表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/27

私を描いて下さい


 昼下がりの女子寮は静かだった。

 それもそのはず、ここで暮らすのは、皆そろって王宮で働いている者達ばかり。日中は出払っていて当たり前で、寮の部屋は空っぽだ。残っているのは寮長と、謹慎処分を受けた私くらい。

 ……いや、違った。シェリル様も謹慎中だ。彼女は部屋で何をしているのだろうか。やけに静かではあるけれど。

 

「ソニアさん。下にお客様がいらっしゃってるわよ」


 そんなシンとした寮の自室で大人しくしていると、部屋へ寮長が現れた。謹慎中である私に来客があるらしい。


「お客様? 私に?」

「ローランド様よ。談話室でお待ちいただいているわ」

「ローランド様!?」


 思いもよらぬ名前に、私の心臓は大きく跳ねた。

 なぜローランド様がまた寮にまで……と一瞬不思議に思ったけれど、心配性な彼のことだ。きっとわたしの謹慎処分を耳にして、心配しての事だろう。


 私はとっさに鏡をのぞきこんだ。そこには誰にも会わないであろうと高を括り、油断しきった間抜けな顔が映っている。

 かろうじて部屋着からワンピースへ着替えてはいるものの、化粧をしていない顔はぼんやりとして、髪も纏めず下ろしたまま。リラックスムード漂う私は、とてもじゃないがローランド様にお見せできる姿ではなかった。


「寮長様、申し訳ありませんが、少々お待ち下さいとお伝え頂けますか」

「仕方ないわね。早くするのよ」


 ため息をつく寮長を見送ってから、私は大急ぎで化粧をした。普段よりも簡単ではあるが仕方がない。髪も手ぐしを通しただけだが、それもやらないよりはマシというものだ。

 どうにかローランド様に会える状態にまで整った私は、走るように談話室まで駆け抜けた。



 

「お待たせしました!」


 私は勢い余って扉を叩きつけるように開けてしまって。大きく音を立てて開いた扉に、ローランド様が驚いている。


「そんなに急いで……どうした?」

「ローランド様が、いらっしゃっていると聞いて。お待たせてしては悪いと思って」

「ソニアは気にし過ぎだ。でも君らしいな」

 

 いつものようにそう言うと、ローランド様は軽く微笑んだ。待たせていたのに、こうして笑ってくれている。そんなことで、私の胸はじんわりと熱くなった。ローランド様の『特別』とは、なんて心地よいのだろう。

 

「それでローランド様、今日はどういったご用件ですか?」

「君の処遇について……マルガレーテ様から、話は聞いた」

「……謹慎処分のお話でしょうか」

「そうだ。なぜ君まで処分を受けなければならない? あんなもの君を陥れるための演技に決まっている」

 

 あんなもの、とはシェリル様の怪我のことだろうか。ローランド様は先日からの件で、シェリル様の怪我を疑っているらしい。

 確かに誰も、包帯の下にある怪我を見ていない。だからそれが本当に怪我であるのか、真偽の程は分からない。

 けれど……


「包帯の下は、シェリル様にしか分かりません。もしかすると本当に怪我をしているのかもしれないし、よろけた時に手をひねってしまったのかもしれません」

「だが……」


 何を言っても納得出来そうにないローランド様を前に、なぜだか私の心は落ち着いた。

 

「私も、ついカッとなってシェリル様を強く払いのけてしまったのは事実なのです。それを『突き飛ばした』と言われてしまえば、否定しきれません。謹慎処分に留めて下さったマルガレーテ様には、感謝しかないのです」

「――君は、それでいいのか」


 それでいいのかと言われたら笑ってごまかすしかなくて、何も言うことができず苦笑いを浮かべた。

 私だって、本当は納得していない。突き飛ばした覚えなんてやっぱり無いし、振り払ったのだって、今でも不可抗力だと思っている。 

 ただ、私の代わりにこうしてローランド様が腹を立てて下さるから。なんだかもう、それだけで胸がいっぱいになってしまうのだ。


「ローランド様は……本当にお優しいですね。こうして、ただのモデルである私のことを庇って下さる」

「庇っているわけじゃない。俺は君のことを信じているだけだ」

「それがお優しいというのです」


 私は幸せ者だ。誰かに信用されるということは、なんて嬉しいものだろう。それがローランド様からなのだから、もう、もう私は――


 

「ローランド様。私のことを信じて下さるのなら、どうか私の絵を描いて下さいませんか」


 私からの唐突な言葉に、ローランド様の顔から苛立ちが消えた。

 やっぱり、私にはマルガレーテ様のように可愛らしくはお願いできなかった。けれど、心から頼み込んだつもりだ。

 

 最近、ローランド様は私の絵を描かなくなった。

 その理由は明らかだった。私が倒れてしまったからだ。

 倒れたことで、私は彼の信用を失った。けれどその信用を取り戻したい。そして描くことで、ローランド様に過去を克服してもらいたかった。


「私、描かれたくらいでは死にません。約束します。身体には気をつけます」

「――君も知っていたのか」

「詳しくはなにも……けれど、ローランド様が何らかの過去を抱えていらっしゃるということは、分かるので」


 シェリル様から聞かされた噂と、ペドロ様から聞いた話。ローランド様の過去について、知っているといえばそれだけだった。

 けれど、私は知っている。丁寧に描かれた手、遠目に描かれた立ち姿。目の前の彼が、苦しみながら絵と向き合い続けていることを。


「しかし、君が死んでしまったらどうする。死んでしまっては取り返しがつかない。君を永遠に失うことになる」

「だから、信じて下さいとお願いしているのです。死なないと誓います。おばあさんになるまで、生きてみせます。ですから……」

 

 私の心残りは、ローランド様の人物画。

 彼のアトリエ。特別な場所。


「ですから、一枚だけでもどうか――」

「ソニア……」

「私、ローランド様に描いていただきたいのです」


 絵となってでも、私は彼のそばにいたい。

 ローランド様を困らせていると知りながらも、私は我儘を言い続けた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