君を描きたい、これからも
数ヶ月後――王宮の大広間では、マルガレーテ様が十六歳になる誕生日パーティーが開かれていた。
「マルガレーテ様。お誕生日おめでとうございます」
「あら、ありがとう二人とも」
本日の主役であるマルガレーテ様は、いつもとは違い、少し大人びた赤いドレスを着こなされていた。ひとつ大人の階段を上ったマルガレーテ様にぴったりの装いだ。
こういったパーティーの際、必ずマルガレーテ様のお供をされていたシェリル様の姿は見当たらない。彼女は謹慎処分後、急に王宮を去ってしまったとの事だった。風の噂では、領地で縁談を受けたらしい。
マルガレーテ様曰く、シェリル様もシェリル様なりの恋をしていたのだという。私には、それ以上伺うことは出来なかった。
「マルガレーテ様、とてもお美しいです。バラのような赤がマルガレーテ様によくお似合いです」
「あなたも素敵よソニア。ドレス姿なんて初めて見たわ」
「あ、ありがとうございます」
私も今日だけは地味な侍女服を着替え、落ち着いたイエローのドレスで着飾っていた。ローランド様のパートナーとして、このパーティーへ参加するためである。慣れていないため、褒められると少し気恥ずかしい。
マルガレーテ様は私のドレス姿を眺めたあと、隣に立つローランド様をニマニマと見上げた。
「ローランドも、パーティーなんて絶対に参加しない人だったのに。よっぽどソニアのドレス姿が見たかったのね」
「そうですね。本日はパーティーより、そちらが楽しみで参りました」
「あら正直ね! 私とソニア、どちらが主役なんだか分からないわ」
クスクスと満足気に笑いながら、今日の『主役』であるマルガレーテ様は忙しなく席を立った。どうやら直々に挨拶回りへ行かれるらしい。
「そうだわ、ローランド。素敵な誕生日プレゼントをどうもありがとう」
「いえ。喜んでいただけて何よりです」
「じゃあね、二人もパーティーを楽しんで」
ひらひらと手を振るマルガレーテ様の後ろ姿を見送ると、私はローランド様をギロリと睨んだ。
「なぜ睨む?」
「――お誕生日の席で、なんてことを仰るのですか!」
「なんのことだ」
「先程のことです。パーティーより、だなんて……マルガレーテ様だから笑って許されたものの、あのように失礼なこと本来なら許されません」
「マルガレーテ様相手の場合は、ああ答えるのが正解だろう」
ローランド様が暴論を平然と言ってのけるので、私は空いた口が塞がらない。
(マルガレーテ様相手の場合は――確かに、そうかもしれないけど……!)
一ヶ月の謹慎後、私達はマルガレーテ様へ報告した。なんだかんだあったものの、無事に丸く収まった、つまり恋人同士になったことを。
それを聞いたマルガレーテ様は、目の色を変えた。
どちらから告白したのか、お互いのどこが好きなのか、婚約はしないのか、結婚式はいつなのか。怒涛の質問攻めは私達が怯んでしまうほどの勢いで、祝福してくれている……というよりは、本当に恋愛への興味がお有りなのだなと思わせられた。
ことさら、恋愛というものを知ったローランド様に大変興奮されているようで、『ありのままを聞かせてちょうだい!』と日頃から口酸っぱく言いつけられている。正直とても恥ずかしい。
「マルガレーテ様がお望みでも、あまりに失礼では」
「しかし本心だからな。ここへはご褒美があるから来た。それだけだ」
「ご褒美?」
「君のドレス姿だ」
「な……何を……!」
真っ赤になる私を見下ろし、ローランド様は嬉しそうに微笑んだ。彼は私のドレス姿を心から楽しみにしていてくれたらしい。蕩けた瞳がくすぐったい。
頭からつま先までローランド様の視線が刺さるようで、恥ずかしさは最高潮に達した。
「ま、まだ、見ますか」
「見るのを我慢しろというほうが無理じゃないか」
「……たまには我慢なさってはいかがでしょう」
「せっかく君のドレス姿、見なければ勿体ない――そうだ、その姿を残さなければ。ソニア、お願いだ」
「えぇ……」
