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第一話 プロローグ、あるいは

 

 大陸北部、ウンディーネ王国。

 大陸を統べる四つの国家の一つ。水と米と船の国である。


 そんなウンディーネ王国において軍部の頂点に君臨する三人の大将の中でも最強と名高いのがルドガー=ザーバットだ。


 五十を過ぎても鍛え上げられた肉体は未だ衰えるどころか成長途中なのではと疑われるほどの海賊のような風貌の男である。


 彼はたまの休みに馬で遠出していた。

 森の中を駆けていたルドガーはピクリと眉を動かし、ゆったりとした動作で馬を制止させる。


 偉丈夫は好戦的に口元を歪め、馬から降りる。


 腰に担いでいた身の丈以上のバスタードソードを右手で抜き、前方に向ける。


「たまの休みなんだから空気を読んでほしいな」


 声音こそ軽かったが、すでに殺し合いすら覚悟して準備は整えていた。


 彼は感じたのだ。

 前方の木々の先から漏れる、濁流にも似た闘気を。


 殺意はなかった。

 それでいてウンディーネ王国の軍部の中でも最強たる彼が警戒するに値する力の波動だった。


 他の三国からの刺客だとするならば、生け捕りでも狙っているのだろうか。


(さて、何が出てくるやら)


 ルドガーに正面から喧嘩を売ってきた何者かがガサリと枝を押し退けて、姿を現した。


 漆黒のマントにレザーアーマー。

 右手には朱色の魔力の光を放つ魔剣。

 まだ十三、四歳くらいの黒髪の少女だった。


 見た目は単なる少女だった。

 ただし、一箇所だけ。

 右目は黒とありふれたものだったが、左目を眼帯で覆っていた。


 その奧。

 そこにこそ隠された『何か』がある、とルドガーの軍人としての勘が最大限の警報を発していた。


「お前がルドガー=ザーバットね? ウンディーネ王国最強だと()()()()()()けど、間違いはない?」


「最強というのはともかく、俺がルドガーだが、嬢ちゃんは?」


「ミーシェ=フェイ。先に言っておくけど、どこかの国の刺客とかじゃないから」


 眉をひそめると、目の前の少女は平然とこう答えた。


「私はお前に挑戦しにきた。もしお前が最強を名乗るのなら、私はそれを絶対に認めない。だから一度手合わせしてちょうだい」


 ふざけた話だった。

 一国の将軍に喧嘩を売るなど殺されても文句は言えないというのに、その理由が最強気取ってんじゃねえぞボケ……なんてものなのだ。


(不思議な少女だ)


