に振る。
そのまま強引に大槌を弾き飛ばした。
ここからロードの最強をミーシェの最強で覆す、と魔剣を力強く握る。
「わわっ」
数歩後ずさるゴブリンロードへ踏み込もうとした瞬間、視界が歪んだ気がした。
そう思った時にはもう手遅れだった。
バタンとミーシェは前のめりに倒れていた。
「え、あれ? 人間?」
パチクリと目を瞬くゴブリンロードの姿を見る余力も残っていなかった。
その声が届く前に漆黒の少女の意識は闇の中に落ちていたからだ。
ーーー☆ーーー
『あたしは認めない』
リル=スカイリリス。
幼馴染みで、前世も含めて『彼女』の人生の中で初めてできた大切な友達で、大好きな女の子は言っていた。
『みんなが死ぬのが正しい未来だなんて認めない! みんなが笑えるハッピーエンドを掴んでやる!!』
ミーシェが特訓に巻き込んで原作ゲームよりも早く強くしてしまったから。
『あたしが主人公なら、勇者になるなら! 世界を救うなら!! どんな敵にも負けずに誰も彼も救う最強にだってなれるはずだもん!!!!』
転生者。そんな異物の存在は、『知識』は、確かにストーリーをねじ曲げる絶大な力があるかもしれない。
だけど、それはプラスにのみ働くわけではない。
ゲームでは世界は主人公のために回ってくれるかもしれないが、この現実の世界は決して一個人のためだけに回ってはくれないのだ。
幸せだからと忘れるべきではなかった。
前世。病室からろくに出ることもできず、友達の一人もできずに死んだあの末路。
転生することがなければあんなのが『彼女』の人生の全てになっていたのだと、そんな不幸だけで彩られた一生さえも当然のように一個人を襲うのだから、人生が決して都合よくだけ進むとは限らないとわかっていたはずなのに。
お前のせいだ。
全ては弱いお前が悪い。
全てが終わったあの日からずっとそう思っている。
だからこそミーシェは──




