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待ち構えていたのは


 ガタゴトと軋む馬車を乗り継ぎ、田舎道を歩くこと数分。やっとフォルネル男爵家が見えてきた。後ろには、燦々と輝くパルマ山が私を見下ろしている。


 顔見知りだらけのこの地では、住民とすれ違えば皆「久しぶり」と手を振ってくれる。

 今日は道中で、すでにフルーツやらワインやら、色々とおすそ分けまでいただいてしまった。おかげで両手は塞がって、もう限界を迎えそうだ。こんな時は少しだけ馬車のある生活が羨ましくなる。

 

 我がフォルネル男爵家には、馬車が無い。ゆえに、いつもこうして乗り合いの馬車を利用しては、てくてくと自分の足で帰宅する。

 それが我が家の当たり前だった。こういうものだと思ってしまえば不便を感じることも少ないのだが、侍女仲間には驚かれたものだ。「馬車も無いの!?」と、異文化に出会ったかのように。

 馬車があるに越したことはないけれど、無いものは仕方がない。両手の重みに住民からの好意を感じながら、私は舗装のない道をひたすら歩いた。

 

(連絡もしないで帰るなんて、皆を驚かせてしまうかしら) 

 私は一ヶ月の謹慎期間を利用して、フォルネル男爵邸へ向かっていた。今後について、両親と相談するためだ。

 帰ろうと心を決めて、乗り合い馬車へ飛び乗るまでわずか半日。もちろん、両親への連絡などしないまま。二年ぶりの娘を邪険にするはずもないだろうし、正直まぁなんとかなるだろうと思っての里帰りだ。

 

 フォルネル男爵家まで片道一週間の田舎道も、一ヶ月あれば余裕で往復できてしまう。

 せっかくなので、道中にある町にゆっくり滞在しながら十日ほどかけ、やっと今日到着した。おかげで旅行気分を味わうことができ、おおいに気分転換になったのは、マルガレーテ様には秘密だ。あと――

 

(……ローランド様にも、王宮に戻ったらちゃんと謝らなきゃね)

 先日は結局、ローランド様から何も返事をもらえないまま別れた。明らかに困らせていると分かっていて、あのまま引き止めることなど私には出来なかったのだ。

 

『描いてください』だなんて、よくもあんなことを言えたなあと思う。気持ちが昂っていたとはいえ、私が口にしたことはシェリル様達と然程変わらなくて。あれは、ローランド様が毛嫌いしていたモデルの押し売りそのものだったのではないだろうか。

 

 ローランド様が寮から去ったあと、私はひとり落ち込んだ。勢いにまかせた我儘、ローランド様の困惑。次はどんな顔をして会えば良いのか分からない。

 救いは、これが謹慎処分中であったことだ。私はこの一ヶ月間に感謝した。謹慎中は王宮に行かなくて済む……つまり、ローランド様とも顔を合わさずに済むのである。

 今は気まずくてたまらないけれど、一ヶ月もすればそれもいくらかマシにはなっているだろう。


(王宮に帰ったら、ちゃんと謝ろう。突然我儘を言って困らせたこと、あと、謹慎処分のことで心配をかけたこと……)

 そう心に決めて、屋敷まであと少しというところまで辿り着いた時。 

 

 

 

「ソニアさまーっ」


 屋敷の門扉から、我が家唯一のメイド、リリアンの元気な声が聞こえた。そばかすが可愛らしい彼女は、料理上手で掃除上手な頼れる人。家族同然の存在だ。

 今回の里帰りは連絡も入れてなかったはずなのに、どうしてリリアンの出迎えがあるのだろう。私とすれ違った住民から、目撃情報でも入ったのだろうか。


 彼女はバタバタと私に駆け寄ると、息を切らしたまま私の荷物を引き取ってくれる。


「リリアン、ただいま。帰ってきちゃった」

「はあ、はあ……お帰りなさいませソニアさま」

「知らせてもいなかったのに、よく分かったわね。出迎えてくれるなんて嬉しいわ」

「分かるもなにも……ソニア様のお帰りを、今か今かとお待ちしていたのですよ!」

「え?」 

  

 よくよく見てみれば、リリアンは全く笑っていなかった。

 旅行気分で能天気に帰ってきた私とは違って、ずっと緊張していたような、その緊張がやっと解けたような――リリアンはホッとしたのか、私の荷物を抱えたまま、ヘナヘナとしゃがみ込む。


「リリアン? どうしちゃったの?」

「良かった……ソニア様が無事で」

「話が見えないわ? なぜ、私が帰ってくることを知っていたの?」


 私もリリアンの前にしゃがみ込んだ。

 安心したせいだろうか、彼女の目には涙がにじむ。両手が塞がっている彼女に代わって、私はリリアンの涙をそっと拭った。


「十日経っても到着されないので、事故か何かに巻き込まれたんじゃないかって、本当に……本当に、心配したのですよ! 皆、旦那様も奥様も、ローランド様だって」

「え……?」


 私は耳を疑った。


「ローランド様?」

「はい」

「ローランド様って、ローランド・スペルディア様?」

「そうですよ。ソニア様の方が、よくご存知でしょう」


 知っているもなにも……先日困らせたばかりの、まさにその人だ。謹慎中が幸いして一ヶ月の間は会わなくて済むと、気楽に構えていたのに。


「な、なぜ、ローランド様の名前が出てくるの?」

「知りませんよ! ソニア様が帰っているはずだからって訪ねていらっしゃったんです」

「だからなぜ……」

「知りませんって。けど、当然ソニア様なんて帰ってらっしゃらないから『これはおかしいぞ』と皆で気を揉んでおりまして」


 ローランド様は、私の里帰りをどこかで知ったようだった。私からは何も伝えていないのに。

 そしてはるばる王都から、ここフォルネル男爵家までいらっしゃった。私より到着が早かったということは、休憩もそこそこにまっすぐこちらへ向かわれたということになる。まさか、里帰りした私を追いかけるために?  しかし何故――?


「ど、どうしようリリアン」

「なにをおっしゃっているのです、早く会って差し上げませんと!」

「会うって、ずっとうちにいらっしゃるの!?」

「はい、ずっと。とても心配していらっしゃいますよ。さあ早く屋敷へ」

「だってまだ心の準備というものが――」



 

「ソニア!!」


 名前を呼ぶその声に、私は心臓ごと飛び跳ねた。

 

 リリアン越しの遥か向こうには、素朴な門扉に不釣合いの、輝く金髪に麗しい立ち姿。

 嘘みたいだ。けれどそこには、確かにローランド様が立っている。


「ロ、ローランド様」

「ソニア」

  

 ぐずぐずと往生際の悪い私は、この期に及んで逃げたくなってしまうけれど。走り寄るローランド様からは、とても逃げられそうにない。

 逃げたいと思っても、気まずくて仕方なくても、私の足は固まったまま動くことができなかった。

 だってローランド様のその顔が、今にも泣き出しそうだったから。


(なぜ、そんなに心配して下さるの……)

 

 私が性懲りも無く悩むうちに、ローランド様はあっという間にすぐそこまで近付いて。


「――無事でよかった」


 悪あがきを諦めた私は、ローランド様に大人しく捕まってしまった。 

 彼は安堵の表情を浮かべ、その胸に私を引き寄せると――そのまま、きつく抱きしめたのだった。

 

 

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