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記録される私


「そういえば、ソニア君どうしたの? ローランドになにか用があったんじゃないの?」


 甘いコーヒーの味に少し慣れ、会話も途切れた時だった。ローランド様とペドロ様のペースに流されていた私は、やっとアトリエを訪れた目的を思い出したのだ。


「そうです! 私、ローランド様に絵を見せていただきたくてお邪魔したのです」

「俺の絵を?」

「もう観察されて一週間になります。私がどう描かれているのか、気になりまして」


 絵を見せてもらうくらい当然の権利だと、強気で乗り込んだつもりだった。

 しかし彼らを前にすれば、不思議と及び腰になってしまう。それほど無茶な要求をしているつもりは無いけれど、なんとなく図々しい気もしてきて……私の声は分かりやすく小さくなっていった。


「あ、無理なら構わないのです。完成されるまで待ちますので……」

「君の絵ならあるぞ」

「えっ?」

「まだ制作に取り掛かってはいないが、人物画を練習したデッサンなら」

 

 そう言うとローランド様は立ち上がり、スタスタとアトリエへ行ってしまった。絵を取りに行ったのだろうが……まさか本当に見せてもらえるなんて。

 

「ローランドの人物画かあ。じつは僕も久しぶりなんだ。楽しみだね」

「は、はい」


『久しぶり』ということは、ペドロ様はローランド様の人物画を見たことがあるというのだろうか。

 彼は、機嫌よく三杯目のコーヒーを注いでいる。「ソニア君もどう?」とおかわりを勧められたけれど、まだ私のカップには一杯目のコーヒーがなみなみと残っていた。せっかくだが丁重にお断りをして、ローランド様の帰りを待つ。


「ソニア君は、ローランドの絵を見たことある?」

「はい、それはもう毎日のように。メインホールからのギャラリーに飾られていますよね」

「そうだよ。あれを十五歳のときに描いたんだから、天才だよね」


 私も、あの絵を一目見て同じことを思ったのだ。宮廷画家であるペドロ様から見ても、ローランド様は『天才』であるらしい。


「あの絵、ソニア君はどう思った?」

「えっ……すごい絵だと思いました」

「どういうところが、『すごい』って思ったの?」


 どう、と言われても……絵画ど素人の私からみれば、ただただ『すごい』『綺麗』と思っただけで。まるでこの目でパルマ山脈の朝焼けを見たような錯覚にさせられる、素晴らしい絵であった。

 ひとつだけハッキリと言えるのは、彼が気にしていたように『心が無い』とは到底思えないということである。私の心は、じゅうぶんに掴まれたのだから。


「朝焼けの感動が、素人の私にも伝わってくる素晴らしい絵です。一目見て惹かれました」

「……それ、ローランドに伝えたら喜ぶよー。絵には相性があるからね。彼の絵を批判している評論家なんて、ただ単に好みが合わなかっただけさ」


 私がローランド様の絵を絶賛すると、ペドロ様はまるで自分の事のように喜んだ。目尻を下げて私の感想にうんうんと頷くので、私までなんだか嬉しくなってくる。



 そうこうしているうちに、ローランド様が休憩室へと戻ってきた。手には数枚の紙。私をデッサンしたものだろう、いよいよ目にすることができると思うと期待が高まる。


「これだ」

「あ、ありがとうございます! 拝見します」


 私とペドロ様は、ローランド様から手渡された紙を、わくわくと覗き込んだ。楽しみにしていた、彼の人物画。しかしそこに描かれていたものは……


「……これは、手、でしょうか」

「そうだ」

「もしかして、私の手ですか」

「ソニアの絵だと言っただろう。君を観察して描いた、君の手だ」


 白い紙に描かれていたものは、どう見ても私の手だった。

 組まれた手。スプーンを持つ手。荷物を持つ手。ローランド様は私を観察したうえで、様々な手をデッサンとして残していた。


「えー、ローランド。なんで手だけなの?」

「一応、立ち絵も描いてある。二枚目だ」


 ローランド様に促され、私たちはペらりと紙をめくった。


 (わあ……!)