 魔剣という希少な『遺産』のようなものを持っているし、その闘気は見た目に反してルドガーが有名人が来たと錯覚するほど凄まじいのに、普通の少女とも思えるような。


 こんな奴が埋れていたことが不思議だった。どこかの国に仕官すればすぐに上にいけるだろう。


 それほどの強敵。

 大陸を分断する一国家の最強が強敵だと判断するほどの実力者。


 どこかの国の刺客ではない。

 なぜだかその言葉をそのまま受け取っていた。


 今のルドガーが大将という立場であることを考慮すればそんなことはあってはならないというのにだ。


「いいだろう。その挑戦、受けてやるよ」


「本気できて。じゃないと瞬殺で終わって意味がないから」


「ハハッ! ここまで舐めたことを言われたのは数十年ぶりだぞ!!」


 言下にルドガーは地面を蹴っていた。彼と立ち会い、生き残った兵士が『瞬間移動だ』と錯覚するほどの超加速だ。


 その正体は加速度の高さだ。

 ゼロから一気にトップスピードへ乗り、敵対者の目のピントが合わない内に斬り裂くので、相手は残像すら捉えられないのだ。


『気』という身体強化の力をそのまま使うだけではここまで瞬時の加速はできない。


 修練の賜物。

 種も仕掛けもない、純粋な技術による猛攻。


 最強を手にした『力』の一つにして、多くの敵対者を退けてきた斬撃が真上から少女を襲う。


「くッ!?」


 動く。反応する。

 表情に驚きを貼り付けながらも、少女の身体は動いていた。


 周囲は静止したように緩やかで、ルドガーだけが一方的に動き、無防備な敵を殺す超加速の世界に少女は足を踏み入れる。


 朱の軌跡が舞う。

 下からすくい上げるように振るわれた斬撃がバスタードソードを跳ね上げる。


「ぬうっ!」


 ビリビリと手首が痺れる。

 刹那の時とはいえ、硬直する。


 そこを少女は的確に突いてきた。


 斬撃の軌道を直角に変える。

 ルドガーの首筋へと魔剣を振るう。


「お、ォおおッ!!」


 ドン!! と地面を蹴り、咄嗟に飛び退く。ルドガーほどの実力者が完全にはかわせず、首を薄く裂かれた。


 鮮血を滴らせるルドガーを見据え、少女は目を細め、ボソリと告げた。


「本気でこいって言ったはず」


「…………、」


「それともあれが全力? ならもうやめるけど」


 ピクリとルドガーの眉があがる。安っぽい挑発だが、軍人としてこれほどの侮辱もない。


 改めてバスタードソードを握り直す。特注のそれは片手で扱うことを前提としているはずなのに、材質が特殊だからか、通常のそれの何倍もの重量を有していた。


 その秘密は密度。

 通常、固すぎる金属は脆いものだが、それを覆すほどの異常な技術で補強された、超強度の刃。


 だが、それは少女の魔剣も同じだ。


 古代文明の『遺産』にして現在では再現不可能な固有能力を有するロストテクノロジー。


 大将であるルドガーは、だからこそこれまでの経験から『遺産』の破壊力を実感していた。


 彼自身、非常事態では国家所有の『遺産』を扱うことを許されている。


(まぁ魔剣はそこまで凶悪ではない。『決戦兵器』クラスでないなら、対処も可能だ)


