93話
「ただし!」
「アイラ様、向かってください」
「向かわせると思っているのか?」
「バーバル!」
「わかっています。火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」
「いい炎だが、効かないな」
「ダメです」
「わかってるけど、このままじゃ」
どうしようもないじゃないと言おうとしたときだった。
パリンという音が聞こえる。
この音はと思って、勇者たちの方を見ると案の定というべきかやられている。
もう少し粘りなさいよと言いたいところだけど、私たちも、一番強そうなオーガが出てきた途端にただしが吹き飛ばされたしね。
あの勢いで飛ばされてしまったからには、すぐには治療をしたいところだけれど、今の状況で背中を見せるというのができない。
「本当にやっかいね」
「はい、このままではどうなるかわかりません」
「わたくしの魔法も、ほとんど効いてません」
このままどうしようもないの?
というか、あのダメ勇者はもう少し粘りなさいよ。
それはどうやら、オーガも同じだったようで、つまらなそうに吐き捨てる。
「おらの剣技を使うまでもないなあ」
「そうなのか?それはなんともお粗末な」
「それで?おらはまたこいつらの相手をすればいいか?」
「いや、こちらは見ておく、あいつを手伝ってやれ」
その方向を見ると、額に汗は浮かべながらも無傷なベル様と無数に傷をつけながら荒い息を吐くナックルをつけたオーガだった。
さすがはベル様ということね。
私たちが苦戦していた相手をしっかりと倒せそうなところまで弱らせるなんてね。
でも、さすがに二体のオーガを戦うことになれば、ベル様といえどもキツイだろうし、もしかすればやられてしまう可能性があるのはわかってる。
だからって、私一人がどうにかできる問題でもないのよね。
ただしがいれば、少しでも状況が変わるのかな?
うまく魔法を使うことができれば、助けることができるのかな?
そんなことを思っていると、勇者ががっと起き上がる。
どうやら、回復魔法が間に合ったみたいだ。
二人の修道女魔法で回復をかけて、ようやく回復できるって、どれだけダメージをもらっていたのよ。
でも、戦闘を少しでも手伝ってくれるというのなら、その間にただしを助けに行くことくらいはできそうだ。
勇者は怒りをぶつけるかのように大きな声をだす。
「くそが、くそが、俺様はこんなところで終わる人間ではないんだ、勇者ではないんだ。俺様の最強を受けてみろ、雷よ、我の武器にその力を宿せ、サンダーウエポン」
「ほう、雷の剣か」
「そうだ。俺様の最強攻撃力を誇る、この雷の武器で!」
「だったら、うってこい」
「はあ、舐めているのか?」
「うん?別にいいだろう?最強の攻撃なんだろ?」
「だったら、やってやるよ!」
バチバチと音が鳴る雷の剣を振り上げた勇者はオーガを斬りつける。
普通であれば斬れる。
私のバリアですらも、癪だけど斬られるだろう。
本当に癪だけど…
それほどの強い攻撃だというのに、オーガの体に当たった剣はその場に止まっていた。
「な、なんでだ」
「ふむ、それはお前の攻撃が弱いということだ。わからないのか?」
「うるせえ、そんなわけねえだろうがよ」
「そうか?ならば、こちらの攻撃を防いでみせるがいい!」
ガキンという音が鳴ると、勇者の剣は弾かれる。
そんなオーガはすぐに嫌な気配に包まれる。
本当に一撃を繰り出すつもりだろう。
「おい、守れ!」
「「我の前に壁を、バリア」」
「そんな薄っぺらい壁、簡単に壊せるぞ」
その言葉とともに、固めていたオーガの拳がバリアをいとも簡単に破壊する。
あんな薄っぺらいバリアじゃ、スピードも緩まないってわけね。
「おい!」
「「はっ!」」
二人の剣士が盾を構えて、勇者の前に立つがオーガの拳は勢いを失っていないということは…
「アイラ様!」
「わかってるわよ」
助けるのは、嫌だけど、他の女性メンバーはあの最低野郎にたぶらかされただけなんだから仕方ないわね。
勢いが弱っていないあの拳を受けきれるとは思えないしね。
「我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
私の魔法で、騎士二人の前に壁を作る。
少しは勢いを殺せる?
