97話
「行くぞ!」
「きてみなさい」
俺と勇者の戦いが始まる。
お互いの武器を突き合わせる。
俺の拳と、勇者の剣が当たる。
キンという音が鳴り、そしてすぐにお互いに距離を取る。
「雷よ、相手を倒す稲妻となせ、サンダー」
「粉塵まき散らし!」
雷の魔法を思いっきり蹴り上げた砂ぼこりで防ぐ。
バチっと音がなっているし、そのうち粉塵爆発が起こりそうで、怖いので次は使うのはやめておくか…
俺と勇者は再度近づいて、剣と拳が数度ぶつかる。
「ふう、そんなふざけた恰好のくせに攻撃が通りませんね」
「ま、ふざけた恰好だと思ってくれているうちは俺の方が強いな」
「そうですか…」
「それで、他には何か言うことはないのか?」
「そうですね。まずはあなたは神に召喚された存在ですね」
「召喚とは違うけど、そうだな」
「それでは、どうして召喚されたのかはわかりますか?」
「知らないな、急に連れてこられたしな」
「そうなんですねえ。それでしたら教えて差し上げましょう」
「うん、教えてくれ」
「それは、簡単です。レースをしてるんですよ」
「レース?」
「ええ、誰が送り込んだ召喚者が最初に魔王を倒せるかというゲームをね」
「なんだと…」
ということは、俺もこの世界に来たのはそれが理由だったんだ。
でも、それならスターが普通に教えてくれてもいいような気もするが…
俺はなんでという顔をしていたのだろう。
勇者はこちらを見て、気持ち悪い笑顔で笑う。
「どうです?それを知った感想は?」
「うーん…」
別にというところが正直なところだ。
というか、一番最初に倒したところで何かメリットがあるのだろうか?
本当に欲しいものがもらえるならまだしもな。
ほら、あるじゃん。
美女のパンツとかね…
いや、俺も童貞だからな。
そう考えるとほしいものは美女のパンツじゃなくて美女そのものだな。
そんなことを顎に手をあてながら考える。
それを勇者は何かを勘違いしたのだろう。
さらに言葉を重ねてくる。
「やはり驚きますよね。こんな事実を知ったらかなりのショックを受けますよね」
「…」
「でも、この勝負に勝利して、一番に魔王を倒すことができれば、全ての神によってその願いが一つ叶うというのですからねえ、いいことじゃないですか!」
その言葉と同時に勇者は俺に斬りかかってくる。
それを簡単によけながらも俺は考える。
なるほどな、神によって願いを叶えてくれるということか…
でも、そこで疑問がまた一つできるのだ。
「それで、お前は俺が知っている勇者じゃないと思うんだが、それはどうしてだ?」
「へえ、気が付きますか?」
「ああ、だって普通に勇者がそんなことを知っていれば、もっとまじめに魔王討伐を行うはずだからな」
「あー、それについてはこちらのミスですね。というよりも僕がミスを起こしたというべきですかね」
「どういうことだ?」
「勇者には、この世界でそのようなことが起こっていることは内緒にしています」
「だろうな、そんなことを言えば、すぐに魔王を討伐しようと躍起になるはずだからな」
「そうですね。でも、先ほどの幹部クラスの敵を見ればわかるとは思いますが…」
「普通にやればすぐにやられるってことか?」
「そういうことですね」
それは理解できる。
最初に出会ったときもかなり弱かったしな。
というか、そうなると勇者のスキルが気になるところだがな…
そう思っていると、勇者は俺の疑問の答えを口にしてくれる。
「本当に、この男にはがっかりですよ。僕が雷属性という未知の能力を使える相手だから召喚させたというのに期待外れでしたからねえ」
「なるほどな。だから勇者として召喚させたということなんだな」
「そうですね、それなのにやっていることは本当に二流もいいこと…だから、気絶して何もかもができないと思った瞬間に召喚させた僕自身が乗り移ったということですよ」
「ということは、今は別にムカつく勇者というわけじゃないんだな」
「そういうことですね」
「なるほどな」
「あれ?どうして拳を握るんですか?僕は別にあなたがムカつくと言っている相手ではないんですよ」
「そうかもしれないが、俺には結局その顔を見るだけでイラっとするからな」
「なるほど、そういうことですか」
「ああ、そういうことだ」
「それなら、仕方ありませんね」
「だろう」
再度お互いの武器が当たる。
キンという高い音。
ヘンタイスキルが強化されているだけで、なんとか互角にはやれているが、少しでも弱まってしまえば押し切られるだろう。
だからといって、このままやられるわけにはいかないが…
「このままではらちがあきませんね」
「そうだな。お前が素直に殴られてくれれば終わるんだがな」
「そういうわけにはいかないですね、僕もこのまま気絶をしてしまうと、また上に戻されるのでね」