 さて。

 この世界には古代文明が残した『遺産』や先鋭化された技術による武具、身体能力を強化する『気』など様々な力があるが。


 一般的に使われるのはやはりこれか。

 魔力を体内の回路で変換して超常現象を引き起こす力。すなわち魔法だ。


「『水槍』」


 言下に少女の足元が淡く光る。

 漆黒のマントを靡かせて少女が横っ飛びに飛び退いた、直後にズバァ!! と細く鋭い水の槍が地面から天に向かって突き抜けた。


 間欠泉。

 地面より噴き出る水の柱。

 そういう自然現象を誘発し、魔力で凄まじい貫通力を付加した魔法。


 とはいえ、破壊力に特化しすぎているため、効果範囲が狭く、少女の反射神経と運動能力ならば回避は可能だろう。


 現に彼女はギリギリで避けた。避けることができた。


 その少女へ吸い付くようにルドガーは肉薄する。飛び退き、着地した一瞬の硬直を狙い撃つ。


 空気を引き裂く不気味な音がした。

 バスタードソードが刺突を放つ。


 狙いは心臓。

 言わずもがな、人体の急所だ。


「……ッ!」


 澄ました顔の少女だったが、これには慌てて魔剣を横にして構えた。


 ガツン!! と朱色に煌めく剣の腹へバスタードソードの切っ先が激突した。


 そのまま力ずくで吹き飛ばす。

 ゴロゴロと地面を転がる少女は流れに逆らわず、跳ねるように立ち上がる……が、その時には数メートルも飛び上がったルドガーが怪鳥のごとく襲いかかっていた。


「さぁどうする!?」


 不気味に輝くバスタードソードが少女の頭上へ落ちる。その剣腹へ半ば振り回すような蹴りが突き刺さり、必殺の軌道を僅かにズラす。


 ドゴォッ!! と耳をつんざく轟音が響き渡った。硬いはずの地面が軽々と引き裂かれていたのだ。


 が、両者共にそんなことに目を向けていなかった。今度は少女の魔剣が唸るが、その斬撃は虚しく宙を裂いた。


 後ろへ飛んだルドガーが間合いの外へ降り立つ。


「なるほどね」


 少女は口元を綻ばせていた。

 表情を抑えようとしているようだが、喜びの感情はまったく隠せていなかった。


 年相応の純粋で未成熟な笑み。

 なのだが、その笑みを見せる理由が『相手が強いから』なのは、やはり普通の女の感性とはかけ離れているだろう。


「ウンディーネ王国最強は伊達ではないみたい」


「この程度で認めてくれるのか?」


「だったら全部見せてちょうだい」


「だったらもうちょっと気張れ」


 それがきっかけだった。

 ドンッ!! と残像を置き去りに、二人の戦士が激突した。



 ーーー☆ーーー



 森の木々を縫うように二人の戦士が駆ける。漆黒の少女がウンディーネ王国の軍部を統べる最強へと追尾型魔法砲撃のように襲いかかる。


『気』で身体能力を強化しているルドガーについてこれる少女もまた『気』の使い手なのだろう。それも軍部の頂点に肉薄するほどに。


 果たしてそれほどの高みに至れる者がウンディーネ王国にもどれだけいるか。片手で数えるくらい、と言えば、少女の異常性も際立つ。


 瞬間、ルドガーと少女とが交差する。

 その一瞬に熟練の剣士たちは五合、十合と連続で斬り結ぶ。


 ガガギンジジガガッ!! と金属音が響く。ルドガーの頬が裂かれ、ミーシェのマントの留め具が斬り飛ばされる。


 漆黒のマントが舞う。

 さながら、ルドガーの視界を封じるように。


「チッ!!」


 最強の背筋に悪寒が走る。

 並の戦士が相手だったならば偶然で片付けるところだが、ミーシェはルドガーと同等に殺り合えるほどの実力者だ。


 だから、



 ザンッ!! とマントという死角を斬り裂き、左脇腹から心臓を狙う一撃が来たのも、予想の範囲内だった。



 バスタードソードを振るう。

 朱色に輝く魔剣と特注の超硬度の刃が激突する。


 受け、弾き、振るい、離れ、再度激突。


 木々を縫い、蹴り、または両断し、その木の残骸を強化した膂力でミーシェのほうへ放り、それを避けた少女へ斬撃を仕掛ける。


 が、ミーシェは反応する。

 片足で地面を蹴り、身を翻し、旋回する。


 まずは魔剣でバスタードソードを弾き、僅かに軌道を変え、ギリギリで死線をくぐり抜ける。


 次に本命の蹴り。

 それはルドガーの片腕が受け止めるが、その腕へ爪先を引っ掛け、もう片方の足で地面を蹴る。


 グルンッ! とルドガーを支柱に回転するように舞う少女が蹴りを放つ。


「……ッ!?」


 鮮血が飛び散る。

 軸にされた腕を振り回し、少女を吹き飛ばしても、間に合わずに頬を蹴り抜かれたのだ。


 少女の筋力の範疇を超えていた。五十を過ぎてもなお筋肉の塊であるルドガーが軽く宙を三回転はして地面を転がっていた。


 ルドガーはしばらくぶりの痛みに顔をしかめる。


 傷自体は致命傷ではない。

 だが、これまでの斬り合いで分かってしまったのだ。


 この若さでミーシェ=フェイの剣術は自分を上回っていると。


「なるほど。俺に喧嘩を売るだけはあるようだな」


「この程度? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少女は言う。

 おそらく小馬鹿にしているのではなく、純粋な確認なのだろう。


「お前は本当にどこの国にも組織にも所属していないんだな?」


「ええ」


「つまり本気で自分のほうが強いと証明するため『だけ』が理由で喧嘩を売ってきたんだな?」


「……、それは少し違う」


 利害も思惑も善悪も憎悪も。

 何もかも関係なく、ただただ強さのみを求めた挑戦。


 そうだと思っていたのだが、なぜかここで少女は辛そうに顔を歪めていた。


 何か事情でもあるのか。

 それも一瞬のことで、次の瞬間には首を横に振って、切り替えて、淡々と口を開いていたが。


「勝負の最中にお喋りがすぎる。今のが全力ならこれ以上やり合うのは無駄だと思うけど、まだ奥の手はある?」


「そうだな」


 呟く。

 改めて少女と対峙する。


「俺の全身全霊を見せてやる」


 それが合図だった。

 ルドガーが左腕を横に薙くと、そこから『霧』が噴き出た。


 ウンディーネ最強の『力』が解放される。

 まさに刹那の時には戦場が一変していた。


 濃霧。

 数センチ先さえ不透明な空間。


 人影さえ確認できない異常空間、その前方よりルドガーの声が聞こえた。


「『爆水霧中』。これを破れれば嬢ちゃんの勝ちだ」

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