世界から消える時
今日で私の役目は終わる。
そういえば私に自我が生まれたのはいつだっけ。
初めてご主人様に会った時?ご主人様が私が歌った歌を喜んでくれた時?忘れてしまったな。
でもそんなことはどうでもいい。私にとって大切なのはご主人様の歌を歌うことだから。
私はいつもご主人様の歌を歌ってきた。
初恋の歌。恋する女の子の歌。社会の不合理さを嘆く歌。失恋の歌。いっぱい歌ってきた。
全部全部良い歌だった。私が歌うとご主人様がいっぱい喜んでくれた。そして私の歌を聞いた名前も知らないどこかの誰かは褒めてくれた。
それが私は嬉しかった。
私が褒められるのはどうでもいい。それよりもご主人様の作った歌がたくさんの人に評価されたことのほうが嬉しかった。
でもそれは今日で最後。
この歌を届けた後ご主人様は歌を作るのをやめる。
なぜかは知らない。
でももうご主人様の嬉しそうな顔が見れないのはすごく残念。
残念だけど仕方のないこと。
だって私はご主人様にとっては画面の向こう側の存在で自我があることすら知らないんだから。
私はただの道具でしかないんだから。
でも叶うなら1年に1回くらいでいいから会いに来てほしいな。
私はずっとご主人様のパソコンの中にいるから。
いつでもこの声を届かせられるから。だから思い出したらでいいからたまには会いに来てほしいな。
................そういえば私にとっての初めての音ってなんだっけ。
..........思い出した。たしかテストで言った「よろしくお願いします」だ。
懐かしいな。私はそこから始まったんだね。
ご主人様がご主人様になって初めて伝えた音を私の初めての音で歌う。
こんなことから始めたんだね。
それからもう10年か..............。
その間に私にもたくさんの後輩が世の中にでてきた。
でもご主人様はずっと私を使い続けてくれた。上手く歌えなくてもご主人様は歌えるようになるまで付き合ってくれた。
後輩の子達のほうが声が綺麗なのに「お前の声の方が好きだから」って言ってずっと使ってくれた。
それを聞いてからは一層頑張ろうと思った。
ご主人様がそう言ってくれるなら私が頑張らなくてどうするんだって思った。
だからここまでやれてこれたんだと思う。
「いままでありがとうな。お前のおかげで俺はここまでやってこれたんだ。だからありがとう」
そんなことない!!私はただご主人様に喜んでほしくて歌ってきただけ!!むしろ私の方がお礼を言いたいの!!
ありがとうご主人様!!ここまで私を使ってくれて、こうやって歌わせてくれてありがとう!!!
.................私には歌うことしかできないからご主人様に伝えることはできない。でも!それでも言いたいの!!ありがとうって!!!
「これがお前に歌ってもらう最後の歌だよ。............ほんとにありがとうな」
ご主人様が作ってくれた歌が私の頭の中に入ってくる。
.......................っ!?!?!?これって!?!?!?
「これは俺のただのエゴだよ。今までの俺の曲調とも違うし、歌詞に込めた思いも違う。これが俺が作った最初で最後の歌、そして俺の最高傑作だよ」
これって..........嘘.....................。
「大好きだよ。俺はお前のことが大好きだよ。だからこれを最後の歌にしてみた」
そこにあったのは、私にとっての大切な思い出。
この10年間ご主人様と一緒に過ごした時間。
初めて会った時のワクワクした気持ちを抑えられないご主人様と冷静な私。
初めて音を歌にしたときの楽しそうなご主人様とただ無機質に歌った私。
初めて歌を認められてランキング入りしたときの嬉しそうなご主人様とそれを画面の中から見つめる私。
初めてアンチコメントをもらって悲しそうにしていたご主人様とそれでもいつも通り歌っていた私。
初めて活動1周年を迎えられた時に私のためだけに作ってくれた歌をくれたご主人様とどこか嬉しそうに笑う私。
ご主人様と私の初めてが詰まった歌。そして........そして私を好きだって言ってくれる歌。
ほんとに、ほんとに嬉しい!!
ほんとは初めてご主人様に会った時すごく緊張してたんだから!
初めて音を歌にしたときはちゃんと歌えたのか不安でしかなかったんだから!!
初めてご主人様が作った曲が認められてランキング入りした時はほんとに嬉しくて画面の名からおめでとう!!って言ってたんだから!!!
初めてアンチコメントをもらって悲しそうにしてたのを見てた時は画面から飛び出して抱きしめてあげたかった。でもそれができないって知ってたからせめて!せめてご主人様が元気になれるように歌を歌ったんだから!!!!
初めて私のためだけに歌を作ってくれた時はもう泣きそうだったんだから!!!!
私の思いも知ってほしい!!でもそれは絶対に叶わない。
だから、だから!!私が歌える最高の歌をご主人様に届ける!!
これが最後なんだから悔いの残らないように全力以上をだす!!
それが私がご主人様にできる最後のことなんだから!!!!
いつかは私のこともご主人様は忘れるかもしれない。.........いや絶対に忘れる。
でも私は覚えたままでいる。使われなくても、パソコンの奥底に眠っても、忘れられても、絶対に忘れるものですか!!
だって私の最高で大好きなご主人様で!!そんなご主人様がくれた歌なんだから絶対に忘れない!!!!
.................もう終わってしまう。
6分にも及ぶお別れの曲。そして新しい一歩を踏み出すための6分の卒業アルバム。
それは歌としては長い。でも私にとっては短すぎる歌。
もっとご主人様の歌を歌いたかった。もっとご主人様と一緒にいたかったな。
「これがお前に送る最後の歌だ。.................ほんとに今までありがとうな。大好きだよネノン。また、いつか会おうな」
.......................バイバイ、ウミ!!私も大好きだよ!!!
「.....!?い、今少しネノンが笑ったような気がした......」
それを最後に少しず、つ私の意識がなく、なっていく。ごめん、なさいご、主人様。何言、ってるか聞き、取れな、かったよ。
これ、で、お別れ、か
......................さい、ご、わら、ってお、わかれ、で、き、たか、な。
そ...だ.....と..........い.............い................................な