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仕組まれたデート

 私達は広場から歩き出した。

 目的の店がどこにあるのやら何も知ることの無い私は、とりあえずローランド様のあとをついて歩く。

  

「先に画材屋へ行く。そのあと豆を買いに行って、帰りに花屋へ寄る」

「あ、コーヒー豆だけではないのですか」

「すべてペドロからの頼まれものだ。ほら」


 ローランド様は、ペドロ様から手渡されたであろう紙を私に見せた。そこには画材の名前や花屋の場所など、順序を追って細かくメモ書きされてある。

 

(うんうん、なるほど……?)

 私はペドロ様による今日のプランを、生暖かい目で一読した。


「ローランド様、ペドロ様はなにか仰っていましたか」

「今日はこのメモの通りに、と」

「なるほどなるほど……」

 

 いくらなんでも、もう私も学習している。

 どうやらペドロ様は、ローランド様と私を街デートさせたいようだった。画材屋へ寄って、そのあと目的のコーヒー店。このタイミングで、休憩をかねて隣にあるカフェへ寄り、最後に花屋……なんて、分かり易すぎるにも程がある。


 それでもローランド様は、ペドロ様の魂胆に全く気付いていないようで、涼しげな顔をして隣を歩く。本当に、彼がお使いを頼んだだけであると、そう思っているのだろうか。だとしたら相当な信頼関係である。


「ペドロ様は、今日は……?」

「あいつも今日は休みだ。部屋で寝ている」

「部屋?」

「俺とペドロは一緒に住んでいる。一応誘ってはみたんだが、あいつが起きるはずもなかった」

「えっ! 一緒に暮らしてらっしゃるのですか」


 宮廷画家のペドロ様と、同じくアトリエの一員であり弟子でもあるローランド様。師弟関係にしてはくだけた物言いだと思っていたが、まさか一緒に住んでいるとは。


「この街の外れに、あいつは屋敷を持っているんだ。そこに俺も居候している」

「居候……ローランド様が」

 

 二人の関係に、俄然興味が湧いてきた。何故ペドロ様のお屋敷に、スベルディア伯爵家の御令息であるローランド様がわざわざ居候しているのだろうか。ワケありなのだろうか、それとも……


「では、お二人は一日中顔を合わせている、ということに?」

「もう空気のようなものだ、お互いにな。さあ、着いたぞ」


 話しながら歩いていたら、あっという間に画材屋へと到着してしまった。もう少し、二人の関係について追求してみたかったのに。


 ローランド様は慣れた足取りで画材屋の入口をくぐった。そして陽の光がほとんど入らないような薄暗い店内を、迷いなく進んでゆく。おそらく、彼らにとって馴染みの店なのだろう。

 店内には、絵の具や埃の匂いが充満している。それはアトリエの匂いとよく似ていた。ローランド様と、ペドロ様の匂いだ。


「主人。いるか」


 ようやく目が慣れてくると、所狭しと画材が陳列された店の奥に、小さなカウンターが見えた。そこには誰の姿も見当たらなかったが、ローランド様が声をかけてやっと、小さなお爺さんがひょっこりと顔を出した。

 

「坊ちゃん。いらっしゃい」

「ああ。中を見せてもらいたい」

「どうぞどうぞ。ご自由に」


 お爺さん――店主はそう言って軽く頭を下げると、またカウンターから姿を消してしまった。よくよく見てみれば、カウンターの奥に置かれた小さなテーブルで、ランプの灯りを頼りに本を読んでいるらしい。


「ずいぶんと信用されていらっしゃるのですね」

「ここの店主はいつもああなんだ。こっちだ」


 案内されるがままついて行くと、色とりどりの瓶がずらりと並ぶ棚にたどり着いた。ローランド様はそこから緑の顔料をいくつか選び、見比べては棚へ戻して……を繰り返している。


「今日は、緑色をお買い求めなのですか」

「そうだ。俺は風景画()()描けないからな。どうしても緑をよく使う」


 明るい緑、深い緑、青味がかった緑。彼は緑の瓶を見較べながら、自嘲するように笑った。

(ローランド様……)

 出会った時も、彼はそう言っていた。人物画が描けない、風景画しか描けないと。あんなにも見事な絵を描かれるというのに、評論家達からは『無機質だ』『心がない』などと、絵について酷評を受けたとも聞いている。ギャラリーに燦然と輝くパルマ山脈の朝焼けを見れば、決してそうは思えないのに。


『それ、ローランドに伝えたら喜ぶよー』

 私は、ふと思い出した。ローランド様の絵の素晴らしさについて、ペドロ様と二人で語った時のことを。


「あの……私は、ギャラリーの絵を毎日拝見しておりますが」

「なんだ、急に」

「ギャラリーには、パルマ山脈を描かれた作品がありますよね。私はあの絵を拝見するたび、故郷……フォルネル男爵家から見える景色を重ねてしまいまして」

「ああ」

「侍女として王宮に上がった時は、やはり故郷が恋しくなりました。そんな時は、ローランド様のあのパルマ山脈が心の拠り所となりました」

「――そうか」

「そのうち、ローランド様の他作品にも、心惹かれるようになりました。素人の私でも、ローランド様の風景画が素晴らしいということは分かります。鮮やかで、綺麗で……」


 今こそが感想を伝える絶好の機会だと思ったのだが、残念ながら素人の私にはそれらしい言葉が出てこない。もっとローランド様の絵の素晴らしさを伝えたいと思うのに、「すごい」だとか、「きれい」だとか、ありきたりな言葉しか思い浮かばないのだ。


「いきなりよく喋るな。どうした?」

「え、ですから、ローランド様の風景画は素晴らしいということをお伝えしたかったのです。少なくとも私は、そう思います。ですから、あの」


 怪訝そうなローランド様の声色に、私は焦った。それでもここまで口にしてしまえば、思いつく限り、つぎはぎの言葉を並べるしかない。

 

「その……風景画にも、かけがえのないものがありまして……私だけではなく、きっと多くの方々にとってそれは価値のあるものですから、だから」


 だから、風景画()()、なんて言わないで。

 その一心で、私はしどろもどろになりながらも気持ちを伝えようとした。しかし、遅ればせながら気がついた。ローランド様が、ずっとポカンとした顔で見下ろしていたことに。


「す、すみません。出しゃばりました」

「なぜ謝る」

「ローランド様のお気持ちも考えず、一方的に喋りすぎましたね……」


 ローランド様の顔を見て、やっと我に返った。一介の侍女に過ぎない私が、なんて差し出がましいことを。

 もう俯くことしか出来なかったのだが、意外にも隣からは息の漏れるような、やさしい笑い声が落ちてくる。


「物好きなやつだな」


 思わず見上げれば、ローランド様は薄く微笑んでいて。

 明るい緑、深い緑、青味がかった緑。見較べては悩んでいたすべての色を買い求めて、私達は店を出た。

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