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不意打ちの優しさ


 今日も私は、当たり前のように王宮を走り回る。

 シェリル様達の指示をうけながら。


『覚えてなさいよ』


 あの日から、彼女達の態度は更に厳しいものとなり、指示は日々エスカレートした。

 朝から庭園の草を抜いて、ゴミを捨てて、部屋という部屋を掃除して、重い本の運搬をして――みるみるうちに私の体力は削がれていった。


 それでも、ひとつひとつ片付けていけば、仕事は終わる。ひとつ終わらせたら次、次を終わらせたらその次へと、私は頑張っていた……つもりだった。


(次は――『花瓶の花をすべて換えておきなさい』だったかしら? え……すべて!?)

 すべて。それは、王宮に点在する花瓶『すべて』ということなのだろうか。

 だとしたら、それは無理難題である。この広大な王宮には無数の花が飾られており、全て回るだけでも一日では足りないだろう。そもそも、突然膨大な量の花を用意するなんて不可能に決まっているし、飾る場所によって好まれる花も様々なはずで。

 つまり私の一存では出来るはずがないことを分かっていて、彼女達は無茶ぶりを楽しんでいるのだった。もう、これは――


「めんどくさ……」


 ついに心の声が出た。

 馬鹿馬鹿しすぎて、急にやる気が失せてしまった。

 そもそも、なぜシェリル様達から命ぜられなくてはならないのだろう。先輩といえど、そんな権限は無いはずで。私はマルガレーテ様のお側仕えであり、仕事だってマルガレーテ様の監視下のもと決められる。馬鹿正直に、先輩侍女達に従う義務もなかったのに。


『君も疑問を持て』


 ローランド様に言われた言葉が、流されてばかりだった私に突き刺さる。

 疑問を持ってしまえば、もうそれまでのように従順で居続けることは出来なかった。

 

 私は、その日初めての休憩をとった。初めての、先輩達への反抗だった。目の前に積み上がった仕事に気を取られて、昼食も食べていなかったことにやっと気がついたのだ。

(空が青い……)

 青空の下、皆が行き来する中庭で、ぐーぐーとお腹が鳴る。

 

 だめだ、お腹が空いて力が出ない。なぜこんなにも空腹で動き回っていられたのだろう。空腹を意識すればするほど、どんどん力は抜けてゆく。

 なにか食べたほうが良いとわかっていても、こんな時間外れに食堂は営業していない。要するに、休憩したとしてもここでは食事のあてがない。一度、寮へ戻ろうか。寮長さんに無理を言えば、なにか分けてもらえるかも知れない。

(そうだ、そうしよう……)

 私は力無くまぶたを閉じた。空腹とともに、疲労感もどっと押し寄せる。連日のように無理をしたツケが回ったのかもしれない。動こうと思うのに、立つこともできなくて――



「ソニア?」


 目を閉じたまま座り込んでいると、頭上から名を呼ばれた。


「……ローランド様?」

「君……一体どうした……!」


 薄く目を開けると、眩しい光を背に、ローランド様が立っていた。どうやら私を心配してくれているようで、その美しい顔が気遣わしげに歪んでいる。


「ローランド様こそ、こんな所でどうされたのです? あ、そうか。また私の観察を――」

「俺の質問に答えろ。具合が悪そうだが」

「大丈夫です。少し休憩しているだけですので」

「なにが大丈夫だ、顔が青すぎる。それにその手は」

「手?」


 ローランド様に言われるがまま、自分の手に目を落とす。

 私は、久しぶりに自分の手を意識して愕然とした。

 ついこの間ローランド様から『美しい』と言われた手は、見るも無惨な荒れ方をしていた。爪は輝きを失い、所々に傷ができてしまっている。せっかくマルガレーテ様に手入れしてもらったのに、駄目になるのはなんと呆気ないことだろう。


「こ、これは、仕事をしていたら……」

「あんなに綺麗な手をしていたのに」

「う……っ」

 

 駄目だ。ぼろぼろの手が引き金となって、見ているだけで泣けてきた。

 いつもなら、こんなことで泣いたりなんてしないのに。


「ソニア!?」

「……すみません。泣いたりして」


 涙が出る理由はわかっている。疲れていて辛いからでも、お腹が空いていて悲しいからでもない。

 ローランド様の、心配そうな顔のせい。

 

 不意打ちの優しさは、涙腺を刺激する。

 私は、心配してもらえたことが嬉しかった。こんなにも手がぼろぼろになるまで頑張った自分を見てもらえて、張り詰めていた心が溶けてしまったのだ。

 涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を、ローランド様は眉間を寄せたまま見下ろしている。困らせたくはないのに――


「……失礼する」

「え?」

「君は今すぐ休むべきだ」

「きゃあ!!」


 彼は断りを入れたかと思うと、いきなり私を抱え上げた。決して華奢な部類ではない私を、ローランド様は軽々と抱き上げる。


「お、おろして下さい! 自分で歩けます!」

「いや、駄目だ。君はきっと歩けないほど疲れている」

「なんで……」


 なんでそんなこと、ローランド様に分かるのだろう……と思ったけれど。

 ローランド様だからこそ分かるのだ。ずっと、誰よりも私のことを観察していたのだから。


 その安心感に抗えなくて、私は彼の腕に身を委ねた。

 ふわふわと揺れる腕の中で、意識は次第に遠のいていったのだった。

 

誤字報告ありがとうございました!!

反映させていただきました。

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