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目が覚めて


 目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。

 クリーム色の天井と、風をうけて僅かに膨らむ白いカーテン。ふわりと漂うのは、私の好きなジャスミンの香り。

 窓から見える空は暗い。どうやら、もう日も暮れているらしい。


(……私、いつの間に帰ったの……?)


 ここは、寮にある自室だった。帰った覚えもないというのに、なぜか私は侍女の制服姿のまま、ベッドでぐーすか寝ていたようなのだ。

 

 私は意識を手放す前の記憶を手繰り寄せた。

 確か、今日もシェリル様達から仕事を言いつけられて、それを必死でこなしていたことは覚えている。けれどそれが無理難題であると分かると、急に彼女達に従うことが馬鹿馬鹿しくなってしまって。糸がプツリと切れたように疲れがどっと押し寄せて、私は中庭で動けなくなっていた。そうしたら、ローランド様がやって来て、不意打ちの優しさに私は泣いて、それで――


「――嘘!!」


 私はガバリと起き上がった。

 どんどん記憶が鮮明になってゆく。あれが嘘や幻であってほしいと心から願うけれど、残念なことにどれも現実であるらしい。

 私はたしかローランド様の前で泣いてしまって、そして彼はそんな私を抱きかかえた。それだけでも有り得ないのに、疲労感からなのか、わたしは腕の中で眠ってしまったようなのだ。


「嘘、嘘……」


 頭を抱えた。いくら疲れていたとはいえ、あのローランド様に運ばれたうえ呑気に熟睡するなんて……神経を疑う。

 そんな図々しい女は誰だ。私だ……

  

「目が覚めたか」


 そこへ、キイとドアが開いたと思うと、ローランド様が姿を現した。腕まくりをした彼が持ってきたのは、ドライフルーツ入りの小さなパンと温かいミルク。簡単な軽食である。


「ローランド様……!」

「寮長に言って、用意してもらった。食べられるか」


 彼はパンの乗ったトレーをテーブルへと置いた。そしてベッドサイドにあるスツールへ腰掛けると、その長い足を組んで私に向き合う。

 

 私はひとまず固まっていた。

 不思議だ。自分の部屋に、あのローランド様が座っている。現実感が無さすぎるけれど、とりあえずこれは現実だ。泣いたことも、抱きかかえられたことも、そのまま寝てしまったことも――現実に他ならない。


「ローランド様。申し訳ありませんでした」

「なぜ謝る」

「その……ここまで運んでいただいて、重かったでしょう……」


 普通体型である私に較べ、ローランド様は恐ろしく細身なのだ。まずそこが心配だった。

 あの細い身体のどこに、そんな力があったのか。先日はドレスを運んで頂いたが、あのようなものとは比べ物にならないほど、私の身体は重かったのではないだろうか。中庭から女子寮までは、遠くはないが近くもない。一度抱えあげたら下ろすわけにもいかないだろうから、あのまま運んで下さったに違いない。


「大丈夫だ、問題ない」

「でも、結構な距離もあったと思うのですよ……」

「気にするな。君は気にし過ぎだ」

「気にしますよ! おまけにそのまま寝てしまって」


 私は知っている。寝てしまった人間を安全に抱えることが、どれだけ大変なものなのか。

 領地では甥の面倒を見たことがあったのだが、子供は抱いているうちに寝てしまっていた。そして何故だか分からないのだが、意識の無い人間は普段の数倍重く感じるのだ。脱力した身体を支えるのもひと苦労で、移動するとなると相当の気を遣う。だから……


 状況を想像するだけでも、申し訳なさでいっぱいになってくる。けれどローランド様はもう一度「気にするな」と私を諭すと、パンの乗ったトレイを差し出した。


「それだけ、君は疲れていたということだろう」

「ですが」

「腹も減っていたようだ。さあ、食べるといい」

「わっ……!」


 ぐちゃぐちゃと凹む私の口に、ローランド様はパンをそのまま突っ込んだ。ふわふわとしたパンに混ぜこまれたドライフルーツの香りが、私の食欲を刺激する。

 

 突き返すのも違う気がして、私は素直にそのパンを受け取ると、一口かじることにした。


「美味しい……」

「そうだろう。もっと食べろ」

 

 寮長特製の、フルーツパンだ。噛むたびに爽やかなフルーツの甘さが口いっぱいに広がって、すぐ次の一口が欲しくなる。

 ローランド様の前ということも忘れ、私はあと一口、もう一口……とフルーツパンを食べていく。すると、あっという間に手元には何も無くなってしまった。


(あー、美味しかった……)


 パンはとっても美味しかった。

 けれど、我に返るのが遅かった。

 私はまた()()を間違えた。隣では、ローランド様がククク……と声を殺して笑っている。


「よっぽど美味かったようだ」

「――調子に乗って申し訳ありませんでした」

「いや、いい。いいものを見た」


 トレイにはまだパンが乗せられていて。「もっと食べるか」とローランド様からパンを口元へと差し出されるけれど、私は丁重にお断りした。


「結構です。自分で食べます」

「そうか。ではまた今度」


 そう言って軽く笑うローランド様に少しだけ、嫌な予感がする。これも絵に描かれなければ良いのだが。

 私はムキになって、二個目のパンを手にとった。そして自らの手でパンをちぎり、小さくしてから口へと運ぶ。

 ローランド様はそんな私の姿を見届けると、安心したように席を立った。どうやら、そろそろ帰るらしい。


「食欲もあるようで良かった。心配していたんだ。君はこのところ食堂に姿を見せなかっただろう」

「はい……忙しかったので、ついつい昼を抜くことも多くて」

「それでは力が出なくて当然だ。ずっと腹が鳴っていたぞ」


 よかったよかったとでも言うように、ローランド様はやさしく微笑んで部屋を去ろうとする。

 けれど私は凍りついた。ローランド様が何気なく吐いた爆弾発言によって。


「待ってください。ずっと、って……?」

「ああ。君は寝ている間、ずっと腹が鳴っていた」

「寝ている間ずっと!?」 


 寝ている間ずっと、という事は。抱きかかえられている間にもきっと、ぐうぐう鳴らしていたことだろう。 

 ああ……羞恥で死んでしまいそう。

 

 既に、ローランド様の前では数々の痴態を晒してしまっている。彼にしてみれば、今更モデルがお腹を鳴らしていたとしても、何も思うことは無いだろう。

 けれどこれは、侍女として男爵令嬢として、あまりにも……


「……お願いですローランド様。秘密にしてくださいませんか」

「何をだ」

「その、お腹を……」

「君の腹が鳴っていたことか」


 私は全身を真っ赤にして、こくこくと全力で頷いた。言葉にするのも恥ずかしいが、なんとしてでも口止めしたい。令嬢の端くれとして、僅かばかり残されていたメンツがかかっているのだ。

 

 私が、あまりにも必死の形相をしていたようで。


「ああ、二人だけの秘密だ」 

 

 気持ちを汲んで下さったのか、ローランド様は笑いながらも軽く頷いた。


 

 

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