 二枚目の紙には、たしかに遠目から見た立ち姿が描かれている。一枚目の手と同じく写実的に描かれた侍女姿の私は、想像のみで描いたとは思えないほど私そっくりだった。


「す、すごいです、ローランド様……」

「だが、それは君では無い」

「え?」

「君はそんな人間じゃない」


 ローランド様は二枚目の紙を私達から奪い取ると、クシャクシャと丸めて捨ててしまった。


「ローランド~。何するの、もったいないなあ」

「見たいと言うから見せただけだ。もともと捨てる予定だった」


 彼的には気に入らない出来上がりであったらしい。あんなにきれいで、そっくりだったのに。


「あの立ち絵は、生きていない」

「ええ……絵ですよ? そんな無茶な」

「手のデッサンは、比較的うまくいった。いきいきと描けていると思わないか」


 私達は再び手のデッサンに目をうつす。たしかにスプーンを持つ手など、今にも動き出しそうで……


「それはソニアがシチューを食べている時の手だ」

「あの時の!?」

「シチューを食べたくてたまらない様子が伝わってくるだろう」


 まさか……手といえど、私の食事姿を描かれるなんて。しかもよりによって、おかわりしたあの日の。

 ローランド様を恨みがましく睨んでしまうが、彼はそんな私のことなど気にもせず、自信満々に語り続ける。


「まさか、この荷物を持つ手も」

「ああ、これは君がうっかり荷物を落とした日の手だ。眠気と闘っている君のまどろみが、うまく描けたように思う」


 顔を真っ赤にして憤慨する私の隣で、ペドロ様がお腹を抱えて笑っている。なんてくやしい。笑いごとではないのだ、私にとっては。


「やめてください! なぜこんな恥ずかしい場面ばかり描くのですか!」

「何を怒っているんだソニア。決して恥ずかしくなど無い。俺は君の人間らしい仕草を切り取っただけだ」

「私は恥ずかしいんです!」


 おかわりや居眠りを目撃されていただけでも恥ずかしいというのに、デッサンとして残されるなんて論外だ。しかもさすがにやたらと上手くて、爪のかたちや肌の質感まで、まさしく私の手そのものと言い逃れできないリアルさで。


「もっと他にもあったでしょう。真剣な仕事姿とか、給仕する姿とか……」

「それではつまらない。君らしさが消えてしまう」


 この人はどうしてこうも私を馬鹿にするのが上手いのだろう。要するに真剣に仕事する私や真面目顔で給仕する私は、私らしくないらしい。

 あまりにも腹が立ったので、これ以上は付き合いきれない……と私は決めた。観察されるのも、恥ずかしい私を描かれるのもこりごりだ。

 

「ローランド様、やっぱり私、モデルはちょっと……」

「人物画としてはまだまだだが、手は上手くかけた。ありがとうソニア、君のおかげだ」


 彼は私の話も聞かず、悪びれることもなく微笑みを浮かべた。その顔は満足げで、純粋に感謝している様子だ。


 (うっ……)

 ローランド様にこんな顔をされたら断りにくい。でもここできっぱり断らないと、私の痴態デッサンがどんどん増えていくことになる。


「私、恥ずかしい姿ばかり晒せません。ですから、もう……」

「君にモデルを頼んで正解だった。このまま練習すれば、人物画も描けるようになる気がするよ」


 ローランド様はダメ押しのように私を持ち上げる。


 はっきりと断れない。流されやすい私の悪いところだ。わたしはぐぬぬと唇を噛みしめた。


 「そうなんだってさ、ソニア君。ボクもローランドの人物画、楽しみだなあー」


 隣から、ペドロ様が追い打ちをかけるように視線を送ってくる。ローランド様もペドロ様も、非常に良い笑顔で私を待つ。


「……私も、ローランド様の人物画は楽しみです」


 だめだ。負けてしまった。ローランド様の人物画が楽しみなのは、本当のことであったから。圧に弱い私は、こうなったら首を縦に振ることしかできないのだ。


 これからも私の姿は記録され続ける。

 痴態を切り取る天才である、ローランドさまの手によって。

 

 

誤字報告、ありがとうございました。

助かりました!

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