第2話 私怨を纏う
「嫌だね。」
「そっ!そこをなんとか出来ないのかね?!君はなんでも屋なんだろう?!」
「あぁ、僕はなんでも屋だが……キミが差し出した対価は僕には釣り合わない」
「なっ……きっ貴様!!500ポンドも出しているのだぞ!」
「だからなんだい?貴方の依頼はそんな端金じゃ受ける気にはならない」
傍から見ればただの喧嘩だが、ここは訳が違う。ここは魔術社会でも有名ななんでも屋【ラウンダルイズ】ここに集う魔術師はみな何かに困ったもの達ばかりだ。だが、なんでも屋と言ってもこの喧嘩のように全てを引き受けてくれる訳では無い。
ここの店主"ルイス・フォスター"は、依頼に見合った対価が支払われないと引き受けてはくれないのだ。しかし何も彼は難しい事を要求している訳では無い、"依頼内容の見合った対価"が欲しいだけだ。つまりは、金でなくとも魔術社会において希少価値の物でも血でも髪でも平気ということだ。
だが残念なことに、ルイスの所へやってくる客はどいつこいつも研究に失敗した後始末などを願いにやってくる三流どころか五流レベルの魔術師ばかり、こんな簡単なことにも気づかない阿呆が来るというわけだ。そんななんでも屋の物語は今日も繰り広げられている。
「別に僕は金が欲しいとは言っていない、貴方の依頼に見合うものならなんでもいいのさ」
「ならどうすればいいのだ!たかがこの腕1本治すごときで何が必要と言う!」
「ふむ、貴方のその腕は自業自得だと言うのにそれを他人に治させ更には低賃金?笑えるなぁ!だがまぁ、そうだな。本気で治したいようだから、いいだろう!550ポンドだ、それで受けてやるさ」
「ッチ!金を上げやがって!まぁいい、治せるのならな」
「おっと、金は先に払ってくれ。この契約書にサイン、それから今日中に金を支払うこと。いいな?」
「…………クソッこんなことにならなければ、こんなクソガキと契約する必要もなかったと言うのに」
目の前の男、名前を【ゴルド・ブラウン】というらしい。ふむ、ブラウンか平凡単純な苗字だが魔術師となれば話は別だ。ブラウン家は有名な土地魔術の家系、土地に関することならブラウン家ってくらいにはな。だが、こいつの腕は呪いに塗れている……何をしたらそんなに恨まれるのか気になるな。
バタンッ
でかい音を鳴らしてゴルドが出ていった扉を見つめながらルイスため息を零した。実の所言い合いはかれこれ1時間半はしているのだ、当然の疲労だろう。
だが、彼もこんな仕事を1人でこなしているわけではない。というか、ズボラ、惰性という言葉が似合うこの男にできるわけがないのだ。勿論、この男を手伝う素晴らしい助手がいる名前を【クロエ】という。クロエはルイスに拾われた竜種と人間の混血児だ。
「お疲れ様でした、引き受けたのですからしっかりしてくださいね」
「わかっている。だがあの腕、そう簡単には呪いは解けそうにはないな。そうだろう?」
「えぇ、厳しいです。あれは最早呪いと言うよりは私怨に近いものかもしれません、現在に生きるものの私怨はどうにも出来ないですね。」
「だろうな。さて、引き受けたからには当然どうにかしないといけない訳だがどうしたものか。あれが本当に私怨ならば、送っている人間を特定しないといけない。」
ただの呪いならどうとでも出来た。魔術とは式をたてて結果を魔術を乗せて証明する現象のことだ、更に呪術とは古来より伝わるものの他に現代呪術と言って、対象に対して"対象をこうしたい"という結果に基づくようの式を組み立て、それを繋ぎ合わせるものもある。古来のものであれど現代であれど、魔術なのだから問題は無い。
しかし、今回は話が別だ。依頼人であるゴルドの腕は呪術でそうなった割には魔術的損傷が見られない。つまりは、呪術でそうなった訳では無いということだ。加えて、僕の固有魔術である感知の魔眼は魔力を始めとする物体や大気なんかを感知するものだが、僕の魔眼はゴルドの腕のナニカには反応しなかった。要するに、魔力が篭っていないただの私怨ということだろう。
「はぁ、私怨なら本当にどうしようもないな。」
「えぇ、私怨というのは呪術よりも遥かに恐ろしいですから。」
「クロエ、あの男に監視の鳥を付けたか?」
「はい、見ますか?」
「あぁ、見させてもらうよ」
クロエは僕の言葉に頷き、僕に手を差し出した。監視の鳥はクロエが生み出した魔術生物のため僕が干渉することはできない。だが、魔術生物の製作者と接触した状態で共有の呪文を唱えてもらえれば、製作者が見ている景色を見ることができる。
「“私の目はすべて見渡す、神座に真実を示せ”」
クロエがそう唱えると、僕の意識は監視の鳥の意識と繋がった。監視の鳥はどうやら街中の木の上にいるようで、苛立ちを含めた強い足取りで歩くゴルドをじっと見つめていた。相も変わらずゴルドの腕には、蠢くナニカがくっついていて気味が悪い。
先程こちらへ訪問しに来た時よりもナニカは強大なものになっていた。念が強くなったのか、はたまたゴルドの怒りに反応しているのか、定かではないが鳥肌が立つくらいにはおぞましい。クロエも流石に堪えたのか「うっ」という小さな呻き声をあげて、魔術を解いてしまった。
「ごめんなさい、ちょっと気分を害してしまったもので…。」
「いや、気にすることはないさ。それよりも問題は、あのに張り付いたものがさっきよりも恐ろしいものに変わりつつあることとだ。」
本来呪術というものは、呪いの加減を先に決めてその呪いの強さよって触媒などの犠牲にする者の量が決まる。つまりは、最初に決めた量以上の呪いを“追加”はできても“増加”はできないのだ。だが、先程見た通りアレの種類は変わらぬまま、そのものの脅威が増していた。あのままでは、ゴルドを殺すのもそう遠くはないだろう。
「はぁ、やはり受けるべきではなかったかな。」
「なぜです?前にもあのようなお客様はいましたでしょう?」
「まぁね、だけど今までの客は全員そいつ事態に非はなかったケースだ。だが残念なことに、あの態度からわかるが今回は非があるケースだ。あいつを助けることが、僕たちの利益ではなく社会の利益と考えたら…」
「微妙…ですね。」
「そうだ。」
もしゴルドが、魔術法律に反する罪を犯していたとして、その被害者の恨みがああなったのなら。ゴルドを助けた僕たちは、共犯者になってしまう。共犯者たちは、完璧に関与していない限りは魔術法律に反したことにならないが、僕のこの店【ラウンダルイス】に共犯者のレッテルが貼られてしまうのは避けたい。それに、まだ僕よりも生きることが出来るクロエに、枷を付けて生きさせるのは不本意だ。この店も、クロエも守らなくてはならない。だからこそ、早く見極めなくてはな。