そう思っていたが、オーガはニヤリと笑うと楽しそうに言う。
「いいバリアだが、それでもダメだ!」
バリンという音とともに、拳は騎士たちに到達する。
だけれど、その瞬間魔力の高まりを感じる。
これは、バーバル?
そう思って彼女の方を見ると、魔法を唱えていた。
「風よ、味方には追い風を、敵には向かい風を、ウィンドゾーン」
その風によって、拳の勢いはさらに少し弱まる。
それでも拳を受けた三人は吹き飛んだ。
「くそが!」
騎士が守ってくれたおかげでなんとか勇者は立つことができてはいるけれど、それでもこのままでは勝てない。
かといって、このまま勇者を見捨てるということも、周りの女性たちを見ると、できない。
「シバル!」
「わかりました、アイラ様」
私たちが、前に出ると、それを押しのけるかのように勇者が前に出てくる。
「おい邪魔すんじゃねええ!」
「邪魔?普通にやられているだけなのに何を言ってるのよ」
「うるせえんだよ、俺様はこんなところで終わらないんだよお!」
「待ちなさい!」
私はそう言葉をかけるが、勇者は一人で突っ込んでいく。
そんな勇者をオーガはつまらなそうに見ている。
そうよね…
さっきのように魔法で強化されて剣を振るってくるならともかく、ただ突っ込んで行って剣を振るうだけじゃ、傷なんて全くつかないわよね。
そう思って見ていたが、案の定というべきか、剣はオーガの皮膚をなでるように滑っていく。
そんな光景を幾度となく繰り返しながらも勇者は剣を振るう。
「くそが、なんできかねえんだ。俺様の剣は最強なのにい!」
「ふむ、この程度が最強だというのであれば、我ですら最強になってしまうな」
「うるせえ!」
そう言葉にしながらも勇者は剣を振るうが、全ては防がれてしまう。
防がれるなんて、当たり前じゃない。
私はそう口にするのをなんとか我慢した。
だって、あの勇者はやっていることといえば、女に手を出すことくらいだ。
シバルから申し出た剣の鍛錬を断り、自由にやりたいからとやってきた。
私が見ても、剣筋は本当にお粗末なものだ。
本当に、イラっとするわね…
女の敵の癖に、いちいち面倒くさいのよ。
私の中にあった何かが熱くなる。
「シバル!」
「アイラ様?」
「手伝って、あの汚らわしい勇者もろともやるわ」
「わかりました」
「バーバルも合わせてくれる」
「ええ、ですがあそこまで勇者が近くにいると、魔法が撃てません」
「わかってるわ」
体の中にある何かが、魔力を高めてくれているのを感じる。
これは…
スキルが発動しているっていうことなの?