ローランド様は名案だというように、私へ手を差し出した。行き先は分かっている。いつもの、ローランド様達のアトリエだ。
お願いだと言われたら、ローランド様に弱い私は断れない。仕方なく彼の手を取ると、手を引かれるがままに私達は大広間を後にした。
大広間のざわめきが遠のいて、薄明かりの廊下はとても静かだ。二人の靴音だけが廊下に響く。
途中、ギャラリーを通りかかると、真新しい絵が飾られてあった。今日飾られたばかりのローランド様の絵である。
ピンクの薔薇に囲まれた愛らしい少女。
マルガレーテ様の肖像画だ。
「――良い場所に飾っていただけましたね」
「ああ、御本人も喜んで下さっていて安心した」
「もちろんです。マルガレーテ様も、出来上がりをずっと楽しみにされていたのですよ」
ローランド様は、また少しずつ人物画を描き始めた。
本当に、少しずつではあるのだが。やはり意識に根深いものはあるものの、人を描くことへの抵抗感は随分薄れたのではないだろうか……と彼の側で感じている。
私以外にも、ペドロ様やマルガレーテ様など、協力者を積極的に描くようになったのだ。時々、モデルとなった彼らのことを異常なまでに心配しながら。
そして先日、ようやく完成させたのが、マルガレーテ様の肖像画だった。
ローランド様が国王より依頼された『人物画』は、マルガレーテ様の肖像画として無事献上された。するとこれがまた娘を溺愛する王に大絶賛され、マルガレーテ様への誕生日プレゼントとしてお披露目されたのである。
「良かったです……本当に、良かったです」
「やっと、肩の荷が下りた」
「そうですね。これで私も、観察される毎日に終わりを迎えられるでしょうか」
「そう思うか?」
そう思うか、と聞かれて、私は今までの記憶を手繰り寄せながら思案した。
異常なまでに心配性なローランド様。私のドレス姿を見るやいなや、我慢出来ずにアトリエへと手を引く愛すべき人。
この生活が、終りを迎えるはずがない。
「……思いませんね」
「ソニアが嫌なら、見ないよう我慢する努力はするが、約束はできない」
「嫌なわけありません、ただ……」
私にはひとつだけ、文句を言いたいことがある。
「恥ずかしい姿を描くのは、やめて下さい」
「なんだそれは」
「ローランド様が『君らしい』と仰る私の姿です。もっと真面目な私を……」
「それも約束はできないな」
ローランド様はとても良い笑顔で、私の訴えを却下した。
しかし、依然として食べる姿や慌てる姿などを描かれている私は、恥ずかしくてたまらなかった。彼のスケッチには、『ありのまま』と言われる私の恥ずかしい姿が溜まっていく一方なのである。喜ばしいことではあるが、誰かに見られてはたまらない。
「あれは恥ずかしくなど無い。すべて君らしい」
「私は恥ずかしいんですよ。もし誰かに見られたりしたら――」
「誰にも見せない。俺だけのものだから」
「わっ……!」
そう言って、ローランド様は突然私を抱き上げた。
くるくると回ってみたり、髪に顔を埋めたりと、彼にしては珍しくはしゃいでいる。パーティーの空気に触れたからだろうか、それとも人物画の依頼から開放されたせいだろうか。
「俺は、これからも君を描きたい」
そのまま軽く口付けされると、たちまち甘いものが胸に広がる。私達は合図のように視線を絡ませ――もう一度、ゆっくりと優しい口付けを交わした。
「覚悟しろと、言っただろう?」
「……はい、その通りです」
「そばにいてくれ。これからも」
ローランド様によって繰り返される口付けに溺れながら、私はアトリエへ思いを馳せた。
大量のデッサン。私の姿は、日に日に積み重なってゆく。
描かれることは恥ずかしいけれど、本当はとっくに嫌じゃない。きっと、これからも何枚と――
「……では、綺麗に描いてくださいね」
「当然だ」
これからも私の痴態は切り取られる。
最愛なるローランド様の手によって。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!