「ま、なんとなく言いたいことはわかった。だけどな…」
「なんですか?」
「美女たちを泣かすのだけは許すことができないな」
「何を言っているんですか、そんなこと…僕には関係ないことじゃないですか」
「関係ないだろうがよ」
「ああ、なるほど…あなたは童貞なんですね」
「だったら何がいけないんだよ!」
「いえ、童貞だから女性にそういう幻想を抱くというわけと思いましてね」
「仕方ないだろ、幻想くらい抱いてもいいと思わないのか?というか、そういうお前はどうなんだよ!」
「え?普通にありますが…」
「この、イケメンがあ!」
「えっと、すみません」
「謝んじゃねえよ」
俺は泣いていた。
だって仕方ないだろう。
俺はヘンタイになりながらも必死になって頑張っているというのに、目の前のやつは普通に経験がありなのだ。
その事実に俺は愕然としかしない。
しかも謝ってくるという余裕ぶり、俺は当たり前のように負けた。
「くそ、俺の負けか…」
「何を言ってるのよ!」
「へぶ…」
そう思って地面に突っ伏した瞬間だった。
勢いよく平手がとんできて、俺は横に吹っ飛んだ。
それもかなりの勢いで…
回転しながらもなんとか受け身を取ると、立ち上がる。
平手をした人物は誰か、そんなことはわかっている。
アイラだ。
そのアイラはというと、かなり怒っているようだ。
「さっきから、何を二人で意味のわからないことを話してたかと思うと、意味のわからないことで、敗北宣言をしないの!というか、もう戦わないのなら、私がやるからいい?」
そのアイラの言葉に楽しそうなのは俺ではない。
勇者のほうだ。
「へえ、僕と戦うと?あなたは前の聖女ですよね、ということは召喚には立ち会ったはずですよね」
「そうね。会ってすぐに、ここまでの屑だとわかっていたのなら、すぐに張り倒してよかったと思ったけどね」
「面白いことを言いますね」
「そんなに面白くない。それで、さっきの話は本当なの?」
「といいますと?」
「神様たちが、この世界で召喚した誰が一番最初に魔王を倒せるかで競争しているって話よ」
「ええ、そうですよ」
「そう…」
アイラはそう言葉にする。
それに対して、勇者…
もう勇者神とでもしておくかは、気持ち悪い笑みを浮かべながら言う。
「どうですか?絶望でもしましたか?」
「え、全然…」
「えっと、どうしてでしょうか?」
それに対してとったアイラのあっけらかんとした返事に、さすのが勇者神も驚きを隠せないようだ。
でも、なんとなく俺には理由がわかっていた。
それを確信にもっていくかのように、アイラは言う。
「だってね、私がやりたいことは冒険なの!あんたが言うように魔王を倒すなんてことは、それのついでに過ぎないんだから」
「なるほど、元聖女様は夢見がちというのは本当のようですね」
「だったらどうなの?私のそんな夢を終わりにさせるの?」
「いえいえ、それをするのは僕の役目ではありませんので…」
「どういうこと?」
「ふふ、わかるのは先のことになりますかねえ。おっと、これ以上のことを話してしまうと、僕も怒られてしまうので、そろそろいいですか?」
「何がよ…」
「終わりにさせてもらおうと思いましてね」
その言葉とともに、勇者は体と剣にかかっていた雷を解除する。
すぐに嫌な気配が当たりを支配する。
「これは…」
「ふん、どんな魔法がきても、私がなんとかするわよ」
驚く俺とは違い、アイラは頼もしくそんなことを言ってくれる。
確かに頼もしい。
でも、嫌な予感はひかない。
近づいて止めるしか…
そう思って近づこうとするが、雷が勇者神から放たれる。
「無駄ですよ。これは濃密な魔力を使って撃つ魔法ですからね、その魔力によって周りには常時雷が発動しますから…」
そんなことを言ってくる。
止められないということか、そう思っていると、勇者の仲間だった女性たちが近寄っていく。
「勇者様!」
「あぶねえぞ!」
「ですが、いける?」
『はい』
俺の忠告を聞くことはなく、女性たちは決心を決めると勇者神に向かって進んで行く。
このままでは雷に巻き込まれてしまう。
さすがの予想外の行動に、アイラも驚きを隠せないでいた。
「ちょっと、さすがに無理よ」
「でも、こうでもしないと勇者様を止められないの」
「それで、あんたたちが死んでもいいの?」
「別に、もうそれでもいいです」
「どうして…」
「元聖女のあなたならわかるでしょ!」
「…」
その言葉で、アイラは何も言えなくなってしまう。
どういうことなのだろうか…
修道女として何かがあるというのだろうか?
勇者について行っているだけで、それが解放されるというのだろうか?
俺は疑問に思ってしまうが、今はそんなことを考えている時間もなかった。
どうする?
どうしたらいける?
そのとき、俺はあることを思い出していた。