でも、どういうスキルなのよ。
わからないけど、これならいける。
私は魔力を高めて、魔法を唱える。
「我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
それにより、勇者の剣は私のバリアで弾かれる。
「おい、何をやってるんだ!」
「うるさいわね!私たちが最初に戦っていたのに、邪魔してきたのはあんたのほうでしょ!」
「なんだと!」
「なに?」
「くそが!邪魔なものは全部斬ってやればいいんだろ!雷よ、我の武器にその力を宿せ、サンダーウエポン」
魔法を唱えた勇者は雷を帯びた剣で私が張ったバリアを攻撃するが…
ガキンという音とともに防ぐ。
「おい、邪魔をするんじゃねえ!俺様の攻撃を防いでどうするんだ!」
「何を言ってるのよ、こっちこそ、さっきからなんの役にも立っていない攻撃ばかりをして、私たちの邪魔をしていることに気が付きなさいよ」
「うるせえ!俺は最強なんだ!だから、こんなものぶへえ…」
最後まで言い終える前に勇者はピンボールのように上に飛び、地面にべしゃりと落ちる。
『勇者様!』
そんな言葉とともに、女性たちが駆け寄る。
少し体が動いているから、死んではないとは思うけど…
そして、その攻撃をしたオーガはというと楽しそうにバリアに向かって拳を握る。
ギンという音が鳴りながらも、なんとか拳の一撃はバリアが防ぐ。
それを見て、オーガはかなり楽しそうだ。
「どういう理屈かはわからないがさっきよりも強い壁とは、やるなあ」
「だったら、さっさと諦めてどこかに行きなさいよ!」
「それは無理だな。だって、こんな壁を見てしまうと破りたくなるのが我らだからなあ」
「でも、この拳で破れないんだったら、破りたくなるのも仕方ないよなあ」
「なにを…」
「いや、そろそろ我も武器を出そうかと思ってな」
その言葉とともに、オーガはベル様たちの方を見る。
「おい!」
そんな言葉によって、ベル様と戦っていた二体のオーガは攻撃をやめる。
高速戦闘が収まったところで、ベル様も止まるが、服をかすめて、体には無数の傷跡ができている。
二体一というのは、それほどまでにキツイということなのだろう。
急に止んだ攻撃に、さすがに驚きを隠せないでいるベル様に、私は回復魔法を飛ばす。
「我の周りを聖なる光にて癒しを与え給え、ホーリーヒール」
「はあはあ、ありがとうアイラさん」
それによって、傷は回復するが、体力が回復するわけではない。
回復はさせたが、スキルの連続使用によって体力はかなり消耗されているはずだった。
どうすればいいのと考えていると、オーガの一体が、声をかけたオーガに向かってあるものを手渡す。
「おう、助かる」
「いえ、こちらも戦いを勉強させていただきます」
「おいらも」
「そうか!まあ、我も剣技を使ってはみたいが、さすがに一瞬で壊れてしまうとわかっているのに使うのは間違っているからなあ」
「ですが…」
「わかっている。お前らのためにも使うことは使うから、見ていろ」
その言葉とともに、一番大きなオーガが手にしたのは大剣。
それも、オーガと同じくらいの大きさがある。
「あんな大きなものを使うっていういうの…」
「アイラ様」
「わかってる」
私たちは距離をとる。
剣を持ったことで、攻撃範囲というものが増えるからだ。
攻撃してくる距離がわからない以上は、少し距離を取るのが定石。
近づいてこないことを願っていたが、オーガはそんなことよりも興味は私が作ったバリアにあるようだ。
「まずは、この我の拳を防いだ壁を破壊しよう」
そう言葉にすると、剣を上段に構え。
そして、剣を振り下ろした。
敵なはずなのに、きれいな太刀筋だったその剣は私が作ったバリアを簡単に斬った。
「ふむ、やはり剣を使うとこうなるか、ただもっといいバリアを作ってくれそうだ。おい、女!」
「何よ」
「名乗るがいい!」
「そう思うのなら、あんたから名乗りなさいよ」
急にそんな偉そうなことを言われて、私が名乗ると本当に思っているのだろうか?
さすがにイラっとくるわね。
そう思っていると、オーガはなぜか楽しそうに笑っている。
「ふむ、それはそうだな。では我が名乗ろう」
そう言葉にすると、剣を正面に構えて騎士のような恰好になる。
「我は、魔王様直属の配下、キングオーガだ」
「魔王ですって」
「そうだ、我らの王だ。それに仕えているのが、我らだからな。それで?こちらは名乗ったぞ」
「私はアイラよ。ただの冒険者ね」
「なるほど、アイラか…楽しませてくれ」
その言葉とともに、再度戦いは始まる。
このままでは一方的に蹂躙されてしまう戦いが…
そう思っていたときだった。
シバルが目の前に立つ。
どういうことと思っているタイミングで、シバルはキングオーガの初撃を防いでみせたのだった。




