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ありえないなんて言わないで

 マルガレーテ様から休憩を頂いた私は、早速ローランド様の元へと向かった。

 

 アトリエへと続く石畳を歩く。

 ここを初めて訪れた時は、アトリエまで突撃するなんて怒られはしないかとヒヤヒヤしながら歩いたものだ。今も緊張はいまだにあるものの、最初に感じていた壁のようなものはいつの間にか消え去っていた。


 ローランド様へ何とお礼を伝えようか。取り急ぎ手ぶらで来てしまったが、お礼としてサブレでも用意してから来るべきだっただろうか。

 そのようなことを悶々と考えながら歩いていたのだが、アトリエへと近づくにつれ、すれ違う人々からじろじろと見られている事に気がついた。

 

(……なに? 私、どこかおかしい?)

 ローランド様以外から注目を集めることなど無い私は、気が気ではない。

(もしかして私、お化粧するのを忘れて……!? いや、無いわ。今朝、ちゃんと鏡を見たもの)

(もしかして服がめくれて……!? ……ないわね、よし)

 歩きながら身だしなみをチェックするけれど、特にいつもと変わった所は無い。ならこの視線はどうして。


「わあ! ソニア君! ひさしぶり~」

「ペドロ様! お久しぶりです!」

「もう体調は大丈夫なの?」


 違和感を感じながら石畳を進んでいると、前方からペドロ様が現れた。アトリエから出てきたであろう彼は、エプロン姿だ。絵の制作中であったのかもしれない。

 久々にお会いできたことが嬉しくて、私達は通路のど真ん中で、手を取り合って喜んだ。ペドロ様も同じテンションではしゃいでくれて、非常に嬉しい。


「あの、ペドロ様。私どこかおかしいですか?」

「べつに、なにも?」

「先ほどから、なんだか見られてるような気がするんですよね……」

「見られてる……?」


 ペドロ様は腕を組み、しばし口をつぐんで思案した。

 と思うと、ニヤニヤと面白いことを思い出したかのような、なんだか引っかかっかる笑みを浮かべた。一体なんなのだ。


「そりゃー見られるよねー」

「なぜ! なぜですか!!」

「だってソニア君、あのローランドと恋仲になったのだもの」


 ペドロ様の言葉に、私は目が点になる。


「え……? え……一体どういう……?」

「いま王宮で話題の二人だからね。皆見るよね~」

「話題って……?」


 まったく話が見えてこない。昨日一日仕事を休んだだけなのに、まるで時空を超えたかのように世界が変わってしまっている。


()()ローランドを射止めたのが、ソニア君みたいな普通っぽい子だったからね。その意外性が話題を呼んでるのさ」

「あの。射止めてないんですが」

「うんうん、そうなんだね。でもね、お気の毒だけど、もう射止めたことになってるの」

「嘘……」


 噂、怖い。たった一日で、まったくのデタラメがこんなに広まっているなんて。

 誰がそんな噂のタネを……と、一瞬だけ周りを責めそうになったのだが、残念ながら心当たりはあった。というか、心当たりがあり過ぎた。


「中庭に居合わせた人によると、『まるで物語のワンシーンのようだった』って」

「わーーーー!」

「いつも塩対応なローランドが、血相を変えてソニア君を抱き上げて」

「やめてください!!」


 私は息を切らしながら、全力でペドロ様の話を遮断した。恥ずかしくて、とてもじゃないけど聞いていられない。

 なぜ私は中庭などという目立つ場所で力尽きたのだろう。もっと裏庭だとか、倉庫だとか、控え室だとか……人のいない場所で休憩すればよかったのに。しかし、もし仮にそうしていたなら、ローランド様に見つかることも無く孤独に倒れてしまっていたのだろうか……


「そんな嘘が広まって……どうしたら良いのですか。『恋仲』だなんて、そんな事実は一切無いのに」

「じゃあ、嘘を本当にしちゃえばいいじゃない?」

「え?」

「本当に『恋仲』になればいいじゃん!」


 ペドロ様は満面の笑みだ。名案だ、とでもいうように。

 その顔は、まるでいたずらを思いついた甥っ子みたいで――


「ペドロ様」

「なんだい」

「面白がっているでしょう」

「ばれた?」


 呆れて物が言えなくて、私は先を急ぐことにした。

 ありもしない噂に翻弄されてしまったけれど、今日の目的はローランド様にお礼を言うことだ。このようにからかわれていてはキリがない。


「ごめんごめん、ソニア君。待ってよ」

「待ちません。時間を無駄にしました」

「酷いな~。からかった僕も悪いけど」

「自覚はおありなのですね?」


 赤くなった顔を冷ますためにも、風を切りながらずんずん歩く。後ろから追いかけるペドロ様を、振り返ることもなく。


「本当に二人がそうなったらいいなって思ったんだよ~」

「ありえないことを言うのはやめてください」

「なんで、ありえないだなんて思うのさ」


 徐々に強くなる油彩の匂い。

 絵の匂い。ローランド様の匂いだ。

 若き天才ローランド・スペルディア。孤高の麗人。華麗なるスペルディア伯爵家一族。

 ありえない、以外の言葉が出てこない。


「ありえない、なんて言わないで。ずっとモデルでいてよ。ソニア君」


 背中の向こうで、ペドロ様の真面目な声が聞こえた気がする。

 低く小さなその声は、急ぐ足音にかき消された。


誤字報告ありがとうございます!

いつも申し訳ありません。反映させていただきました。

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