表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/27

大事なモデル


 ローランド様に運ばれた翌朝。

 朝の身支度をしていると、寮長が私の部屋までやってきた。

 女子寮の朝はとにかく忙しいものである。寮長はいつもなら食堂の厨房で朝食準備をしているはずで、こんな所までやってくる暇なんて無いと思うのだが。


「ソニアさん。今日は大事をとってお休みなさい」


 寮長はそう言って、わざわざ私一人分の朝食を部屋に用意してくれた。

 プレートには半熟の目玉焼きとグリーンサラダ、そして昨日食べたフルーツパン。昨日、中途半端な時間に分けていただいたパンは、どうやら今朝の朝食として出される予定のものであったらしい。


「ありがとうございます。けど、昨日はぐっすり休ませて頂けましたし、問題なく働けますが」

「ダメよ。マルガレーテ王女からもお達しがきているの。今日一日は、きちんと休息をとりなさいって」

「えっ」


 聞けば、昨夜のうちにマルガレーテ様から『ソニアを休ませるように』と指示があったらしい。

 あのローランド様がわざわざ寮まで抱えてきて、つきっきりで看病したあとに、マルガレーテ様からは休ませろとお達しがあって。

 なにもかもが大袈裟で、寮長は驚いたに違いない。


(とは言われても、私、本当に絶好調なのだけど)


 昨日は結局、パンの後に夕食まで平らげてしまったし、片付けも掃除当番も、侍女仲間が気を遣って交代してくれたし……手持ち無沙汰な私にできるのは、ただ休息をとることだけだった。

 おとなしく部屋へ戻れば、食後の満腹感も相まって、トロンと眠気が襲ってきて。ベッドへ吸い込まれるように寝転がると、いつの間にか朝まで熟睡してしまっていたのである。

 だからいつも以上に休息はとれているし、昨日早退してしまった分までちゃんと働きたいとおもうのだが、目の前に仁王立ちする寮長はそれを許してくれそうもない。


「……では、お言葉に甘えて」

「そうなさって。ゆっくりするのよ」


 寮長はまるで母親のように私の頭を軽く撫でると、足早に部屋を去っていった。また朝食の支度に戻るのだろう。寮長にこそ、ゆっくり休んで欲しいものだ。


 せっかくなので、用意された朝食をいただこうとテーブルについた。

 温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに食べましょう。それが、寮長のモットーだ。ここまで運んでもらえたのだから、せめて美味しいうちに食べてしまうのが礼儀である。

 冷たいサラダをひと口食べて、温かい目玉焼きをひと口食べて。少しハードなフルーツパンを指先で小さくちぎってから、私は、しばし考えた。


(具合が悪かったことを、マルガレーテ様はなぜご存知だったのかしら……)

  

 マルガレーテ様のお気遣いによって、私は休みを頂くこととなった。充分に休んだ身体は、申し訳ないくらいピンピンしているのだけれど。

 このところは先輩達からの命令に振り回され、マルガレーテ様とお会いすることも叶わなかった。だからマルガレーテ様が、私の様子なんて知り得るはずもなかったのに。

 侍女仲間が昨日のことを伝えてくれたのだろうか。それとも、王宮内の出来事は筒抜けになっているのだろうか。中庭で、ローランド様に抱えられたあのことも。


(うわ……あああ……!)

 

 思い出すだけで羞恥心がよみがえり、ひとしきり身悶えてしまう。

 だめだ。私には免疫が無さすぎた。きっと一生、何度でも思い出しては、こうして悶えることだろう。

 

 ローランド様は、意外と力が強かった。そして意外と心配性で、意外と面倒見が良くて、やさしくて。


(……ちゃんと、お礼しないと)


 もしあの時、ローランド様が助けてくれなければ。私はそのままくたびれ果てて、惨めにも倒れていたかもしれない。

 少し大袈裟ではあったけれど、私のことを心配してくれていたのだと思うと、自然と胸が熱くなる。

 私は彼のやさしさを想いながら、フルーツパンを噛みしめた。


 

◇◇◇


 

 翌朝、私はマルガレーテ様のお部屋へ伺った。

 王宮内で一番愛らしく明るい部屋も、華やかなバラの香りも、ずいぶん久し振りのように感じる。ずっと、先輩達に言いつけられた雑用にかかりきりで、マルガレーテ様から遠のいていたからだ。


「久しぶりね、ソニア」

「はい。昨日はお休みを下さり、ありがとうございました。マルガレーテ様」

「いいの。具合はどう?」

「まったく問題ありません! 元気そのものです!」


 マルガレーテ様にこれ以上の心配をかけたくなくて、私は元気をアピールするために力こぶを作った。

 そんな私を見たマルガレーテ様は、フフフと大人っぽい笑みを浮かべる。

 

 いつの間にか部屋からは人払いがなされ、私とマルガレーテ様は、二人きりで向かい合っていた。何事かと思い、外の様子を見に行こうとすると、

 

「ごめんなさい、ソニア」


 マルガレーテ様は突然、背筋を伸ばして立ち上がったかと思うと、私に向かって頭を下げた。


「マルガレーテ様! おやめ下さい、どうされたのです?」

「私、あなたが辛い思いをしていたなんて、全然気がついていなかったの」

「辛い思い? もしかして、雑用のことですか?」

「そうよ。ローランドに怒られちゃったわ。しっかりしろって」

「ローランド様が……!?」


 まさかここでもローランド様の名前が出てくるとは思わなくて。呆気に取られる私に、マルガレーテ様は事の経緯を話してくれた。


  

 パタリと姿を現さなくなった私のことを、マルガレーテ様も不思議には思って下さっていたらしい。シェリル様達に尋ねてみても『ソニアは今、別の仕事をしています』と、ただそのような返事が聞けるだけ。

 

 別の仕事をしているのなら仕方がない……と、マルガレーテ様もそれ以上深く追求はしなかった。

 すると先日、なんとローランド様が怒鳴り込んできたらしい。ソニアへの嫌がらせを野放しにするなんて、と、恐れ多くも王女相手に。

 

『ソニアは、マルガレーテ様付の侍女ではないのですか』

『王女より優先させる仕事とは何なのか、疑問をお持ちにならないのですか』

『侍女達の行動を、不自然だと思われないのですか』


(ローランド様……)


 以前、彼からは『大事なモデルだ』と、そう言われたことがある。それは本当であったらしい。

 私はただの観察対象のはずだった。けれど、ローランド様がここまでして下さるなんて。


「ソニア。ローランドにも、改めてお礼を伝えてくれるかしら」

「……もちろんです」

「ふふっ。これからも仲良くね」 


 そう言って、マルガレーテ様はなんとなく意味深な笑みを浮かべた。

(……? なにかしら)

 

 この時、私は知らなかった。

 ローランド様に助けてもらったあの一件が、まさか尾ひれをつけて広まっているなんて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